中国の領土の32%を占める中国西北部では、2つのきわめて重要な環境資源が急速に劣化しつつある。この地域では何世紀にもわたって集約農業が営まれてきたこと、また森林伐採や劇的な気候変動のせいで植被率が低いことから、土壌の浸食と劣化が深刻で、今では農業生産に大きな影響を及ぼしている。さらに、長期に及ぶ降水量不足によって慢性的な水不足に悩まされている。そのうえ、急速な人口増加と経済発展にともない、さまざまな水利用者の間で衝突が生じる可能性も高まっている。
それぞれの問題を軽減するための取り組みは進められているものの、1つの課題の解決策が別の課題を悪化させてしまっているということが、国連大学物質フラックス・資源統合管理研究所(UNU-FLORES)のSoil and Land-use Management Unit(土壌・土地利用管理ユニット)が実施したプロジェクトによって明らかになった。同プロジェクトでは、これらの予期せぬ悪影響を削減するため、ネクサスアプローチを用いて地域内の水と土壌の管理を行うことで得られるメリットを検証している。このアプローチでは、環境資源の相互依存性や、さまざまな空間規模や区画間における環境資源の推移と流動が重視される。その目的は、一方的な部門別思考や部門偏向的な計画、管理、実施を打開することにある。
中国西北部の土壌浸食と土地劣化は、とくに黄土高原地域における低い植被率と古くから続く集約的な農業活動に起因する。環境の質と健全さを取り戻し、植被率を高めるため、中国政府は1990年代後半に2つの環境修復プログラムを立ち上げた。それが、Natural Forest Protection Programme(天然林保護プログラム: NFPP)とGrain for Green Programme(退耕還林プログラム:GGP)である。NFPPとGGPは世界最大規模の生態系復元・農村開発プロジェクトで、土壌を安定させて土地被覆を強化するための2つの主要な方策、すなわち荒地の森林再生、および非生産的な急勾配傾斜地の森林化に重点を置いている。
黄土高原地域の山岳地帯にある植林地。Photo: Lulu Zhang
このような植生の変更に加えて、作物収量を増やすため、政府は傾斜農地をならして段畑を作るという構造的かつ工学的な方策を講じている。段畑は地表水を効果的にせき止めて地中に蓄え、作物の栽培に使用することができる。また、砂防ダムの建設も好んで行われる方策である。砂防ダムは山から下りてくる堆積物をせき止めて、川に流れ込む堆積物の量を減らすとともに、ダムが満砂すると肥沃な農業用地が生まれるため、いわば一挙両得の解決策と考えられている。
植生復元は土壌浸食を削減するだけでなく、鉄砲水を軽減し、砂あらしや砂じんあらしを防止し、炭素隔離能力を高め、農村地域の収入を多角化する。
中国西北部の黄土高原において土地利用の変化が土壌透水性にどのような影響を与えているかを調べた最近の研究によると、土壌内の水の動きを左右する土壌透水性 が、植生復元によって大幅に改善されていることがわかった。またこの研究では、一般に認められている植林よりも草地に戻す方が水の浸透性と移動性が大きく改善されることも明らかとなった。樹木の成長は土壌内の水の動きを阻害するような形に土壌の性質を変えてしまう可能性があるが、草地は水の移動性を高める安定した土壌粗孔隙をもたらす。
植生復元は土壌浸食を削減するだけでなく、鉄砲水の軽減、砂あらしや砂じんあらしの防止、炭素隔離能力の向上、農村地域の収入多角化など、数多くの恩恵を人類に与えてくれる。しかし、土壌浸食を抑制してオンサイトでの農業生産を高める環境修復策を実施する際には、下流の水資源に対するオフサイトの影響についても考慮する必要がある。
砂防ダムが肥沃な堆積物で満砂した後で新たに生まれたダム農地。Photo: Lulu Zhang
水不足と干ばつは、中国西北部の地域開発を妨げる主な制約となっている。黄河の中流部における流量は過去50年間にわたって減少し続けており、その主な原因は土地利用と気候変動にあると考えられている。森林被覆の拡大(植林)は、樹木の成長にともなう水消費の大幅な増加につながり、その結果として地下水涵養のための水の利用可能性と河川水系への水の流入量が減少する。したがってこのような方策は、広大な下流域における河川流量と水供給の確保に大きな悪影響をもたらす可能性がある。
水資源への影響を抑制することなく植林地や段畑の面積を拡大すると、河川流量の著しい減少につながる場合がある。
このような展開を踏まえて中国では、水不足地帯における森林開発政策が激しい議論の的となっており、ますます疑問視されている。さまざまな土地管理手法や気候変動が黄土高原の流出水量にどのような影響を与えているかを調べた最近の 研究では、水資源への影響を抑制することなく植林地や段畑の面積を拡大すると、河川流量の著しい減少につながる場合があるということが明らかになった。これは地域内の水危機のさらなる悪化を招く。しかしこの研究では、局地的な河川流量の調整/管理は、土地管理戦略や植被率を直接修正することによって達成可能だということも証明された。
水の供給を著しく減少させることなく植被率を高める方策の一例が、森林の代わりに草地を増やすという方法である。適切に管理された草地は、森林と同じく土壌浸食を効果的に防止するが、水の消費量は森林よりもかなり少なくてすむ。
バランスの達成
中国西北部で実施されている環境修復プログラムは、土壌浸食の削減と劣化した環境の改善において大きな成功を収めている。しかしこれらのプログラムでは、水と土壌のネクサスが考慮されていない。政策決定者は、中国西北部の環境修復政策を策定するにあたって水資源管理と土地利用管理の調和が重要かつ喫緊の課題となるということを認識しなければならない。ある資源(例えば土壌)を過剰に保護することは、別の資源(例えば水)の著しい現象をもたらす場合があり、地域の経済発展を大きく損なう可能性がある。そのような望ましくない結果を避けるためには、政策策定において土壌管理と水資源管理の相互依存性および相互作用(土壌と水のネクサス)を考慮する必要がある。
知識の向上がなければ、相乗効果を高めるチャンスを逃し、不必要なトレードオフのリスクを高めることになりかねない。
多益的な生態系の管理においてバランスと協力を実現することは困難な作業である。中国西北部で現在進められている適応的な土地管理政策を改善するためには、さらなる研究が必要である。そしてこの重要な研究では、変わりゆく環境のもとにおけるさまざまな空間規模での自然資源管理を分野横断的・越境的視点からとらえ、全体的なネクサスを考慮する必要がある。
知識の向上がなければ、相乗効果を高めるチャンスを逃し、不必要なトレードオフのリスクを高めることになりかねない。さらに、GGPを始めとする環境管理プログラムは、農民の活動を農業生産から農外生産へと大きくシフトさせる可能性がある。その結果、多益的な生態系の管理において考慮・包含されるべき重大な社会経済的結果が生じることとなる。
DFG 中国プロジェクト協力パートナーの集合写真。左から:イエ・レン氏(Pingliang Soil and Water Conservation Institute (平涼土壌・水保全研究所)、中国)、ルールー・チャン氏(UNU-FLORES )、カイ・シュワーツェル博士(UNU-FLORES )、カール=ハインツ・フェガー教授(ドレスデン工科大学、ドイツ)、チャン・チャン氏(Zhonggou 集水域の森林管理者)、ヤンフイ・ワン教授(Chinese Academy of Forestry(中国林業科学研究院))。Photo: Kaiyuan Liu.
この記事の中で示された研究結果および結論は、国連大学物質フラックス・資源統合管理研究所(UNU-FLORES)により実施された研究プロジェクトの 成果である。同プロジェクトは、北京の中国林業科学研究院およびドレスデン工科大学と共同で実施され、ドイツ研究振興協会の資金提供を受けている(DFG助成ナンバー SCHW 1448-3/1)。