ブレンダン・バレット
ロイヤルメルボルン工科大学ブレンダン・バレットは、東京にある国連大学サステイナビリティ高等研究所の客員研究員であり、ロイヤルメルボルン工科大学 (RMIT) の特別研究員である。民間部門、大学・研究機関、国際機関での職歴がある。ウェブと情報テクノロジーを駆使し、環境と人間安全保障の問題に関する情報伝達や講義、また研究をおこなっている。RMITに加わる前は、国連機関である国連環境計画と国連大学で、約20年にわたり勤務した。
ピークオイル・ガス研究協会(ASPO)が発足してから10年以上が経過した。同協会は世界の石油とガス生産におけるピークと減少の時期と、その影響の推定に努める科学者などのネットワークである。今日までに、ピークオイルは「急進的な非主流の理論」(詳細については近刊『Peeking at Peak Oil(ピークオイルをかいま見る)』をご覧ください)から、容認された事実に変わった。国際エネルギー機関(IEA)や国際通貨基金(IMF)など、世界で最も影響力を持つ組織がピークオイルを事実として言及している。
ところが、ほとんどすべての国々で、政策立案者は相変わらず無言のまま、行動を起こさないか、より悪質な場合には、この問題が消えてなくなることを期待して意図的に無視している。
私が政策立案者と言う場合、それは選挙で選ばれた政治家ではなく、政府官僚のことを指している。政治家にとって、多くの場合ピークオイルはあまりに大きすぎる課題なので「在任中には取り組まない」という仕分けをされてしまう。この原則には多くの例外があるが、十分な数とは言えない。一方、キャリア組の官僚は国や地方の利益を優先しなければならない。どれほど扱いにくい問題であっても、彼らはすべての問題を検討しなければならない。少なくとも、特に民主主義国家ではそれが道理である。
従来型の石油生産のピークは、各国のエネルギー、農業、環境、交通、経済(これらはほんの数例だが)の関連省庁が取り組むべき優先課題であるはずだ。また各国の外務省庁は、新しく、動的で、規制がなく、複雑でグローバルなエネルギーの枠組みを通して交渉しなければならないため、ピークオイルは外務省庁の議事案件でもあるはずだ。今のところ、リチャード・ハインバーグ氏によるOil Depletion Protocol (石油枯渇に関するプロトコル)が唯一の注目すべき提案であることを考えると、私たちがエネルギー供給をめぐって対立し続けるのか、あるいはエネルギー問題に対して共同的で平和な解決策を見つけられるのかを左右するのは外務省庁かもしれない。
すべての国が間違えているわけではない。例えば、スウェーデン政府の石油依存からの脱却委員会は、2006年の報告書『Making Sweden an Oil Free Society(スウェーデンを石油から脱却した社会にする)』を発表した。同委員会の目的はスウェーデンを2020年までに石油依存から脱却させることだ。一部に批判もあったが、この報告書は切迫した問題への真剣な取り組みだった。スウェーデンの隣国であるデンマークの政府は、2011年にエネルギー戦略を発表し、化石燃料からグリーンエネルギーへの転換を2050年までに図ることを訴えた。十分な速さとは言えないかもしれないが、良好な出足だ。
地方レベルでも、非常に重要な政策が導入されている。例えば北米では、インディアナ州ブルーミントン市が2007年にPeak Oil Task Force(ピークオイル・タスクフォース)を立ち上げ、『Redefining Prosperity: Energy Descent and Community Resilience(繁栄の再定義:エネルギー減少と共同体のレジリエンス)』と題する画期的な報告書を2009年に発表した。258ページに及ぶ報告書は、地方自治体のサービスが機能し続ける方法や、レジリエンス(変化に対する柔軟な強さ、回復力)の強い土地利用や交通や住居をどのように提供するか、またピークオイル以降の世界で食料、水、ごみ、医療などの問題にどのように対処するかについて考察している。
ヨーロッパでは、イギリス(UK)のブリストル市が2009年10月、『Building a positive future for Bristol after Peak Oil(ピークオイル後のブリストルの明るい未来を作る)』を発表した。この報告書も、交通、食料、医療、公共サービス、経済およびエネルギー部門へのピークオイルの影響を考察している。市当局の活動に加えて、営利を目的としない会社が設立され、トランジション・ブリストル(トランジション・ネットワークの活動の一環)というキャッチフレーズの下、化石燃料への依存の低減を目指している。
しかしその他の多くの地域では、政策立案者が発するシグナルは、控えめに言っても曖昧なものだ。イギリスでは、エネルギー・気候変動省が今後40年間の原油供給と需要の見通しに関する調査を要請した。その調査の結果は2009年6月に発表されたが、次のような主要な結論の1つを含む、がっかりする内容だった。
「ピークオイルの時期およびイギリスへの影響について不確定要素があるため、『ピークオイル』が生じるシナリオの可能性を最小限に抑え、既存の対策以外にピークオイルの影響の緩和策を講じるためにイギリス政府が推進すべき明らかな追加政策はない」
何だって? 新しい政策は1つもなし? ありがたいことに、これが結論というわけではないかもしれない。2011年5月、ピークオイルとエネルギー安全保障に関する英国産業タスクフォース(アラップ社、ビューロー・ハッポルド社、SSE社、ソーラーセンチュリー社、ステージコーチ・グループ、ヴァージンなどによる連合)は、イギリス政府が民間部門と共に、高騰する石油価格から経済を守る危機管理計画を策定することを約束したと発表した。
2005年のハーシュ報告書は、行動を起こさないまま生産ピークを迎えた場合、転換期の間に液化燃料の不足や深刻な経済問題を引き起こすと示唆した。
さらに、2012年初めに様々なニュース報道で浮上した、オーストラリア政府から漏洩した調査に関するニュースがある。報告書はインフラ・運輸・地域経済局により2009年に準備されていたもので、数年以内に石油供給量が減少するだろうと結論づけられていた。同報告書が2年以上も日の目を見なかった理由は明らかではないが、数多くの推測がインターネット上で行われている。明らかなのは、報告書がオーストラリア政府の新しい政策に一切、反映されなかったということだ。
そしてもちろん2005年のハーシュ報告書がある。アメリカのエネルギー省の後援による『Peaking of World Oil Production: Impacts, Mitigation, and Risk Management(世界の石油生産ピーク:影響、緩和、リスク管理)』だ。ブッシュ政権が同報告書を巧みに闇に葬った可能性などをめぐって、議論が起こっている。報告書の提言が政策立案の現場に取り入れられなかったのは明らかだが、筆頭執筆者のロバート・ハーシュ氏は引き続き、ピークオイル問題に関して積極的な発言をしている。彼の著書『The Impending World Energy Mess(差し迫る世界のエネルギー危機)』には、緩和策への非常に重要な提言が含まれている。
ハーシュ報告書で提示された「突貫計画」は、燃料効率のよい交通、油砂の利用、石炭液化、石油回収の強化やガスの液化の必要性を訴えた。報告書の執筆者たちは、この突貫計画が完了するまでに20年かかり、また行動を起こさないまま生産ピークを迎えた場合、転換期の間に液化燃料の不足や深刻な経済問題を引き起こすと示唆した。
2005年当時なら、私たちは世界の石油生産ピークの影響に気づいていない政策立案者を恐らく許すことができた。しかし今日、この問題をあまり深刻に受け止めない政策立案者は、増え続ける多くの証拠を無視する見解を意図的に維持しようとしているのだと結論づけるほかない。
例を挙げて説明しよう。世界有数のシンクタンク、チャタムハウスの研究者たちは、石油供給の逼迫が5年から10年後に起こるとする報告書を2008年に発表した。2009年、英国エネルギー研究センターは『Global Oil Depletion Report(世界の石油減耗報告)』を発表し、生産ピークは2020年より前に訪れるリスクが高いと論じた。ピークオイルとエネルギー安全保障に関する英国産業タスクフォースによる2010年の報告書は、今後10年以内に、可能性としては2015年までにピークオイルが訪れると論じた。
同じく2010年、IEAは『世界エネルギー展望2010年版』を発表し、主席エコノミストのファティ・バイロル氏が早ければ2020年にピークオイルを迎えると公言したことにより、見解を「突然」転向した。今年、IMFも『The Future of Oil: Geology versus Technology(石油の未来:地質学VS技術)』と題する調査結果報告書を発表し、議論に参戦した。この報告書に関する秀逸なレビューがOil Drumに掲載されているが、同報告書から導き出される基本的な結論は「実質の石油価格は……、歴史的に控えめに見積もっても、生産量の拡大を維持するために今後10年間で2倍近くに高騰することは避けられないだろう」。
実質の石油価格は……、歴史的に控えめに見積もっても、生産量の拡大を維持するために今後10年間で2倍近くに高騰することは避けられないだろう。— IMFの調査結果報告書より
IEAとIMFがピークオイルの影響を調査し始めた今こそ、行動を起こす時がやって来たと政策立案者たちに知らせる最も分かりやすい警鐘である。
ピークオイル問題で影響力を持つもう1人の評論家が、かつて英国政府の主席科学顧問を務めたデビッド・キング卿である。2010年、オックスフォード大学を通じて彼は論文を発表し、従来型の石油埋蔵量の推計は最大3分の1まで大幅に格下げされるべきだと主張した(すなわち、これまで考えられてきた最大1兆3500億バレルではなく、わずか8500億から9000億バレルしかないのかもしれない)。ここでの問題は、世界の石油埋蔵地の過半数は独立した監査をされてこなかった点である。
より最近では、キング卿は2012年1月、ジェームズ・マレー氏と共同で『ネイチャー』誌に論文を発表し、私たちはすでに石油のティッピング・ポイントを超えたとした。
知識を政策立案に取り入れる方法に関する会議に参加してきたばかりなので(こちらの記事をご覧ください)、なぜピークオイルの場合には知識が政策にもっと広く統合されないのか私は不思議に思っている。とはいえ、科学者や研究者やピークオイル論の支持派にも部分的には責任がある。自分たちの懸念や研究結果を政策立案者と一般市民の両方に効果的に伝えなかったからだ。
それと同時に、ピークオイル論の支持派と政策立案者が意見を交換する機会が限られている。そして信頼関係を築くには時間がかかるのだ。しかし、イギリス政府とピークオイルとエネルギー安全保障に関する産業タスクフォースの前述の関係は見習うべき成功例である。このタスクフォースには、ヴァージン会長のリチャード・ブランソン氏やソーラーセンチュリー社のジェレミー・レゲット会長といった非常に著名な人々が参加している。
とはいえ、現実には、政策立案者はすでに主要なシンクタンクや助言者との間に、非常に固い信頼関係を築いている。そのような助言者たちには、石油生産のピークを軽視するか、石油需要のピークのように、より受け入れられやすい言葉で表現する者が多い。
同時に、政策立案者たちがなぜピークオイル問題に言及したがらないのかという理由は、あまりにも数多くある。先日ハーシュ氏は、なぜ巨大石油企業の役員がピークオイルについて語るのを避けるのかについて、ブリーフノートを記した。その分かりやすい例は、サウジアラビアの石油鉱物資源大臣のアリ・I. ナイミ氏の発言に見いだすことができるだろう。ナイミ氏は最近オーストラリアで開催された会議で次のように語った。「潜在的に採掘可能な石油は少なくとも5兆バレルあると考えられています」これは驚くべき主張であり、恐らくIEAが世界のオイルシェール資源(非従来型の石油資源)を5兆バレル相当であるとした2010年の推計に基づいている。
ハーシュ氏は、石油企業の役員たちがピークオイルを無視することを正当化するテクニックや論拠を列挙した。それらは政策立案者たちが同じことをする理由としても考えられるかもしれない。
(1) 楽観論によるバイアス:私たちは必ず新しい方法を見つけられる。過去に木から石炭、そして石油という新たなエネルギー源を見つけてきたように、今後も新たなエネルギー源を見つけられる。
(2) ピークの時期:ピークはすぐには訪れないので、それについて議論するのは逆効果だ。
(3) 株価:ピークオイルについて言及すれば市場を損ないかねない。
(4) 恐怖:上記にも関連する要素。ピークオイルを宣言すると混乱を(市場を超えた範囲でさえ)引き起こす可能性がある。
(5) 計画がない:ピークオイルについてどうすべきか、まだ分かっていないので、それについて今は言及しないことが最良策だ。
上記の要素はすべて、何らかの形で私たちを何もしないという無為な状態にしてしまう。しかし、私たちは崩壊を目の当たりにする前に突破口を見つけなければならない。ピークオイルの最悪のシナリオが生じた場合でさえ、経済と社会がレジリエンスを持てるような政策措置を、多くの政府が押し進める必要がある(そうすれば他の政府も後に続くからだ)。
この問題が非常に緊急を要するものであることや、対策を効果的に実施するのにかかる時間を考慮した場合、私たちは本当に早急に、突破口を見つける必要があるのだ。
翻訳:髙﨑文子
ピークオイルへの政策立案者の遅い対応 by ブレンダン・バレット is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 Unported License.