ケイティ・クシュミンダー博士は国連大学マーストリヒト技術革新・経済社会研究所(UNU-MERIT)・マーストリヒト大学院ガバナンス研究科研究員。現在は欧州大学院(EUI)ロベール・シューマン高等研究センター研究員として、NOWルビコン奨学金による研究の完了を控えている。EUIでのプロジェクトとして、イタリアにおけるエリトリアおよびナイジェリア移民の意思決定に関する比較分析を実施中。
ミャンマーのラカイン州における、ロヒンギャ・コミュニティを標的とした人権侵害と暴力の発生を受け、2017年8月25日以来、68万7,000人を超える難民がバングラデシュに流入した。3月30日時点で、バングラデシュ南東部のコックスバザール県に89万8,000人を超える難民が、人口過密かつ不適切なキャンプ環境の中で暮らしている。これらの危機的状態の終焉には程遠い状況だ。
雨季が間近に迫る中、大雨と洪水は、キャンプ住民の脆弱性やコレラをはじめとする水系感染症の発生リスクを増大させるだろう。加えて、不安定な上下水・衛生(WASH)インフラとサービスをさらに脅かすだろう。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の評価によると、雨季は、コックスバザール県のクトゥパロン・キャンプの難民20万3,000人を危険にさらすと見られている。雨季への備えは日に日に進められているものの、難民の安全と健康を確保するには、さらに多くの取り組みが必要だ。
バングラデシュは以前から(多すぎるか少なすぎるかという)水量の問題と、(ヒ素汚染という)水質の問題に悩まされてきた。それに加えて、ロヒンギャ難民の流入により、水資源と衛生サービスが大きく圧迫されている。国連児童基金(UNICEF)とパートナーが2月に発表した報告書によると、31万2,691人が依然としてWASH関連の支援を必要とする一方で、世界保健機関(WHO)は、難民キャンプの家庭用水の内62%が汚染されているとの試算を出している。この汚染は、井戸が浅すぎ(深さ40メートル未満)、かつ、公衆トイレに近い場所に設置してある(よって、大腸菌で汚染されている可能性がある)ことや、汚れた容器の使用など、不衛生な水の取り扱いと習慣によって生じている可能性が高い。
キャンプ人口の過密や居住地の無計画な広がりによって、例えばレダ地区では2017年11月現在、公衆トイレが47人に1人しかなく、スフィア人道基準(人道支援活動を行う人々が、現場で守るべき最低基準)の20人に1人という最低基準を下回る状況が生じている。また、女性や障害者が公衆トイレを使えるようにすることも必須だ。男女別の公衆トイレがないため、女性と女児のプライバシーが守られていない。結果として、女性は食料や水分の摂取を控えており、安全に対する不安を抱えている。生理用品が利用できないことも、女性の健康に悪影響を与えている。
国際移住機関(IOM)のWASH専門家は「一時的な落とし便所は満杯になって…使えなくなり、近くに住むコミュニティに危険を及ぼしている」と不安を語る。最近の報告書では、一時的な緊急公衆トイレが数多く作られているにもかかわらず、作られるよりも速いスピードで満杯になるため、さらに5万カ所の公衆トイレを建設または維持する必要がある」との試算も出ている。
汚泥や排水を効率よく安全に処理するための技術が、緊急に必要とされている。2月に発表された2018年UNICEF状況報告書によると、24か所に糞尿汚泥管理施設が設置され、収集、処理される汚泥の量も増え続けている。また、2018年3月から12月のWASH部門戦略では、汚泥処理の戦略が論じられている。この報告書は、水と公衆トイレの緊急提供が当初の戦略であったにもかかわらず、ずさんな糞尿管理が取り組みを阻んでいるため、是正されるべきであるとまとめている。
大半の難民にとって、主な給水源は掘り抜き井戸(地下水を地表に汲みあげるために掘られた深い井戸)だが、ある報告書によると、約20%の掘り抜き井戸が使える状態にないほか、2018年3月から12月のWASH部門戦略は「掘り抜き井戸水のサンプルのうち70%に何らかの糞尿による汚染が見られる」と指摘している。例えばウンチパラン・キャンプでは、井戸が57人に1つしかない。現在、いくつかの地域では水の最低所要量が1日当たり500立方メートルとなっている。しかし、すべての難民と受け入れコミュニティの需要を満たすためには、1日当たり1,600万リットルを超える上水が必要となる。
バングラデシュでは、雨季が間近に迫っており、上水へのアクセスの問題がさらに深刻化している。大雨や地滑りが起きれば、既存の多くの公衆トイレや掘り抜き井戸が破壊される。そして、住民が洗濯したり、子どもが遊んだりする小川に流れ込み、公衆トイレが溢れ、飲料水に下水が混じるなどして、疾病流行の恐れが高まりかねない。
弱い立場の人々に既に影響を与えている数限りない課題に、水不足が拍車をかけないようにするためにも、(深さと立地という点で)より適切な井戸が早急に必要だ。しかし、こうした対策は、中長期性と持続可能性に配慮せずに実施すべきでない。例えば、IOMと国際協力機構(JICA)、バングラデシュ衛生工学省は2018年4月上旬、深層地下水生産井(深層地下水を組み上げる役割を持っている)の建設プロジェクトに着手しており、完成した井戸は、3万から4万人を対象とする安全な水供給ネットワークの整備に用いられる予定だ。
バングラデシュのコックスバザールで、クトゥパロン難民キャンプ給水所予定地の土壌試料検査のため、穴をあける男性。Photo: © International Organization for Migration/Muse Mohammedキャンプへ水を供給する代替的な方法は、トラック輸送を含め既に導入されている。国境なき医師団によると、2017年11月現在、難民居住地へ1日平均55立方メートルの水がトラックで輸送されている。バングラデシュ衛生工学省による水のトラック輸送には「UNICEFの支援により、6台の移動給水車と14か所の安全な水処理施設を通じ、ウキアとテクナフに6万リットルを超える水を供給する」とされている。
現地で活動する機関にとって、WASHへのアクセスは重要な優先課題となっている。しかし、こうした取り組みにもかかわらず、給水が間に合わなくなる恐れがある。既存のキャンプは過密を極めているため、新たに到着した難民は「援助プログラムにも、構造化が整った環境でのみ提供可能」な水や衛生にもアクセスできない場所に、自ら居住地を設けている。よって、こうした人々が、未処理の水を飲み、屋外で糞尿することで、疾病発生のリスクは高まっている。
日々の生活には、安全な水へのアクセスが必要だ。さまざまな深さの掘り抜き井戸を設ければ、水を入手できる可能性は向上するが、家庭に配給する浄水錠剤の数(とその利用説明書)を増やすなど、追加的な措置が必要となる。また、処理済みの上水は、水系感染症(コレラなど)の予防接種や有効な衛生習慣を促進するための介入を確実に成功させるためにも必要となる。
雨季対策の多くの重要要素は導入済み、または導入中だ。世界保健機関は、蔓延しやすい病気の発生を察知し、これに対処するため「早期警戒警報対応システム(EWARS)」を開発し、コックスバザール県に飲料水の検査と監視を行う環境衛生チームを展開するとともに、特に保健医療施設でWASHの強化を支援している。また、急性下痢症や病気流行の初期兆候が見られる場合には、家庭用水処理の規模を拡大している。
EWARSや継続的なWASHへの取り組みのほかにも、3つのステップで状況を改善できる。
第1に、安全な水へのアクセス確保は欠かせない。難民キャンプへの水のトラック輸送が行われているとはいえ、供給量は需要にまったく追いついていない。こうした供給は一時的な解決策ではあるが、トラック輸送する水の量を増やし、とりあえずの需要を満たすことは重要だ。約8万人が暮らすヨルダン北部のザアタリ難民キャンプには、毎日1億リットルの水が運ばれている。水をトラック輸送する際に大きな課題となるのが、水質の確保である。これがトラック輸送において特に問題となる理由は、人道援助機関が通常、輸送トラックを外部調達しているためだ。その過程で、水源と水処理が軽んじられる恐れがある。よって、アクセス・ポイントでの水質試験を拡大し、人々に安全な飲み水が行き渡るようにすべきだ。また、衛生状態を改善するための取り組みとして、ジェリカン(プラスチック容器)などの水汲み容器を住民に配給すべきである。
第2に、効果的な衛生戦略が欠かせない。落とし便所は難民キャンプで最もよく見られる衛生施設だが、バングラデシュでは供給不足と過密により、落とし便所がすぐに満杯になってしまう。糞尿の汲み取りか処理を行わない限り、落とし便所は溢れ出し、土壌や地下水を汚染する。可能な解決策の1つとして、ケニアのカクマ難民キャンプで開発、試験運用された革新的な衛生戦略が挙げられる。これは「尿と大便を区別するし尿分離型トイレと、週1回の汲み取りを含むサービスベースの衛生システムを組み合わせた」戦略だ。システムは期待どおりの成果を生み、難民にも好評だ。
カクマ・システムでは、糞尿の汲み取りが中心的要素となった。コックスバザールでは、汚泥管理に取り組むコンテクストに見合った技術の開発に加え、援助機関が現地の汚泥管理事業者と連携のうえで、糞尿の汲み取りとその安全な処分・処理を行うことが1つの解決策となるだろう。こうしたローカル・レベルの連携は、病気を予防すべく安全に管理された衛生施設を提供するので、難民のコミュニティに利益をもたらすだけでなく、現地企業を支援するため、受入国の国民にも利益をもたらす。しかも、現地主体がプロセスに関与すれば、システムが持続できる可能性も高まる。
最後に、1月にバングラデシュとミャンマーの間でロヒンギャ帰還協定が成立したと発表されたが、バングラデシュで暮らす難民については、長期的なWASH戦略を実施しなければならない。井戸や穴の設置、貯水用の袋タンクの供給は既に始まっている。それらに加えて、人道的観点から生まれた家庭用水質試験キットなどのイノベーションの導入を盛り込みながら、衛生キットの配給を拡大すべきである。また、キャンプで暮らす難民に水の保全や汚染、衛生習慣に関する教育を施す取り組みも増やすべきである。ヨルダンのザアタリなど、他の難民キャンプでは、こうした取り組みが重要となっている。
バングラデシュのロヒンギャ難民にとって、水と衛生のニーズが極めて高いことは明らかであり、雨季はこの課題をさらに深刻にするだろう。上水のトラック輸送など、一連の緊急対策は、長期的で持続可能な解決策とバランスをとるべきだ。公衆衛生リスクを削減するためには、WASH関連の総合的かつ革新的な解決策の策定が基本となる。