氷河融解の大洪水に備えるパキスタン

パキスタン、チトラル地区の山間地には、この世から忘れ去られた人々が定住している。彼らの家は、2005年の氷河湖決壊によって失われたのだ。村は大きな岩や瓦礫の下に埋まってしまった。人々は突然の洪水で全てを失い、地域の職員に連れられ1キロ先のテントへと移動した。やがて、川の近くになる岩と砂ばかりの土地を与えられた。水道水がほとんどないこの場で、彼らは今も必死に生きている。

「ブレップに大きな家を持っていたわ。果樹園もあったの。いい暮らしだったのよ」50歳のムラッド・ベガム氏はこう話しながら泣き始める。彼女は自分の運命を嘆く。「今はたったの2部屋しかない。こんな生活はイヤ。私には何もないのよ」

「頼りにしている山の湧き水があまり出なくなった」別の村人が言う。「役所には毎日苦情を言っているが、誰も耳を貸さない」

ブレップはリンゴとクルミがおいしいことで有名な地域だが、今では、庭にほんの少し植えられた木々も枯れてしまいそうだ。川から家に水を引く灌がい技術を持たないからだ。

ブレップを襲ったような類の、氷河湖決壊による洪水災害(GLOF)は増加している。特に高い山間部で気温が上がる夏の月には特に多い。カトマンズを拠点にした国際総合山岳開発センター(ICIMOD)の専門家によるとヒマラヤ、カラコラム、ヒンドゥークシュ地域の温暖化傾向は世界平均より強いと言う。

影響を受けやすい小さな氷河

温暖化の影響を最も受けやすいのが谷間の小さな氷河で、ICIMODによると10年ごとに30~60メートルずつ後退しているという。こういった氷河が後退すると、氷河の下流域には氷堆石と氷のダムができる。それが突然決壊すると、谷の下方の村々に大量の水と瓦礫が流れ出すことになる。ブレップの問題は決して特殊なものではなく、今後の災害を防ぐことに関して最大レベルの関心が集まっている。

現在、3600万米ドルのプロジェクトによる緊急支援が行われている。国連気候変動枠組条約適応基金が始めて適応されるケースである。この基金は気候変動による影響に対処するため、開発途上国に直接送られるよう設立されたものだ。運営を行うのは、予備調査と提言を行った国連開発計画パキスタン事務所である。

2008年に設立された適応基金は、ドイツ、スウェーデン、スペインなどヨーロッパ各国の助成金によるものである。スペインは450万ユーロをすでに提供し、ドイツとスウェーデンはそれぞれ100万ユーロの提供を約束している。基金はクリーン開発メカニズム(CDM)による収益金でまかなわれることになっている。現在のところ、CDM事業活動の2%が収益金として課されており、2012年までには4000万米ドルが見込まれいる。

パキスタンでは開発計画の担当者がGLOFの被害を最も受けやすい市町村はどこか調査している。ICIMODによると、おそらく52程度の脆弱な地域があり、ICIMODは開発メカニズムパキスタンと、ブータンのような山間の地域の知識や経験を共有している。

ICIMODとパキスタン政府は、おそらく470万米ドル規模となるこの開発計画に共同出資している。活動内容には、氷河の規模や長さや、役所や政府機関が災害対策能力などを調査することが含まれる。

ブレップを襲った類の氷河湖決壊による洪水災害(GLOF)は増加している。特に、高い山間部で気温が上がる夏に多い。

また、開発計画がGLOFの長期的追跡と管理システムの開発を支援することで、国家災害対策局(NDMA)の対応能力は強化されるだろう。GLOFリスクの高い山間地域のリスク・ハザードマップ作りに加えて、リスク管理と非常対策計画の作成がすすめられている。計画提言には「パキスタンは水文学予測、ハザードマップ作成、防災対策の知識に大きな差がある」と述べている。

UNDPのアブダル・カディールは「インダス川の流れの65%は氷河の融解水に依存している。その氷河が減少しているのであれば、その傾向についてより詳しく研究する必要がある。これらの氷河は国の水槽であり、これが融解すると農業の安定、食の確保、電力発電に影響を及ぼします」

開発計画には、少なくとも1つの危険な氷河湖での緩和対策が含まれる。資金のうち80%が地域関連の気候リスク対策に、残りの20%が政府機関の機能拡充にあてられる。

GLOFリスクの高い山間地域のリスク・ハザードマップ作りに加えて、リスク管理と非常対策計画の作成がすすめられている。

地域レベルで氷河のモニタリングと早期警告システムが設立されれば、被災の恐れがある人々が迅速に行動できるような準備が整う。氷河湖が形成されることは誰にも止められない。しかしその時には、水の流れを緩める堤防や、その他貯水施設を作り、家や農地を洪水から守ることはできる。湖が一旦決壊してしまえば、そこからいち早く逃げ出す以外に手段はない。

残念なことに、現在ブレップにいる被災者は今回の開発計画の対象とはならない。開発計画は、今後の災害を防ぐ努力にのみ資金提供するためだ。ブレップでの洪水は約20日続いた。止まっては、再び警告もなく再開するという具合だった。

その氷河がまた融解し、その結果できた氷河湖が大洪水をもたらすのではと恐れる人もいる。適切な防災訓練とモニタリングを行い、早期警告システムを整えておけば、夏に災害があったとしても、少なくとも村はそれに対する備えだけはできていることになる。彼らの運命を変えることはできないかもしれないが、そのための対策が行えるのである。

本論は、社会から取り残された貧しい人々が、メディアやコミュニケーションプロジェクトを通じて国内および国際的な開発議論に参加することを目的に活動しているパノス・ロンドンのご厚意で掲載しました。同団体は、開発途上国の人々が生活改善に必要な情報を確実に入手できることを目指すパノスネットワークの構成団体であり、包括的な討論と複数共存、民主主義の強化を目標としている。

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氷河融解の大洪水に備えるパキスタン by リナ・ サイード・カーン is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 Unported License.

著者

リナ・サイード・カーン氏はラホールを拠点とするフリーランスジャーナリストである。専門は環境と開発。1992年に、パキスタン初の独立した英語の週刊新聞「The Friday Times」に入社し、ジャーナリストとしてのキャリアをスタートさせ、1998年まで特集記事担当編集者を務めた。現在はパキスタン最多の発行部数を誇る英字紙「Dawn」で「Earthly Matters」というコラムを毎週執筆している。