キルギス 未来のための牧草

かつては、キルギス人は遊牧民だった。ヤク、ヒツジ、ヤギの群れと共に、キルギスタンの山々の牧草地から牧草地へと1年を通して移動し続けたものだ。ユルト(木製の枠に羊毛フェルトを覆った、伝統的な組立式住居)に住み 、その土地の自然資源を家畜の飼料やエネルギー源として使っていた。

しかし19世紀後半にロシア人が進出してきてからは、彼らの生活様式は様変わりし、遊牧民は定住民となった。それでも遊牧文化は彼らの生活に今も色濃く残り、キルギス人としてのアイデンティティの大切な一部となっている。

ソ連時代には、道路ができ、電話線、電気がひかれ、社会主義国家としてのイデオロギーに合う近代国家の様々な機関が設立された。中央アジアに巨大な水力発電所が設立され、隣国のウズベキスタンからは、この中央計画経済の国の燃料として石炭が輸入された。何年にも渡り、山村の人々は農業と畜産に携わるため大きな国営農場で雇われていた。個人的に飼育することを許されていたのは、一世帯につき数頭だけだった。

しかしソ連経済が崩壊し、多くの家族ははるかに厳しい状況と貧困へと追い込まれることとなる。集団農場の農地と家畜は私有となった。以前のシステムでの雇用が唯一の収入源だった人々は衰えていくインフラや国家機関、失業の増大という問題に自らが対処しなければならなくなったのだ。

土地の劣化と地すべり

キルギス南部アライ山脈の村ジョシュルでは、今日の典型的な一家はヒツジ、ヤギ、時には牛や馬を飼育している。それに加えて、自分たちで食べるジャガイモや野菜を育て、家畜用のまぐさを育てる。そして6月から9月の夏の間は、家族の何人かが動物をジャイロ(家から離れた夏の牧草地)へ連れて行きユルトで生活する。

牧草地は村のすぐ近くのものから、はるか60キロも先のものまである。基本的には牧草地は広く、その資源は村の動物を養うには十分なはずだが、時には十分な量を確保するのが難しい場合もある。牧草地の質は場所によって大きく異なる。土地の生産性を維持しながら養える動物の数は均一ではなく、気候条件と標高に大きく依存する。
しかし1年の大部分は、動物のほとんどが近くの丘で草を食み、離れた牧草地はあまり使われていない。

「人々は村の周辺でばかり放牧しています」この記事の上部のビデオブリーフに登場する、オシュ大学生物学部長オルンベック・コラノフ氏は説明する。「それが原因で集落の近くの牧草地だけで土地の劣化が起こっているのです」

遠くの牧草地へ行かない理由のひとつは、その移動が厳しいことだ。道路や橋の(たとえあったとしても)状態がとても悪く、がけ崩れや事故の恐れがある。それに加え、それぞれの家族は家畜だけでなくジャガイモやまぐさの世話もしなければならない。さらに子どもが学校へ行かなくてはならないこともあり、ほとんどの家族が夏の牧草地には3ヶ月ほどしか滞在しないのである。

その結果、村の近くの牧草地が過剰に使われ、過放牧の兆候― 草木の減少、土の圧縮、腐食― は、ビデオでご覧いただけるとおり一目瞭然である。

さらにここ20年以内で、森や低木で覆われた土地が著しく減少したことも問題となっている。ソ連の崩壊後、石炭の供給が止まってしまったため、人々は昔ながらの方法で家畜の糞を燃料として料理や暖房に使うだけでなく、木々や潅木を切り倒して燃料としてきた。こうして木々が伐採されてゆき、過放牧と動物による土の踏みならしも加わって、土の腐食、劣化、地すべりの問題を引き起こしているのだ。

このように不幸な状況が重なり、生産的な山の生態系システムが崩れ、それが地元の人々に直接的な影響を及ぼしている。さらに、このため生物多様性が失われ、植物や土壌に含まれる炭素が排出されて地球環境にも影響を及ぼしている。

持続可能な土地活用

土地の劣化に関する問題を取り上げるには、土地特有の生態系と気候条件や地元の人々のニーズや嗜好を考慮に入れた持続可能な土地管理システムが必要である。山岳地方での課題のひとつは広がる貧困である。この問題を解決しなければ持続可能な土地活用技術は多くの人々の手には届かない。総合的なアプローチによって、生物と地域にとっての持続可能な生活の土台を築き、独自の山の生態系と生産的かつ保護的機能を保存することが必要である。

地元のNGO、国家機関、ドナー機関は様々な持続可能な土地管理戦略を行っている。貧困の問題とパミール・アライ地方の土地の劣化の問題を結びつけて考えているプロジェクトの例として、キルギスとタジキスタン政府によって行われ、国連大学が調整を行っている国境を越えたイニシアティブが挙げられる。これはPALM(パミール・アライ山脈)プロジェクトと呼ばれ、地球環境ファシリティと政府間レベルを超えた持続可能な土地管理導入を指導している国内外の協力団体によって支援されている。

上記に挙げた問題に取り組むには、綿密な牧草地の輪作システムが非常に重要である。そのシステムに従い、村から離れた牧草地でより長期間放牧を行えば、近くの牧草地の劣化が食い止められ、動物の質もよくなる。

牧草地管理に加え、劣化した土地の回復作業も必要だ。最重要課題は低木の植物と森の再生である。こうすれば長期的に燃料の木材が持続可能な形で提供されることとなり、生物多様性と野生動物がよみがえり、炭素隔離にも良い影響を及ぼすであろう。

PALMプロジェクトの一部として、キルギスのアライ山脈とタジキスタンのパミール山脈の対象地域では、人々は自らの土地活用計画を作成し、持続可能な土地管理を行うための詳細な計画を取り入れ始めている。

地元のレベルを超え、地域・国全体のレベルで、この地域の持続可能な土地管理のための戦略的、政策的な環境が整えられてきている。それに並行して、研究・諮問機関が地元の共同体と協力して目標を定めたアプローチ(飼料の刈り取りやヤギ畜産の改善など)を展開している。さらにウール、ベリー類その他、山の産物の値段の傾向と需要の調査も行っている。

キルギス・タジキスタンの山岳地域で人々が直面している土地劣化と貧困の問題は非常に複雑で包括的なものである。そして解決策もそうあるべきなのだ。

生態系とそれに依存する人々の様々な必要性を考慮に入れつつ、持続可能性の3つの側面―経済、社会、エコロジー―をうまく統合していかなければならない。それは大きな挑戦であると同時に、緊急の課題でもある。この地域の暮らしは まさにそこにかかっているのだ。

翻訳:石原明子

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キルギス 未来のための牧草 by ダルヤ・ ヒルシュ is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 Unported License.

著者

ダルヤ・ヒルシュ氏は国連大学環境および人間の安全保障研究所、PALMプロジェクトのアソシエイト・アカデミック・オフィサー。ドイツのボン大学で農業科学の博士号と農業経済の修士号を取得。タシケント灌漑技術大学での国際協力における国際研究員・コーディネーターとして参加、さらにドイツ、オスナブリュック大学環境システム研究機関でのNeWaterプロジェクトにて博士研究員を務めた。

ファブリス・ルノー博士は、2004年より国連大学環境・人間の安全保障研究所(UNU-EHS)に勤務し、2007年よりEnvironmental Vulnerability and Energy Security Section(環境脆弱性と生態系サービスセクション)の長を務めている。2009年8月から2011年5月までUNU-EHS所長臨時代理を務めた。農学、特に農薬(とりわけ殺虫剤)による環境汚染を専門分野とする。UNU-EHSに入る前は、ナミビア、タイ、米国、英国の国際機関や学術機関に勤務。

フェルスター氏は国連大学環境・人間安全保障研究所(UNU-EHS)のEnvironmental Vulnerability and Energy Security SectionにAssociate Academic Officerとして勤務する。物理学者でもある彼女はエネルギー安全保障の研究をしており、特にバイオエネルギー分野に重点を置いている。バイオ燃料と食糧安全保障の問題や、伝統的バイオマスと途上国の土地管理の関係に関心がある。

パコーバ氏は国際大学で国際開発の修士号を取得、専門は環境経済である。国連大内でのInnovative Land Use and Management Sub-Programme(革新的土地活用と管理のサブプログラム)設立の働きかけを行っている。特に、地球環境ファシリティー(GEF)/国連環境計画プロジェクト(UNEP)の中の、中央アジア パミール・アライ山脈での持続可能な土地管理 (PALM)に深く関わっている。その他、科学と政策のインターフェイスにある革新的かつ持続可能な資源活用に関わるイニシアティブの創設と開発にも関わっている。

2002年より国連大学メディアスタジオに勤務。環境問題に関するビデオドキュメンタリーやオンラインメディアの制作を担当している。