ポテトチップ騒動:過去に学ぶべき日本の食料安全保障

日本では先ごろ、ポテトチップスのメーカーが人気商品の一部製造休止に追い込まれたことをきっかけに、ポテトチップスのファンがパニック状態となり、買いだめに走るという事態が起きた。今回のジャガイモ不足の一件が食糧危機の事例でなかったとはいえ、国産ジャガイモの収穫に壊滅的打撃をもたらしたその原因が、前例のない連続の台風であったことから、増大する気候変動への対処に向け、食料システムの回復力(レジリエンス)強化の必要性に注目が集まった。

2016年8月、日本最北に位置する北海道を4つの台風が直撃した。これに伴って発生したいくつもの洪水が原因となり、ポテトチップスの原材料となる特定のジャガイモの秋作など、農作物の収穫高が激減した。ポテトチップスの製造は、他の供給源からジャガイモの調達支援を受けることにより徐々に再開されつつあるが、今回の騒動によって日本の農産物サプライチェーンにおけるリスクマネジメントの脆弱な部分が浮き彫りとなった。

歴史的にみて北海道に台風が上陸することはほとんどなかったが、平均気温の上昇や夏の長期化、雨量の増加、降雪量の減少といった気象パターンの変化とともにその状況は変わりつつある。北海道の耕地面積は日本の全耕地面積の4分の1を占め、小麦、大豆、ジャガイモなど日本の主要農作物の中心的生産地であることから、気候変動の影響が日本の農作物安全保障にいかに深刻な結果をもたらし得るかを、この地域が実証した形である。

そこで、気候変動の脅威に対し、日本の農業部門ではどのような対応が図られているのだろうか?農林水産省は、2015年8月に発表した「気候変動適応計画」の中で対応戦略を打ち出している。「……観測記録を塗り替える高温、豪雨、大雪による大きな災害が」日本の農業、林業、漁業「を揺るがしかねない状況となっている」ことを踏まえ、同省では複数の適応計画の実施を目指している。具体的には、気候変動の影響への対抗策となりうる適応技術や新しい品種開発の、研究および普及の拡大などが盛り込まれている。

レジリエントな農業多様性の実現を図るうえで、農業を、農地という枠に捉われることなく、森・里・川・海の連環を生み出すシステムの一部として扱う必要がある。

農林水産省を中心とする政府規模の取り組みは、農業部門における気候変動適応の要であるが、国連大学(東京)で進められている農業多様性に関する研究によって、伝統的な知恵からも重要な解決策を得られることが明らかになってきている。

農業多様性とは、農業従事者が生活改善のために環境的な多様性を利用する幅広い方法を指している。ポテトチップスの例に見られるように、現在、世界の食料需要の多くは、大規模な単作農業(農業従事者が1つの作物のみを栽培する形態)の生産に大きく依存している。農業のレジリエンスを強化し、将来的な食料不足を防ぐため、日本の農業従事者は、先人たちの慣行に倣い、より多種多様な作物の栽培に目を向けるべきである。

農業多様性という考え方の基盤は、何世代にもわたる小規模農業を通じて培われてきたその土地の知識にある。こうした知識が気候変動の圧力に立ち向かううえで重要な役割を果たすものであることから、世界農業遺産(GIAHS)の認知度を高める取り組みが推し進められてきた。GIAHSサイトに認定されている世界37地域のうち、8地域が日本に存在している。

これらのサイトは、過去からの教訓として、食糧不足の発生を防ぐうえで大切な3つのことを伝えている。

1つめは、レジリエントな農業多様性の実現を図るうえで、農業を、農地という枠に捉われることなく、森・里・川・海の連環を生み出すシステムの一部として扱う必要があるということである。つまり、食料生産においては、農薬と化学肥料の使用の削減に加え、農業、林業、漁業が密接に結びついたものであることを認識する必要があるということである。例えば、定期的に森林の間伐を行うことで、健全な里山の生態系が維持され、その結果、河川などの水域には栄養分が流れ込み、豊かな魚の生息地を作り出していく。まさにその実例が岐阜県の長良川である。長良川のアユ漁師は、アユの漁獲量を増やすため、森林再生への取り組みを行っている。

気候変動は未知の領域であるが、何世代にもわたって効果を上げてきた慣行の継承と、一度も試されたことのない解決策への模索を両立させることにより、確信を持って気候変動に適応していくことができる。

2つめの教訓は、気候変動による食料システムへの衝撃に対応できる農業の展開を図るうえで、日本は総合的な資源マネジメントを行っていく必要があるということである。石川県の能登半島や新潟県の佐渡島といった日本のGIAHS認定サイトでは、里山里海として知られる管理された社会生態学的システムがモザイク状に組み合わされている。里山とは、人々とその暮らす土地が共生関係にあり、繁栄のために互いに支え合う地域を指す。里海も同様の概念として、人々と海が共生関係を結ぶ場を指すものである。能登半島と佐渡島で何世紀にもわたり維持されてきた繁栄こそが、このアプローチの正しさを裏付けている。

3つめの教訓は、GIAHS認定サイト(上に特記した地域)が農業多様性への取り組みにおいて明らかに成果を上げているということである。だからこそ、日本は、現在までにGIAHSサイトとして認定されている8地域に満足することなく、このアプローチを拡大していくべきである。GIAHSサイトの認定は、単なる形式に留まるものではない。それは、景観や文化、生物多様性、伝統的慣行を保護する役割を果たすことにより、レジリエンスの知恵が詰め込まれた、生きた図書館の実現に寄与しているのである。さらに、何世紀にもわたって獲得されてきた知識を、現代の課題解決に生かす役割をも担っている。

里山風味のポテトチップスが店頭に並ぶことは当分のあいだ見込めそうにないが、今回のポテトチップス品薄問題のようなニュースが大きく報じられることにより、気候変動下での天然資源の管理方法について考え、生態系との歴史的関わりに根ざす解決策を見出す機会がもたらされる。

気候変動は未知の領域であるが、何世代にもわたって効果を上げてきた慣行の継承と、一度も試されたことのない解決策への模索を両立させることにより、確信を持って気候変動に適応していくことができるだろう。

 

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本記事は、The Japan Timesで最初に公表されたものであり、許可を得て再掲しています。

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著者

シンガポール出身で、現在は国連大学サステイナビリティ高等研究所(UNU-IAS)いしかわ・かなざわオペレーティング・ユニット(OUIK)の研究員。里山と里海の社会経済的な相互関係や、生態系サービスと生物多様性保全との関連について関心をもつ。