ハーミド・メームード博士は国連大学水・環境・保健研究所の上級研究委員。20年以上、ハイドロインフォマティクスとインフォメーション・テクノロジーの研究と技術プログラムに携わってきた。バンコクにある、アジア工科大学でリモートセンシングとGIS(地情報システム)の修士号と博士号を取得。
自然災害の約90%は、水が関連している。特に、サイクロン、洪水、干ばつが多い。
2000年以降、世界中で5,300件以上の水災害が報告され、死亡者数は32万5千人以上、そして、経済損失は1兆7千億米ドルを超えていた。洪水だけで水災害全体の約54%を占めている。
2020年には、南アジアで発生した洪水により、1,750万人以上が被災し、1,000人以上の死者が出た。経済的損害は、未だ計算中であり、数十億米ドルになると予想されている。東アフリカでも同様の傾向が見られ、2020年には600万人近くが被災し、そのうち150万人が家を追われた。
洪水災害を軽減するためには、予測が重要な鍵となる。しかし、カナダにある国連大学水・環境・保健研究所(UNU-INWEH)が実施した世界調査によると、洪水の多い国の洪水予報センターの大半は、洪水早期警報システムに必要な資力を欠いていることが明らかになった。
各センターでは、早期警報システムの空間的範囲と解像度を向上させる能力が不足している。
また、過去の洪水危険地域図や洪水ハザードマップを作成することもできない。洪水ハザードマップとは、特定の洪水事象によって浸水した特定の区域を示すものである。
洪水ハザードマップは、洪水危険地域図を作成するために不可欠である。洪水ハザードマップは、流体力学モデルまたは経験的モデルのいずれかを用いて作成されている。流体力学モデルは、データ集約型のモデルのため、人が現場にいて量水標からデータを収集する必要がある。経験的モデルは、リモートセンシングデータ(遠足探査データ)に頼っている。
残念ながら、グローバル・サウスには流体力学モデルを校正・実行するためのインフラやデータが不足している。現在、北米にある量水標は、水不足の深刻な20カ国のより10倍以上回っている。
従来の手法で国家レベルの洪水ハザードマップを開発するにはコストがかかる。例えば、カナダでは、国の洪水ハザードマップを更新するには10年もかかり、そして、3億5千万米ドルの費用がかかると予想されている。
ほとんどの開発途上国における既存の洪水ハザードマップと洪水危険地域図は、更新されてない。また、急速な都市開発や気候変動の影響も考慮されていない。
私は、カナダにある国連大学水・環境・保健研究所(UNU-INWEH)のチームの一員として、知識のギャップを埋めるために活動している。今回の公開した「洪水マッピングツール」と来年公開する予定の「洪水リスク予測ツール」を設計した。
私たちのツールは、ビッグアースデータ(地球観測データ)、AI、オープンデータ、そして、クラウドコンピューティングを活用することによって、洪水ハザードマップ・洪水危険地域図を作成し、高コストの問題を回避することができた。
これらのツールは、洪水災害の軽減や緊急対応、土地利用計画、耐障害性インフラへの投資、保険制度、そして、洪水へのリスクの認識に重要な情報を提供することができる。
その他にも、International Water Management Institution (国際水管理研究所) が立ち上げたプラットフォームは、1980年から2011年までの南アジアにおける大規模な洪水をマッピングする類似したオンラインツールがある。また、欧州委員会の共同研究センターは、2016年に世界のGlobal Surface Water Indices (世界の表層水インデックス)を無料でアクセスできるオンラインツールを立ち上げた。
私たちの洪水マッピングツールは、これらの取り組みを基に、洪水ハザードマップの空間・時間解像度を向上させた。また、データや情報のギャップが顕著で、洪水による年間損失が大きいグローバル・サウスの全体に焦点を絞っている。
将来の洪水災害を軽減するために、政府ができることは3つある。
私たちが作成しているツールは、これらの対策を実行するための重要なデータと証拠を提供するのに役立つ。
洪水マッピングツールは、UNU-INWEHのWeb-based Spatial Decision Support System (ウェブベース空間意思決定支援システム)の一部として、初めて公開されたものである。目的は、洪水の早期警報とリスク管理システムにおける情報のギャップに対処することだ。
このツールは、Google Earth Engine上で公開されているデータを利用し、1984年から現在までの大洪水に関する洪水ハザードマップを作成するものだ。これは、一定期間内に撮影されたLandsat衛星画像のピクセルを空間的に重ね 合わせた“data cube” (“データキューブ”)に基づいている。これにより、空間的・時間的な洪水パターンを明らかにすることができる。最終的には、洪水による影響、 農業、林業、交通、コミュニティなど、様々な社会経済セクターを分析することができる。
2年に及ぶ洪水マッピングツールの設計・検証・試験プロセスの間、私たちのチームは、様々な国の水関連災害専門家や災害管理機関の代表者で構成される広範なネットワークと関わり合った。その中には、アフガニスタン、バングラデシュ、ブータン、インド、パキスタン、ネパール、スリランカなどが含まれていた。
また、GoogleとMapBoxは、それぞれの研究・教育プログラムを通じて、本ツールの開発をサポートした。開発チームは、タイのアジア防災センター、カナダのマクマスター大学の専門家とも協力した。
来年には、将来的な洪水リスク予測ツールも登場する予定だ。このツールは、AI (人工知能) モデルを用いて、都市、地区、河川流域レベルの3つの気候変動シナリオについて、現在と将来の洪水リスクマップを作成する予定だ。気候シナリオは、気候変動に関する政府間パネルによって定義されている。
このモデルは、洪水マッピングツールで作成された浸水マップと、土地利用、土地被覆、降水量、気温、性別、年齢で区分された社会経済データなどのオープンデータセットを用いてトレーニングが行われる。
これらのツールを組み合わせることで、国や地域の洪水早期警報及びリスク管理システムの適用範囲を拡大することができる。
このシステムは、南半球の洪水予報センターがAIモデルやビッグデータ、クラウドコンピューティングを用いて気候変動の影響を分析する能力の構築にも貢献する。そうした貢献は、様々な水および自然災害関連の会議、ウェビナー、サミットで実施される実地訓練を通じて行われる。UNU-INWEHのオンラインコースはこちらから。