変化する私たちの世界 ― 1,000本の記事を祝して

何か大きなアイデアには世界を変える力があるのではないか?物事がどう機能するかに対する幅広い知識は、今日の緊急の課題の解決に向けて役立つものであるはずだ。さらに、私たちの持つノウハウの適用が社会の進展の中核を担うと言っても過言ではないのではないか?

私たちは、こうした考え方が正しいと思いたい。それが2007年にこのウェブマガジン、Our Worldの創設を考えついた理由だからである。

私たちの最初の目的は、3つの問題とそれらの結びつきについて取り上げることであった。その3つとは気候変動、ピークオイル、食料安全保障であり(ウェブマガジン創設後、生物多様性の損失も追加した)、私たちは広範囲で変化をもたらすにはどうすればよいのかを自問した。この「私たち」とは、国連大学のことである。

その答えは明白に思えた。インターネットのおかげで、今やこれまでのどの時代よりも多くの人々が結びついている。インターネットを利用できる人口はおよそ28億人であり、世界の総人口の38パーセントに相当する。ミレニアルズ(1980年代から2000年代初頭生まれ)を含む若い世代は、日常的にインターネットを利用している。インターネットは、彼らに働きかける理想的な場である。

また、私たちの考えでは、こうした若い世代が切望しているのは、悲観的な見通しでも、科学技術の進歩がもたらす何らかのユートピアについてのバラ色の楽観論でもなく、今日の問題に対する現実的で実行可能な解決策なのである。

言うまでもないことであるが、私たちの世界は急速に変化している。つねに誰かがイノベーションを行い、解決策を見いだしている。私たちはこうした解決策を分析し、報告することで、学習(そう、私たちは大学である)と変化を促そうとしている。

感化するという点では、私たちはかなりの成功を収めてきたが、人々に変化を考えさせることにおいてはそれほどうまくいっていない。2013年秋に終えた読者調査では、読者の41パーセントがOur Worldの記事を読んだ後、問題への理解が深まったと回答し、36パーセントが新しいことを学んだと回答している。興味深いことに、7パーセントが「問題に対する見方が変わった」と答えているが、「行動を変えた」と答えた読者は4パーセントに過ぎなかった。

当初、私たちは人々に変化を促そうと、記事を人々の日常生活に結びつけ、そのテーマが個人の「ライフスタイル」、「財産」、「健康」にどのような影響を与えるのかを考察した。これらテーマはすべての人の共感を呼ぶ問題である。

ウェブマガジンの掲載が進むにつれて、私たちはライフスタイルを重視した記事から離れ、政策や科学など、より社会全体の動きに関係するテーマを扱うようになった。それは国連大学の使命に沿った当然の変化であった。

国連大学であることの重要性

国連大学の一部であることが、Our Worldを特異なものにしている。信頼性と客観性、学問の自由を約束している。ほかの多くのウェブマガジンとは異なり、読者に何かを売り込もうとはしていないのである。

それに加えて、Our Worldは、国連大学の研究者などが、学究性を抑え、より報道的な文章を提供する場となっている。今日まで、650人近くの著者がOur Worldに寄稿してくださっており、彼らにも感謝の意を表したい。

2008年にOur Worldの掲載を開始したとき、当初の予定では、2015年の末までウェブマガジンを発表し、その後は取り上げたテーマの進捗状況を調べることにしていた。偶然にも2015年はミレニアム開発目標の達成期限と同じであった。しかし、私たちが重要な期限として2015年を選んだ理由はほかにも2つある。2015年までに石油生産がピークを迎えていることが現実的に明らかになるであろうこと、また、ほぼ同じ頃に温室効果ガス排出量が頭打ちになり、減少に転じるはずだということが指摘されていたのである。

今のところ、そのどちらも来年中に起こりそうではない。英国王立協会によると、米国での水圧破砕技術の急発展により、石油生産のピークが10年遅れるとみられる。また、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)による最新の科学的研究に基づき、国連環境計画が発表したばかりの報告によると、今後10年以内に温室効果ガスの排出量を頭打ちにして、今世紀半ばまでに全温室効果ガスの排出量を半減させ、その後、今世紀末までにカーボン・ニュートラルを実現し、温室効果ガスの総排出量を正味ゼロにする必要があるという。

重要な節目をたたえる

2008年から2014年にかけて、Our Worldはかなり大きな進展を幾度か遂げてきており、今回の1,000本目(英語版)の記事の掲載に際し、こうした実績にも注目したい。こうした進展の1つに、2013年の終わりに実施したウェブマガジンの大幅なリニューアルがあるが、そのなかで私たちは当初の環境問題に関するテーマから対象を拡大し、国連のすべての活動分野を取り上げることにした。その結果、直後にウェブトラフィックが倍増した。全期間を通して、私たちは230万人以上の読者を獲得することができた。これに、私たちがウェブマガジン向けに製作したすべてのYouTubeビデオの再生回数を合算すると、その数は730万にまで跳ね上がる。

ビデオは、なかでも若い世代への非常に強力なコミュニケーション・ツールになるため、その製作はOur Worldのウェブマガジンの心臓部になっている。しかし、若い世代が関心を持っているのは、「偉い専門家が語る」というようなビデオではない。彼らが見たいのは、現実にいる人々の話である。世界のさまざまな場所で人々がどのように暮らしているのかを知りたいのである。

私たちはこうした魅力的な話をビデオにこれほど多く収めることができ、非常に誇りに思っている。いずれも、私たちのチームの若く、熱意溢れるビデオ製作者グループの献身的な努力のおかげであった。彼らは世界中の現場に出向き、こうしたすばらしい出来事を撮影し、美しい地球の豊かさと多様性に関してをウェブマガジンに持ち帰ってきてくれたが、ときに困難を前にした絶望と、その困難から立ち直る力に関する物語を伝えてくれたこともあった。

ほとんどの場合、こうしたビデオは国連大学の取り組みを記録しており、特定のプロジェクトからの資金提供によって支えられていた。ビデオからは、国連大学の研究者が研究だけに没頭して何もしないのではなく、現場に出て活動を行い、知識を活かして、変化をもたらしているということがわかる。

しかし、Our Worldのチームがかねてから非常に小規模なものであったことを忘れないでおきたい。これまで、より大きなチームの多くの人々が、ビデオ製作、執筆、編集、写真撮影、開発を通じて貢献してきてくれたが、このウェブマガジンは、フルタイム換算すると2人未満の職員によって一貫して作成されている。しかし、チームがたえず「能力以上と思われる成果」を上げているため、Our Worldは国連大学のメインのサイトに続き、国連大学システム内で2番目にアクセスの多いサイトになっている。

Our Worldを創設したとき、私たちは国連大学メディア・スタジオと呼ばれていた。2010年の再編成の際に国連大学広報部との統合が行われた。Our Worldの成功が、この統合の理由の1つであり、このウェブマガジンの発展から得られた教訓を、国連大学ウェブサイトのリニューアルに利用できるだろうと考えられた。そのため、同じチームが国連大学ウェブサイトの存在感の一新に従事し、Our Worldを支える重要なイノベーションを取り入れた。現在、私たちは国連大学ウェブサイトとOur Worldのウェブマガジンの双方を管理している。

それでも、私たちの目的は変わらず、Our Worldを、より多くの国連大学の研究者に彼らの研究を広めるための重要なツールとして考えてもらうよう促し、国際的に著名な学術誌で彼らが発表している業績を補完していくことにある。

私たちの世界を変える

これまでの6年半のOur Worldの取り組みに際し、現代の情勢に通じておくために最善を尽くすことが必要であった。私たちは世界が変化していくのを注視してきた。しかし、地球社会として進む一歩ごとに、二歩後退するという結果に終わっているように思う。

最初に掲載した記事の1つは、2008年7月に北海道で行われたG8サミットに関する記事であった。サミットに参加した首脳のうち、今なお政権の座にあるのはドイツのアンゲラ・メルケル首相だけである。

当時の私たちは、日々上昇する原油価格が1バレル当たり147米ドルにまで達し、また、世界金融危機が始まりつつあるのを目にしていた。そして、この危機による経済の低迷と世界的な景気後退を目撃した。その後、世界は平坦ではない道を歩んでいる。

そして偶然にも、ほんの数週間前、オーストラリアのブリスベンで行われたG20サミットの後、英国のデービッド・キャメロン首相は金融崩壊が迫りつつあることについて述べたが、それは2014年の初めに私たちが警告したことと同様の内容であった。

2008年当時の私たちは、2014年までには金融機関の規制、経済の運営、国家間の紛争回避の点でより大きな進展が見られるだろうと考えていた。

国際社会が自然災害に対するレジリエンスを高め、そうした災害が発生した際の迅速な対応と復興を確かにするための取り組みを拡大しているだろうと期待していた。また、エボラ出血熱などの危機と人命の喪失を最小限に抑えるために、それら潜在的脅威を注意深く監視しているのではと期待していたかもしれない。

ところが、私たちが目にしているのは、何とか切り抜けようという事態である。良いことも進展もなかったと言っているのではない。気候変動、エネルギー、食料安全保障といった重要な問題へ対応するスピードがカタツムリのように遅く、本来なら今、この世界と私たちの社会の立て直しに迅速に着手している必要がある。

それでも私たちは、これからの6年間に更なる1,000本の記事で、より飛躍的な変化を目撃できることを期待する。今から2020年までの6年は重要な期間であり、まずは来年、パリで主要な気候変動会議が開催される。

私たちは気候変動がもたらす最悪の影響を回避する方向に、舵を切ることができるだろうか?化石燃料への過剰な依存から脱却し、再生可能エネルギーを拡大することができるだろうか?新たな冷戦を回避し、世界の紛争を減少させられるだろうか?エボラの封じ込めを成功させ、その再燃を確実に防止しているだろうか?経済を立て直し、私たちが2008年に経験したのと同じ状況に世界を陥らせないように、金融機関を正しい方向に導いているだろうか?

当然のことながら、私たちにはわからない。誰にもわからない。重要なのは、何が起こってほしいと望むのか、そして私たちが世界に出て行き、それを実現させるかどうかということである。Our Worldに従事するなかで、もっともすばらしかったことは、非常に多くの人々が実際に事を起こし実現させているのを見てきたのである。そしてまた、多くの人が、「Our Worldが本当に好きです!」と言ってくれたことである。私たちのオフィスを訪れ、「Our Worldを読んだことがきっかけで、国連大学の修士課程プログラムに申し込んだ」と言ってくれた学生たちもいた。

彼らを含むすべての読者、それに著者のみなさんにお礼を申し上げる。Our Worldの実現に尽力してくれたすべての人々、つまり自らの持ち味を理解し、発揮してくれた人々に感謝している。これまでの道のりを私たちとともに歩んでくださったことに、ありがとうの言葉をお伝えしたい。これからも私たちとともにあり、こうあってほしいと望む世界の方向性について意見を表すことで、物事を前へと進める後押しをお願いしたい。そのような未来を想像し、そのために取り組むことができれば、それは現実のものになるだろう。

Our Worldチームから、1,000本目の記事の掲載、おめでとう!

翻訳:日本コンベンションサービス

著者

ブレンダン・バレット

ロイヤルメルボルン工科大学

ブレンダン・バレットは、東京にある国連大学サステイナビリティ高等研究所の客員研究員であり、ロイヤルメルボルン工科大学 (RMIT) の特別研究員である。民間部門、大学・研究機関、国際機関での職歴がある。ウェブと情報テクノロジーを駆使し、環境と人間安全保障の問題に関する情報伝達や講義、また研究をおこなっている。RMITに加わる前は、国連機関である国連環境計画と国連大学で、約20年にわたり勤務した。

ショーン・ウッドは、クリエイティブディレクターとして2004年から国連大学メディアスタジオに加わる。これまで20年に渡り、モーショングラフィック、インターフェイスデザインのアートディレクター/デザイナーとして活躍。

シドニー、香港、東京のデザイン会社で経験を積み、多国籍企業から小規模のデザインスタジオまで様々なクライアントと仕事をしている。

香港デザインアソシエーションズ・エクセレンス賞、ニューコミュニケーションズリサーチ協会の2007年教育部門でエクセレンス賞を受賞。

キャロル・スミスは環境保護に強い関心を寄せるジャーナリスト。グローバル規模の問題に公平かつ持続可能なソリューションを探るうえでより多くの人たちに参加してもらうには、入手しやすい方法で前向きに情報を示すことがカギになると考えている。カナダ、モントリオール出身のキャロルは東京在住中の2008年に国連大学メディアセンターの一員となり、現在はカナダのバンクーバーから引き続き同センターの業務に協力している。

ダニエル・パウエルは国連大学メディアセンターのエディター兼ライターであり、Our World 2.0担当エディターに名を連ねている。東京の国連大学に加わる前は8年間、東南アジアを拠点に過ごし、農業、生物多様性、水、市民社会、移住など、幅広いトピックを網羅する開発・研究プロジェクトに携わっていた。最近では、USAID(米国国際開発庁)がカンボジア、ラオス、ベトナムの田園地帯で行った水と衛生に関するプログラムにおいて、コミュニケーション・マネジャーを務めた。アジアで活動する前は、米国林野局に生物学者として勤務、森林の菌類学および地衣学の研究を行っていた。