在来種のハチを守るメキシコ

生態系を維持するうえで、花粉の媒介者となる昆虫の役割は不可欠である。種子や木の実、野菜、果物などの生産も、昆虫に依存するところが大きい。その中でも、ハチ、特に養蜂家によって飼育されるミツバチの活躍は特にめざましく、他の昆虫に比べて20~30倍もの送粉機能を持っている。

しかし近年、ハチの個体数は世界的に減少している。ヨーロッパやアメリカではその傾向が特に顕著で、働きバチが女王バチを残して一斉にハチの巣またはコロニーから失踪し、成虫したハチの死骸も周囲に見あたらないという蜂群崩壊症候群 (CCD)と呼ばれる現象が起きている。

CCD発生の原因については諸説があり、多くの科学者は複数の要因が組み合わされて起こると主張している。この問題が活発な議論を呼び起こす背景には、世界的に蜂蜜の価格に影響を及ぼすだけでなく、食料安全保障の観点からも重要な農業アクターが失われることへの懸念がある。

メキシコからの視点

ラテンアメリカ地域は、豊かな環境資源の宝庫である。「メガダイバシティー(megadiversity)」を持つ国家とされる17カ国の実に35%を同地域の6カ国(ブラジル、コロンビア、エクアドル、メキシコ、ペルー、ベネズエラ)が占めているのだ。世界に現存する哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類、植物、そして昆虫の種の7割は、ラテンアメリカに生息しているとされる。

現在のところ、ラテンアメリカではCCDの影響は認められないものの、同地域でもハチの個体数は徐々に減少している。専門家の見解では、自然植生の損失やハチに食料をもたらす植物に肥料や農薬が多用されることが主な原因と考えられている。

養蜂に最も一般的に用いられる種はセイヨウミツバチ(学名Apis mellifera)である。アフリカ、ヨーロッパ、および中東の原産だが、のちにアメリカ大陸、オーストラリア大陸とその周辺、さらにその他の地域にも持ち込まれた。今日では、養蜂業はアルゼンチン、中国、そしてメキシコで最も盛んだが、いずれも外来種のセイヨウミツバチが主体だ。

メキシコには養蜂業者が4万1000以上おり、約200万の巣箱から採集される蜂蜜の輸出により、毎年平均5600万ドルの収益を同国にもたらしている。メキシコでの中心的な生産地は、ユカタン半島およびチアパス州、ベラクルス州、グエレロ州である。

養蜂業に従事する先住民コミュニティも多く、スペイン人到来前から伝わる土器などを使った技術でハチの飼育と蜂蜜の収穫をする人たちもいる。

世界に存在する2万種のハチのうち2000種がメキシコ原産で、これらの在来種は現地特有の気候や植生、森林の状態に依存している。セイヨウミツバチとメキシコ在来のミツバチでは、コロニーの規模やそこから採れる蜂蜜の味と生産量が大きく異なる。
メキシコ産ミツバチが1000~5000匹の働きバチの集団を作るのに対し、セイヨウミツバチのコロニーは3~5万匹の規模をなす(このため、送粉機能の面でも重要性が高い)。

大部分のメキシコ在来種は人を刺さないため、より扱いやすい。このような背景から、コミュニティや協同組合レベルでもごく小規模に養蜂業を営むことができ、そこから収穫した蜂蜜が食品店に流通し、製薬会社や化粧品会社に売られている。しかし、メキシコにおいても経済的により主流なのは、在来種ではなくセイヨウミツバチを用いた養蜂である。

レミ・ヴァンダメ氏は、メキシコのEl Colegio de la Frontera Sur (南部国境大学院、ECOSUR)でハチを専門に研究している。ECOSURでは、ハチの健康状態や生態系に影響を及ぼしうるリスクや新たな制約要因などを中心に、メキシコにおけるハチの現状に関する研究を行っている。ヴァンダメ氏は、メキシコ農務省がハチの成育プログラム(CCD発生の一因と見做されるバロアダニ等の害虫根絶など)の策定に力を入れてきたことで、すでに好ましい成果が生まれているという。

しかし同時に、ヴァンダメ氏は課題も多く残されていると指摘する。

「いかに公的資金を保全活動や在来種の育成に投じていくかがメキシコにとっての主な課題なのです」
ヴァンダメ氏は、これまで政府機関がまったく関与してこなかった在来種の目録作成を勧告しており、それらの種が地球温暖化から受けている影響を見極めるべきだと主張する。

さらにヴァンダメ氏は、メキシコ林野庁が生態系全体の保全を重視すべきだと言う。ECOSURでは今後、このようなニーズに応じるため、土地利用の全般的な評価や制度的枠組みの強化、自然植生を妨げずに保護できるような農薬利用を目指す政策形成といった活動に力を入れる予定だ。

自然にやさしいプロジェクト

メキシコ、特に南部地域では、他にも似たような試みがたくさん行われている。NGO組織のプロナチュラは、生態系保全に向けた活動を展開しており、コーヒーやオレンジ、バニラのプランテーション、その他にもハチの食料になる野生の森林植物を対象に環境サービスを提供している。

プロナチュラはこれまで、トレーニングや技術面での助言、蜂蜜の種類分析や植物分類などを通して生産者を支えてきた。同団体はまた、現地の樹木の再植林や、マングローブ、ブナ林、熱帯林、さらにコーヒー・プランテーションの育成などの環境保全活動にも取り組んできた。

プロナチュラによると、気候変動によって雨や霧、湿気の発生時期や植物の開花時期に変化が生じ、蜂蜜の生産にも影響が及んでいる。

「メキシコでも森林とハチという2つのテーマを結びつけ、アフリカのように養蜂環境保護区を設定して、蜂蜜生産だけでなく地元の文化的慣習を守っていく必要があります」。プロナチュラでエコ森林プロジェクトのコーディネータを務めるアニバル・ラミレス氏はこのように語った。

プロナチュラでは、メキシコ国立自治大学との連携により、蜂蜜が採れる植物種を特定したが、さらにその種を栽培し、ハチが採集できる蜜の絶対量を増加させるプロジェクトを現在進めている。このプロジェクトの目的は多岐に渡っており、メキシコ湾岸地域における蜂蜜の種類の分布図作成、タマウリパス州からタバスコ州までを網羅する原産地名称規定の策定、蜂蜜精製工場の増加、資金集め、これまでの研究成果に関する広報といったことも含まれる。

さらにプロナチュラでは、恵まれた生物資源や文化を持ちながら貧困に苦しむベラクルス州の3つの自治体(ソンゴリカ・ミクトラン、アルタミラノ、ロス・レジェス)をフェア・トレードのネットワークに組み入れ、地元収入を増やせるように活動している。

参加型のアプローチへ

国連グローバル・コンパクト・プログラムに賛同するメキシコの会社、Toks Restaurants(トクス・レストラン)は、企業の社会的責任(CSR)という観点から、少し異なるアプローチでコミュニティ支援の取り組みを行っている。

同プログラムにより、先住民族アムスガのコミュニティが同社のために蜂蜜を生産している。会社は、フェア・トレードの方式に則ってこれらの蜂蜜を買い取り、レストランで使用するだけでなく、製品としても販売している。これにより、養蜂業者やその家族が持続可能な方法で生計を営むことが可能になり、コミュニティとしての能力も強化される、という仕組みである。同時に、Toksは都市部の消費者が社会的に責任のある行動に気軽に参加できるよう促し、伝統的手法で製造される地元の食材を再発見してもらう機会を作り出している。

こうしたメキシコでの試みは、ハチの個体数減少への懸念に対する問題意識が世界中に広がりつつあることの反映だ。東京の「銀座ミツバチプロジェクト」、カリフォルニアの「Show Me the Honey」、そしてロンドンの「Bumblebee Conservation Trust」などはその代表例であるが、さまざまなアプローチで市民たちや団体が行動を起こしはじめている。

ヴァンダメ氏ほか、多くの識者は、一般市民も消費者として、そのような行動に参加できると説く。消費者も、自分たちが消費する製品について、そしてその製品の育成、製造、輸送プロセスが環境や経済、社会に与える影響について認識を高めることができるのだ。

このように、メキシコ、そして世界のさまざまな場所で、NGOや政府、教育機関などの主導により、ハチの問題についての認識を社会に広め、人々が行動を起こせるような活動が行われている。

翻訳:ユニカルインターナショナル

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在来種のハチを守るメキシコ by ガブリエル・ ニエト is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 Unported License.

著者

ガブリエル・ニエト氏は、ALAS Boekiの マーケット・ディレクターを務めている。ラテンアメリカとアジアの専門家である同氏は、メキシコの各誌に寄稿するだけでなく、開発プロジェクトにも参画している。