フリオ・ゴドイ氏は、開発、環境、人権、市民社会といった問題を扱う独立系報道機関インタープレスサービスに定期的に寄稿している。IPSネットワークは約130カ国に330の拠点を持ち、参画するジャーナリストは370人にのぼる。
水道事業の民営化と商業化の傾向は1980年代に始まり、1990年代を通して継続した。しかし民営化自体の失策によって歯止めがかかったことが、再び水道事業を効率のよい公共の管理下に置くきっかけとなったと、新刊の書籍が論じている。
3月11日に発表された『Remunicipalisation: Putting water back in public hands(再公営化:水道事業を再び公営化に)』は、アムステルダムに拠点を置くトランスナショナル研究所(TNI)と監視機関のコーポレート・ヨーロッパ・オブザーバトリー(CEO)の活動家たちが、複数の非政府組織との共同で執筆した本だ。
しかし、インタープレスサービス(IPS)とのインタビューで同書の執筆者たちは、ヨーロッパの数カ国で現在起きている公的債務危機への欧州連合の対応が、一部の政府に水道事業の再民営化を迫っていると警告した。
「2007年に起こった世界経済危機が再公営化の展望を変えてしまいました。金融部門への救済措置がヨーロッパの公的債務危機を引き起こしたからです」とCEOの公共サービス専門家であるマルタン・ピジョン氏はIPSに語った。
「現在、EUの各機関は水部門の特異性について理解できないのか、あるいは理解しようとしていないようです。ギリシャ、ポルトガル、スペイン、イタリアの各国政府に、公営の水道システムを再び民営化するように強硬に迫っています」とピジョン氏は付け加えた。
さらに、こうした政策は1980年代と1990年代に行われた旧式で非合法的な構造調整政策のコピーだと語った。
ピジョン氏は上記の状況などを踏まえ、再公営化の波を促進するには依然として「市民がしっかりと目を光らす」必要があると語った。水の公共管理部門が現在直面している複合的な課題を乗り越えるためには、市民がプロセスに参加する必要があるという。
この本は、世界から4都市と1カ国を選んで事例研究を行っている。事例に挙がった都市と国は過去10年の間に、水道事業を商業化と民営化から取り戻すことができた。
同書の中で、執筆者の1人であるデイヴィッド・A. マクドナルド氏は、再公営化した根拠はかなり多岐に渡るものの「少なからず水道事業の民営化による失敗に端を発している」と記している。
マクドナルド氏は「世界銀行(当初は民営化を支持する中心的な組織の1つだった)でさえ、民営化政策の『再考』を要請しています。なぜなら水を供給する多国籍企業に関連した規制問題の存在を認め、利益追求型のサービス提供モデルが、労働者、低所得世帯、環境に及ぼす影響を目撃したからです」と述べている。
世界銀行(当初は民営化を支持する中心的な組織の1つだった)でさえ、民営化政策の「再考」を要請しています。(著者:デイヴィッド・A. マクドナルド氏)
民営化の失敗が認められた結果、「1980年代および1990年代以降、水道事業の民営のみにより事業化は以前よりもなくなった」とマクドナルド氏は述べた。
しかし水の商業化は「主に公共と民間のパートナーシップ(PPP)を利用して」継続していると彼は警告した。「実際には、世界銀行やアメリカの多くの機関はいまだに民間部門の水道事業への参入を推奨しており、世界中の水道事業への民間の関与を推進し出資するシンクタンク、会議、出版物に投資し続けている」
ピジョン氏は同書の目的を、近年の再公営化の数例を考察し、説明責任や透明性、パフォーマンス、社会的重要度、より広範囲な生態学的側面の統合といった点において、再公営化のプロセスが実際にはどの程度、水道事業を改善できたのかを見極めることだったと語った。
世界的に再公営化が実現し始めて以来、TNIとCEOの活動家たちは、少なくとも1大陸につき1事例を調査し、事例の多様性や共通パターンの有無を知りたいと考えていた。
「最終的に、私たちは5つの事例を調査することにしました。対象となったのはパリ(フランス、再公営化は2010年)、ブエノスアイレス(アルゼンチン、2006年)、ダル・エス・サラーム(タンザニア、2004年)、ハミルトン(カナダ、2004年)、さらに2006年に公共部門の改革を行い、改革が今でも続いているマレーシアです」とピジョン氏は説明した。
ピジョン氏は、各事例はそれぞれ異なる再公営化の理由と成果を示していると語った。「パリの事例では、綿密に計画された再公営化がいかに素晴らしい成果を上げられるかが明らかにされ、再公営化のプロセスで注意すべき特定の技術的要点も浮き彫りになりました」と指摘した。一方、「ダル・エス・サラームの事例は、国際的な『開発』組織が地域の重要な政策をコントロールしているという痛々しい現実を明らかにし、中央集権的ネットワークの現行の技術的パラダイムがどこでも有効なわけではないことを示しました」
さらにピジョン氏は続けた。「マレーシアは完全な技術者政治型モデルのようなものをゼロから立ち上げる試みとして、魅力的な一例です。このモデルは政治とは隔絶され、政治との距離のある関係を巧みに使って運営されます。このような試みは、つかみどころがないばかりか、国にとって危険であると考えられがちです」とピジョン氏は付け加える。
ブエノスアイレスの事例は、企業支配という遺産や、2国間あるいは多国間の投資協定というシステムが国際企業に付与した法的保護が、いかに長期にわたって影響力を持つのかを明らかにしている。
アルゼンチンの首都における水道事業の民営化は、世界銀行などの国際金融機関と水管理を行う少数の多国籍企業によって推進されたPPPが、二者による水道事業の理想的な経営体制とされていたにもかかわらず、実際には政府や社会にとって法律上の危険なワナであることを示している。
ピジョン氏によれば、アルゼンチンは、フランスの企業スエズ社との契約を2006年に打ち切った結果、数億ドルに上る違約金を投資紛争解決国際センターから命じられる可能性に直面している。この違約金はアルゼンチン政府に科される罰金である。スエズ社による事業は非常に粗悪だったにもかかわらず、同社と交わしたブエノスアイレスの水道システムに関する利権契約の法的な満期を迎える前に政府が契約を打ち切ったために、罰金が科されるかもしれないのだ。
ピジョン氏は、こうした問題は最も豊かな国々でも見られると話す。
「同様の問題がベルギーのブリュッセルでは大きなスキャンダルとなりました。やはりフランスの企業であるヴェオリア社は、下水処理場を1週間閉鎖し、未処理の下水を川に直接流していました。そして独立系の専門家による調査団が2年にわたって調査したところ、契約書には疑わしい点があったものの、巧妙に隠された抜け穴があり、ヴェオリア社は想定よりも小規模の処理場を建設していたことが判明しました」と彼は話した。
ピジョン氏はさらに、水道事業の再公営化には明るい展望があるものの、水の商業化は続いていると話した。
「民間部門によるイデオロギー的支配が続いているという衝撃的な調査結果が得られました。つまり、公営化されたシステムの多くで、民間部門が公共の管理者を先導しているのです。民間部門の人々は、自らをビジネス・マネージャーと見なして、完全な費用回収とミクロ経済的な効率性に基づく民間部門から見た事業の定義を推し進めているのです」と彼は語った。
こうした理由からピジョン氏は、市民社会団体が水道事業に関する議論に引き続き参加すべきだと主張する。
「水道事業の民営化にかかわる議論を起こし、それを政治的問題とし、結果的に変化を引き起こす道を切り開くためには、市民がしっかりと目を光らすことが必要でした」とピジョン氏は語った。「現在、水部門には取り組むべき根本的な諸問題があります。そして、水の管理を向上させるための必須条件が公有化であるとしたら、私たちにはすべきことが山ほどあるのです」
こうした課題の中でも、ピジョン氏は「農村部と都市部がそれぞれ抱える水問題の境界線を取り払うことや、水に関する政策や土地計画、様々な状況への技術の導入、中央集権的な下水道システムで悪化の一途をたどる汚染物質の高濃度化、気候変動への適応策と緩和策」といった問題を強調した。
• • •
本稿はインタープレスサービス(IPS)のご厚意で掲載されました。IPSはグローバルな報道機関を核とした国際的なコミュニケーション組織であり、開発、グローバリゼーション、人権、環境といった問題に関する南半球や市民社会の意見を発表しています。
翻訳:髙﨑文子
All rights reserved.