ピーター・ブラッドフォード氏はバーモント法科大学院の非常勤講師で、原子力および公共政策を教えている。またアメリカ原子力規制委員会の元委員であり、ニューヨーク州およびメーン州の公共サービス規制委員会で委員長を務めた。
原子力に必要なのは透明性ではなく、服従である。原子力をとりまく言説と現実の間の溝は、すでに半世紀にわたって賢明なエネルギー政策の決断への根本的な障害であり続けている。
さまざまな理由から、多くの国で、原子力産業は原子力の進歩、約束、あるいは危険について真実を語ることができない。政府や学会に存在する原子力推進派も同様である。
原子力の反対派から発せられる過剰な言説は、現状を曖昧にする一因である。しかし賛成派の方がはるかに強力な武器を装備している。アメリカでは、かつて「原子力ルネサンス」として知られたバブル期が隆盛し衰退していく中、賛成派の持つ手段の多くが明らかになった。
学会や政府による10年前の研究では、新しい原子炉の予想費用は過小評価され、気候変動との闘いへの貢献は過剰に評価されていた。2006年時点で、数州のアメリカ州議会は、電気利用者を新しい原子炉建設に伴う全てのリスクにさらす気にさせられていた。産業がスポンサーとなった会議は経済界や新聞各紙に、雇用創出の大幸運がすぐそこまで来ていると説き伏せる一方で、高い電気料金率によって生じる雇用喪失を無視し、より安価で労働集約的な選択肢を切り捨てた。こうした地域的組織が、連邦議会にさらなる助成金を求める圧力を増大させた。
フランスと日本は、アメリカで原子力発電所の建設を遅らせていた弱気と過剰規制を避けた国の例として提示された。実際、この二国は使用済み燃料の再処理を約束することによって、廃棄物の問題まで解決したと論じられた。
つじつまの合わない物語が同時に語られることもあった。そこでアメリカ連邦議会に伝えられたのは、新しい認可プロセスと新しい包括的設計は全く検証されていない上に、環境保護の反対勢力が非常に強いため、リスクを納税者に負わせないために融資保証が必要だということだった。それと同時に、ウォール街と州議会に対しては、こうした新機能が市民の反対をマヒさせ、あるいは原子力産業の恐ろしい幽霊たちを退散させたのだから大丈夫だと請け合った。幽霊たちとは、数億ドルの損失を生んだショーラム、シーブルック、ワシントン公共電力供給システム社(WPPSS)、ミッドランドといった原子力発電所だ。それらの地名は、南北戦争の戦場名のようにアメリカの原子力の伝説の中で響いている。
原子力ルネサンスという物語は抗しがたいものだった。2009年初頭までに、31基の新しい原子炉の申請がアメリカ原子力規制委員会で保留となっていた。その約束は、しばしば不可解な原子力への転向者たちによる悔恨の心変わりという物語で飾られていた。ほぼ例外なく、ニュースメディア(とりわけ、短くてシンプルなニュースを渇望するテレビ)は、その言説に乗せられた。
今では全て廃虚と化した。申請された31基の原子炉のうち、実際に建設されているのは4基となり、その他の数件は相変わらず20年間有効の認可を求めている。建設中の4基は絶望的に不経済だが、州議会が電気利用者の懐から1ドルでも取れる限りは建設をやめないことを約束してしまっているため、建設は続行される。この15年間で初めて、運転中の原子炉は不経済だとして閉鎖されている。
それでも楽隊は演奏し続ける。オバマ大統領は最近、エネルギーに関する自身の「all-of-the-above(利用し得る全ての資源を使う)」戦略の一部として、新しい原子炉を褒めちぎった。しかし「利用し得る全ての資源を使うこと」は本当に政策なのか? 住宅難を防ぐために宮殿を建設するのか? アメリカのエネルギー省長官らは、建設中の新たな原子炉4基は「予定どおり、予算内で」完成するだろうと熱狂している。しかし予定はすでに遅れ、予算オーバーであり、「予算内で」の意味するところが「同等の低炭素エネルギーをより賢く作り出す費用よりもずっと高い」であってもお構いなしだ。
失敗に直面した時の常として、産業は新しいデザインを新たな約束の基盤として提示する。今度は小型モジュール炉を、10年前に大型の部分的にモジュール化された原子炉を褒めちぎった時と同じ白熱ぶりで褒めちぎっている。連邦議会はこうした夢を失わないようにするために、予算削減が多くの人々を痛めつけるとしても、数億ドルの財源を見つけ出す。
新作映画「Pandora’s Promise(パンドラの約束)」(原子力の歴史をよく知る映画製作者なら、原子力を肯定する意味でタイトルに「約束」という言葉を入れることは決してなかっただろう)が、サンダンス映画祭で最近上映された。
ありがちな反核からの転向者たちと詭弁(きべん)を操る人々が登場するこの作品は、数週間前に映画館で公開されたが、動員数は少なく、おおむね冷ややかな反響だった。特に原子力に精通する人々からの反応は冷めていた。
世界が原子力の偽りの約束を驚くほど執ように渇望している中だからこそ、7月11日に発表された世界原子力現状報告は非常に重要である。
この報告書は、世界の原子力エネルギーに関する実情と成果を綿密な詳細にわたって提示している。大部分は一般的に受け入れられたデータに基づいており、より理解しやすいようにはっきりとグラフで示されている。執筆者たちが批判を述べた箇所では、何を、なぜ行ったのか説明している。この報告書は何年も前から実績を積み続けている。あまりに多くて当惑させられる国際原子力機関や世界原子力協会や多くの政府見解の情報よりも、ずっとマシである。
うわさの原子力ルネサンスを支えていた神話のほとんどが、ここに提示された情報によって崩される。
新しい原子力は、エネルギー需要を満たす他の方法よりも安上がりか? もちろんそうではない。低炭素「ベース負荷」の方法はどうか? その答えは報告書の71ページをご覧いただきたい。原子炉の建設によって国は経済を成長させられるのか? 産業や企業に電気料金の高騰を課した結果、雇用が被る影響について考えてみたらどうか。 福島でのメルトダウンの影響は、本当に反核活動家たちの誇張なのか? そうかもしれないが、福島の現状に関する一章をお読みいただきたい。
要するに、原子力ルネサンス(それが世界のどこで何と呼ばれていようとも)は、常に原子炉の数だけで作り上げられていた。その過剰なコストを、政府は顧客か納税者のいずれかに義務づける気でいたのだ。投資家の資本は徴用できない。原子力が引きつけるようなタイプの投資家たちは、リスクを慎重に検討する。彼らはこの報告書の情報を知っている。そして、原子力のリスクを配分するエネルギー関連の決断を下す責任を有する人物なら誰でも、この情報を知っているべきなのだ。
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本稿は2013年7月11日、guardian.co.ukで発表されたものです。
翻訳:髙﨑文子
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