ソニア・アイエブ・カールソンは国連大学環境・人間の安全保障研究所(UNU-EHS)のシニアリサーチャーで、環境破壊や気候変動に関連した移動の決断、移住、健康、ウェルビーイングについて研究している。サセックス大学でグローバルヘルスの講師としても活動。
バングラデシュ・バリサル管区ピロジプール県の沿岸の村、Mazer Char (マゼル・チャール)で2007年11月のある夜に生まれた1人の少女、Bonna(ボナ)について紹介したい。その夜はいつもの11月の夜とは違っていた。ボナというのも普通の名前ではない。バングラデシュ南部では、「ボナ」は洪水やサイクロンを表すのである。この幼い少女がボナと名付けられたのは、破壊的なサイクロン・シドルに襲われたまさにその夜、多くのバングラデシュ国民の記憶に刻まれたその恐ろしい夜に、生まれたからである。シドルによってマゼル・チャールでは4人が死亡し、バングラデシュ全体では1万人もの死者が出た。
ボナは運が良かった。非常に多くの人が命を落としたその夜をボナが生き延びたのは、彼女の父の勇気のおかげである。ボナの家族はサイクロン・シェルターまでたどり着けなかった。家を出るのが遅すぎたのだ。ボナが生き延びたのは、彼女の父が木によじ登り、生まれたばかりの彼女を両腕に抱いてバランスを取りながら、何本かの枝にしがみついていたからであった。
「ただ待ち、祈ることしかできませんでした。あるとき木に水が押し寄せてきて、見下ろしたら腕の中に娘がいなかったんです。赤ん坊はサイクロンに呑まれてしまったのだと思いました」と彼は話した。
奇跡的にも、ボナは父のTシャツの中にいた。彼には今でも赤ん坊がどうやってそんなところに入ったのかはわからないが、とにかく彼女はそこにいたのである。
第3回国連防災世界会議(WCDRR)が3月に仙台で開催された。その結果、災害リスク低減(DRR)とレジリエンス(回復力)のための新たな10年間のグローバルな枠組が、兵庫行動枠組の後継となることが決まった。この会議はDRRに関するものとしては過去最大の規模であり、関連イベントに世界各地から推定で4万人が参加した。
仙台は私たちの多くにとって遠く離れた地であり、WCDRRのようなハイレベル会議はほとんどの人に関係のないものに思えるかもしれない。しかし、実はそうではないのである。
あの夜のボナは幸運だった。彼女は生き延びた。しかし、あのサイクロンでは多くの人が命を落としている。私は、髪に花を挿すよう私を説き伏せた元気いっぱいのボナと話すのではなく、あの夜、子どもを失った家族を訪ねることになっていたかもしれないのだ。効果的なDRRによって、人々は運に頼らずとも生き延びられるようになるだろう。
バングラデシュで科学研究とコミュニティ主導の行動による生計と生活水準の向上を目指し、国連大学環境・人間の安全保障研究所(UNU-EHS)、 国際気候変動開発センターとMunich Re-Foundation(ミュンヘン財団)は、研究を行動につなげるための5年間のパートナーシップを結び、7箇所でギビカ・プロジェクトを立ち上げた。
ボナの村は、沿岸の3箇所のプロジェクト実施サイト(サイクロン関連の脅威にさらされているコミュニティ)の1つである。1970年、史上最悪の熱帯低気圧、サイクロン・ボーラがバングラデシュを襲った。ボーラによって同国で約50万人が死亡したとされているが、死者数は100万人近いとも言われている。
バングラデシュ政府は、とくに2007年のサイクロン・シドル以後、国内の沿岸地域のサイクロン対策を強化しようと熱心な取り組みを行ってきた。その一例が、バングラデシュ赤新月社との協力により実施されているサイクロン被害軽減事業であり、災害対策と対応能力の強化、すなわち災害リスクの低減と管理によって、サイクロンによる人命と財産の喪失を最小限に抑えることを目指している。
こうした取り組みによって、バングラデシュの沿岸コミュニティの災害意識と災害対策は大幅に向上した。しかし、忘れてはならないのは、早期警報システムの操作やコミュニティでの災害訓練などの活動の大部分が、ボランティアによって行われているということである。ボランティアであるが故に、具体的責任を維持し管理することが難しくなっている。
ほかに、携帯電話ネットワークの性能と信頼性の向上や携帯電話の普及率の向上といった近年の情報通信基盤の強化と、迅速な災害応答と災害援助も、アイラ(2009年)やナルギス(2011年)、マハセン(2013年)などの最近のサイクロンでの死者数の低減に寄与している。
しかし、2014年、私も参加しているギビカの研究チームが、災害対策と災害認識のレベルをもっと良く把握しようとして、慎重な協議を行い、何度も現地を訪問し、沿岸の研究サイトのコミュニティと調査会議を重ねた結果、深刻な空白部分、限界、制約がいくつか明らかになった。こうした問題を減らすために、既存の災害リスクをもっと効果的に管理しなければならないだろう。
昨年、研究サイトの1つを訪れた際、こうした空白部分の一例が明らかになった。現在、沿岸の全研究サイトには、音声スピーカー、サイレン、ボランティア、昇降式の旗を始めとして、サイクロンに対する早期警報システムが確立されている。しかし、ベンガル湾に発生したサイクロン・フッドフッドに対して、国内外で警報が出されたにもかかわらず、私たちが訪れたコミュニティでは警報を知らせる旗は揚げられなかった。そのコミュニティの住民のうち、サイクロンの発生に気付いていた人はほとんどいなかった。私たち研究者が現地のボランティアに尋ねたとき、フッドフッドはシグナル3(一定の時間内で予想される風の強さに基づく警報システムでの警報レベル)でしかなかったため、旗を揚げる必要はなかったという返答があった。しかし、政府のサイクロン被害軽減事業に従って、シグナル1からシグナル3の間は旗を1つ揚げなければならない。さらには、早期警報用ツールの収納場所や旗を揚げる責任者もはっきりしていなかった。コミュニティの数名の住民が、早期警報システムとサイクロン・シェルターをあまり信用していないと述べている。
私たちの沿岸研究サイトにあるコミュニティで聞かれた、現在の早期警報システムに対する一般的な批判は、警報がまったく出されないか、出されても遅すぎるというものであった。
「私がサイクロンのことを聞いたのは午後2時でしたが、備えを整えようとしたときには遅すぎました。夕方、サイクロン・シェルターに行こうとしましたが、たどり着けませんでした。そのときにはもう倒木で道がふさがれていたのです」と、マゼル・チャールでギビカのチームの聞き取り調査を受けて、アブドゥル・ソムド・モーラ氏が報告している。
「いきなり洪水に襲われ、住民はサイクロン・シェルターに逃げ込もうとしましたが、全員がたどり着けたわけではありませんでした。私と私の家族、つまり夫と3人の子どもは、水に呑まれて離ればなれになりました。強い波に遠くの学校まで流され、校舎の屋根にどうにかよじ登りました」と、ダルバンガ・サウスのアロ・ラニ氏が研究者に語った。
そのため、理論上、この沿岸研究サイトは既存の早期警報システムのおかげで、サイクロンの脅威に十分な備えができているように思われるが、実際にはそうではない。このコミュニティが備えているようなシステムの有効性を最大限に引き出すには、繰り返し評価を行い、コミュニティの災害対策をどのように強化するのか、現地住民とともに判断する必要がある。
だからこそギビカ・プロジェクトでは、最初のプロジェクトサイトで今年着手予定の第一の活動として、文化、社会、実践、技術のいずれに関するものであれ、あらゆる制約と空白部分の解消に重点的に取り組むことにしている。こうした制約や空白部分が現在、サイクロンに対するコミュニティの災害対策レベルを押し下げているのである。リスク認識と災害リスクの低減に関する取り組みを連携させて、それらの解消を実現する必要がある。
ギビカ研究サイトにあるコミュニティの多くの住民が、災害後の援助ばかりが重視されて、DRRが軽視されすぎていると述べている。たとえば、3箇所の沿岸プロジェクトサイトでリストアップされている303件の介入努力(災害援助プログラムからインフラ関連の取り組み、災害リスクに関する訓練にいたるあらゆる努力)のうち、災害援助に重点を置くものは82件あるが、災害対策の場合は10件だけである。
国連国際防災戦略事務局の2014年版報告書によると、過去45年間に世界の人口は2倍近くに増加し、サイクロンに見舞われやすい地域で暮らす人々は3倍に増加したという。なかでも経済的打撃は、世界中の人々と人間開発全体を脅かし続ける。正しく機能するDRRの仕組みを利用することで、そうした地域で暮らす人々が自らの資産や生活、生命を守れる機会が大きくなると考えられる。これまで以上に効果的なDRRにより、災害の多い地域で暮らすもっとも脆弱な人々のレジリエンスが強化されるだけでなく、災害後の援助費用が押し下げられるため、国レベル、国際レベル、グローバルレベルでのレジリエンスの向上にもつながるだろう。
仙台で開催されたWCDRRでは、DRRと災害意識、正しく機能する早期警報システムなどの災害対策ツールの価値と重要性が強調された。この会議には25人の首脳を始めとして、187カ国から人々が集まった。同会議で採択された仙台防災枠組2015-2030は、行動を起こし、世界をより安全な場所にするための一歩である。
仙台枠組は効果的な予防措置と気候災害リスクの低減、損失と損害の抑制のためのものであり、また何よりも命を救うためのものである。ボナを始めとして、世界各地の災害の多い地域に暮らすすべての人々のためのものである。サイクロンが迫っているときに取るべき行動、すなわち短時間で最善の備えと計画、行動をする方法について、人々が確実に訓練を受けられるようにするためのものである。世界のどこかで次の“ボナ”が生まれたとき、頑丈なシェルターの中で、父に抱っこされながら安全にサイクロンが過ぎるのを待つことができるようにするためのものである。
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本記事の縮約版がダッカ・トリビューン紙に最初に掲載されました。
運に頼らず生き延びるために:防災に関心を持とう by ソニア・アイエブ・カールソン is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 4.0 International License.
Based on a work at The Dhaka Tribune.