次世代の国連平和維持に現実主義を

70年前、アラブ・イスラエル戦争の停戦監視を目的に初の国連平和維持活動(PKO)が展開されて以来、これまでに派遣されたPKOは70件を超える。そのうち「ビッグ5」と呼ばれるマリ、中央アフリカ共和国、コンゴ民主共和国、ダルフール、そして南スーダンのミッションは、平和維持がこれまでに直面した中でも最大級の課題を抱えている。

これらの情勢の中で、近いうちに持続可能な平和が達成できそうなものは一つもない。

20年以上にわたる平和維持にもかかわらず、コンゴ民主共和国東部で活動する武装集団の数はかつてないほど増えている。南スーダンでは、2013年の内戦勃発後、極めて脆弱な和平プロセスが 細々と続いており、今でも数十万人の民間人が避難を強いられたままだ。

マリでの暴力のまん延は、国際部隊が能力を損なうほどの負担となり、現在の和平プロセスの限界を露呈させた。昨年は中央アフリカ共和国でも暴力のまん延が続いた。これによって、中央政府による支配が国土の一部にしか及んでいないことが明らかになった。そしてダルフールでは、避難民の数が依然として200万人を超え、和平プロセスも完了していない中で、PKOの撤収に向けた規模の縮小が始まっている。

国連がこの種の打開策が見出せない紛争を解決できないことを背景に、一部では平和維持の大幅な縮小を求める声が上がっている。また、平和維持が危機的状況にある、もしくは失敗に終わっていると示唆する向きもある。

平和維持がそうした圧力にさらされている今、期待値を修正し、過去70年間にわたって実現された成果から学び、そして国連の焦点をより限定的ながら達成可能な任務へと移すほうが有用といえる。

高い期待値

1990年代から2000年前半にかけ、国連PKOは両極端の状況に直面した。

国連は最も痛ましい大惨事のいくつかを経験した。ルワンダやスレブレニツァ、ソマリアは、国連による失策の代表例となっている。

その一方で、重要な成果も見られた。国連PKOはカンボジア、エルサルバドル、グアテマラ、タジキスタンで、その任務を無事完了している。どの国でもその後、紛争は再発していない。また、シエラレオネ、コートジボワール、東ティモール、リベリア、コソボでは、戦争から相対的な平和への移行において、国連PKOが欠かせない役割を担ったと見られている。

どの紛争にも違いはあるが、類似点を指摘しておくことも重要だ。

第1に、国連の成功例のほとんどは、紛争が広い地域に広がらない比較的小さな国で見られている。第2に、ほとんどの場合において、受入国の政治指導部に国連PKOと協力する意志があり、国連が選挙や治安部門改革などの国内プロセスで支援的役割を担うことが受け入れられた。地域的、国際的組織からの建設的な関与も多かったと言える。

こうした状況が和平合意の持続に役立った一方で、主要な二国間組織はそうした国の指導層を有意義なパートナーとして捉え、やがては紛争後の再建に向けた前進に貢献していった。

このようにある程度の成功が見られたことによって、国連はより野心的に「多面的平和維持」に取り組めるのではないかという楽観が生まれた。過去20年間の平和維持は、単に合意の履行を監督するのではなく、紛争の根本的原因に取り組み、国家機関を構築し、大規模な暴力に巻き込まれた市民を積極的に保護することに貢献できると期待されてきた。

ますます野心的なマンデート(委任された権限)と、平和維持要員を紛争の渦中へと派遣する意志が相まって、安全保障理事会はしばしば平和への明確な道筋がないまま、より大規模で複雑な紛争への対処をPKOに求めるようになった。

しかし、安全保障理事会の判断は誤りだった。国連PKOがダルフールやコンゴ民主共和国のような紛争を解決することはできない。事実、現在の「ビッグ5」情勢のいずれにおいても、PKOで平和の達成を期待することは非現実的だろう。

克服できない課題

マリやコンゴ民主共和国、南スーダンのような国は、平和維持などほとんど不可能な様相を呈している。広大な面積(例えばコンゴ民主共和国の国土はフランスとドイツを合わせた面積の2倍)、劣悪なアクセス、限られた国家能力により、国連は国民のごく一部にしか手を差し伸べられていない。

今日の紛争は本質的に解決が難しくなっている。過去15年間、多くの要因がこの現状を助長してきたが、具体的には下記が挙げられる。

極めて重要な点として、現在の平和維持においては政府がこれまでよりもはるかに大きな困難を提起していることが挙げられる。ダルフールでは、スーダン政府がいかなる国連要員の展開にも難色を示し、現地での活動に対する妨害を続けた。コンゴ民主共和国と南スーダンでは、国軍がしばしば民間人にとって最大の脅威となり、武装集団よりも多くの死者を出している。マリと中央アフリカ共和国では、国土の大半で国家能力が弱体化もしくは不在となり、反乱軍の活動にまったく歯止めが利かなくなっている。

こうした動向が重なり合って、今日の紛争はさらに危険になり、広大な地域にまで拡大し、国政術と外交術という従来の手法で抑制することがさらに難しくなっているのだ。

平和維持に新たな現実主義を

国連PKOは完璧には程遠く、現地ミッションの実績を改善する余地は大きい。しかし現在発生しているような打開策が見出せない紛争を、平和維持だけで解決することは期待できない。少なくとも、安全保障理事会が通常提案するようなマンデートや資源、時間枠では不可能だ。

近い将来、中央アフリカ共和国のような国で、国連PKOが国づくりのマンデートを遂行できると考えるのは非現実的だ。また学者も示唆しているとおり、このような情勢における変化は断続的に生じるもので、そこには逆戻りや失策、挫折が付き物だ。紛争が平和へと直線的に前進を遂げることはない。

国連は、国内レベルの変革に便宜を図る小さな役割を担う程度である。しかし、それでも状況は変えられる。最近の研究は、国連PKOが紛争発生率の全般的な削減、数十万の民間人の虐殺からの保護、差し迫った暴力に対する警告、さらには平和のために徐々に局面を変えることに貢献できるとの結果を示している。これらの研究によって、今日の平和維持のマンデートで構想されているような国家的な変革ではないけれども、国連が人々の生活に目に見えるインパクトを及ぼせることが明らかになっている。

こうした成果は国連PKOの創設記念日にあたって祝う価値があるだろう(また、より体系的に追跡する価値もある)。新たな現実主義によって、こうした成果を土台にしながら、たとえ今日の最も厄介な紛争を解決する望みは薄かったとしても、国連PKOが70年前の停戦監視をはるかに越える成果を挙げることができ、また実際に挙げていることが認められるだろう。

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この記事は、クリエイティブ・コモンズのライセンスに基づき、The Conversationから改めて発表されたものです。元の記事はこちら

著者

アダム・デイは、国連大学政策研究センター(UNU-CPR)のシニア・ポリシー・アドバイザーである。国連大学で職務に従事する以前は、10年間にわたり国連にて、平和活動、紛争問題への政治関与、仲介、民間人の保護などを中心に活動した。国連コンゴ民主共和国安定化ミッション(コンゴ共和国)、国連レバノン特別調整官事務所、そして国連南スーダンミッション(UNMIS、ハルツーム)と国連アフリカ連合ダフール合同ミッション(UNAMID、ダフール)の各本部において政治アドバイザーを務め、また国連本部(ニューヨーク)の政治局および平和維持活動局において政務官を歴任した。

それ以前は、カンボジアでオープン・ソサエティー・ジャスティス・イニシアティブによるヒューマン・ライツ・ウォッチのジャスティス・プログラムに従事し、旧ユーゴスラビア国際刑事裁判(ICTY)を支援した経歴も持つ。また、弁護士であり元ニューヨーク弁護士会メンバーでもあるデイ氏は、ニューヨークにおいて原告として国際訴訟に携わる傍ら、Center for Constitutional Rights(憲法上の権利保護センター)からの依頼で、グアンタナモ収容所収容者が拷問されたとして収容所元職員に対して起こした訴訟の原告側弁護をプロボノとして(無料で)担当した。

カリフォルニア大学バークレー校法科大学院で法科博士号、フレッチャー法律外交大学院で法律外交の修士号、ブラウン大学で比較文学の修士号を取得している。国際犯罪法、国際犯罪に対する国家元首の免責特権、紛争後の法による支配に関する著書を複数刊行している。既婚で2人の子どもの父親。