ブレンダン・バレット
ロイヤルメルボルン工科大学ブレンダン・バレットは、東京にある国連大学サステイナビリティ高等研究所の客員研究員であり、ロイヤルメルボルン工科大学 (RMIT) の特別研究員である。民間部門、大学・研究機関、国際機関での職歴がある。ウェブと情報テクノロジーを駆使し、環境と人間安全保障の問題に関する情報伝達や講義、また研究をおこなっている。RMITに加わる前は、国連機関である国連環境計画と国連大学で、約20年にわたり勤務した。
こんな場面を想像してみてほしい。オバマ大統領がアメリカ合衆国議会の場で立ち上がって、2011年の一般教書演説を行い、世界の石油産出量はすでにピークを迎えていると告げる。オバマ大統領のこの声明は、どのような影響をもたらすだろうか?ウォールストリートは崩壊し、町は混乱状態に陥るだろうか?
ありがたいことに、専門家や評論家の大半は(何人かの例外を除けば)、すでにピークオイルに達しているとは考えていない。しかし、深刻な懸念を抱くべきところまで事態が充分近づいていると考える人は増えている。ピークオイルに関するこういった議論は、これまでのところ専門家の領域に留まっており、まだ一般の人々の心理にまでは広がっていない。
しかし、最近、ピークオイルを迎えた世界がどうなるかということを考察する小説が何冊も出ており、この問題が一般向けの小説のテーマとなりつつあることを示している。
石油価格が値上がりを続け、1バレル90米ドルを再び越えるなか、世界の主要なメディアの大半は安価な石油の終焉についてより突っ込んだ問いかけをする気にはなれないようだ。彼らは、私たちの社会や組織が全般的に重度の石油依存に陥っていることを反映しており、またその状態に拍車をかけてもいるのだ。そして、突っ込んだ問いかけをする代わりに、アラスカのパイプラインの輸送停止を非難したり、投機家たちを批判したりして、いつも現実否定に走っているようだ。彼らは大抵、石油の需要に供給が追いつくことができない世界に私たちが住んでいるというれっきとした事実に目を向けることも、なぜ今このような状況に陥っているのかを問うこともしないのだ。
残念ながら、好むと好まざるとに関わらず、できればピークが実際にやって来る前に社会の良心を目覚めさせ、来たるべきピークオイルの影響を人々に自覚してもらうために、私たちは小説の力に頼らざるをえない。
ピークオイルを巡る論争に加わった最近の作家の1人が、『Player One ―What is to Become of Us: A Novel in Five Ours(プレイヤーワン―私たちはどうなるのか:5時間の小説)』の著者、ダグラス・クープランド氏だ。クープランド氏のファンだったら、彼の書いてきた小説が、デザイン、テクノロジー、タイポグラフィ、人間のセクシュアリティー、ポップカルチャーといった問題を扱っていることが分かるだろう。
新作『Player One』では、石油価格の急騰とそれに続く電力の供給停止を背景としている。物語の主人公たちは、トロント空港のキャメロットホテルにあるカクテルラウンジで5時間にわたりその状況を目の当たりにするのだ。
この小説は、夢と希望、誰もが抱える人生の意味についての不安を探ろうとしたものだ。ここでは石油危機は単なる背景に過ぎない。しかし、クープランド氏の小説は非常に多くの読み手に訴えかける力があることから、最終的にはより多くの人々がピークオイルを認識し、もっと知りたいと思うようになる可能性もある。クープランド氏のこれまでの小説の影響から考えれば、ピークオイルが実際に流行になるということもあるかもしれない。とはいっても、あまり期待はしない方がいい。
『Player One』を読んだ何百万もの人々が、「ピークオイル」という言葉をネット検索にかけたとしたら、驚くべきことではないだろうか? まさにそれが、2007年に出版された『Last Light(ラストライト)』の作者、アレックス・スカロー氏がしたことだ。スカロー氏は自著の著者注でそのときのことを書いている。
「『Last Light』が生まれたきっかけは、4年前、あるフォーラム(公開討論会)のために作られた2枚のポスターで、何度も繰り返し出てくる1つの言葉に出くわしたことです。フォーラムでは地質学上の問題について激しい論争が繰り広げられていましたが、そこでその言葉がつねに出てくるのです。Peak Oil(ピークオイル)と大文字で書かれているので、その業界ではよく使われている専門用語だということが分かりました。私は強く興味をそそられ、ネットで検索にかけてみました」
私たちの多くはスカロー氏と同じような形でピークオイルという言葉を知る。会話の中で、もしくはブログの中でこの言葉と出会う。そして、それが何を意味するのかを理解しようとして探究に乗り出す。自分たちが化石燃料(別名安価なエネルギー)に溺れていることを心配し始める。単純な解決法などないということが分かるようになる。何をすればよいかを知ることは困難だ。しかしスカロー氏は、私たちの石油への依存は「ただ災難を招いているだけ」だと主張する。だから、前に進むためには、できるかぎり早く石油から遠ざかることである。
『Last Light』でスカロー氏は、いかに私たちが弱い存在かということを描き出そうとする。小説では最悪のシナリオが展開される。強大な力を持つ秘密集団によって引き起こされたテロのため、世界の石油が事実上供給を断たれると、その後ほどなくして世界は崩壊する。物語は、古き良き陰謀説の手法通り進む。このエリート集団は、地球が支えられる限界を私たちが越えてしまったことを認める。そして、世界中の重要な石油関連のインフラ設備を破壊し、中東でイスラム教徒の宗派間の紛争を煽ることで、「リセットボタン」を押す、という決定を下す。
中東の国々は、宗教戦争に突入する。石油の供給が止まると、どこの国でも政府の緊急時対策案は役に立たないことが証明される。スーパーからは数日のうちに食料が消え、通りからは警察がいなくなる(彼らにも家族がいるのだ!)。当局ということになっている機関もみな、精錬所や発電所といった必要不可欠な財産を守ることでほぼ手いっぱいの状態だ。文字通り、誰もが自分のために、という状況になったのだ。
状況をさらに悪化させているのが、多くの場所でコミュニティーがもはや機能しなくなり、隣人に助けを求めることができないという事実だ。1週間のうちに、現代文明は崩壊する。この物語では、舞台はイギリスに設定されている。
スカロー氏が提示するこのシナリオは、ピークオイルに関する私たちの弱さをより大きなスケールで例えたものだとすると、もっとよく理解することができる。少人数の集団が世界の石油を手中に収めるということはとうていありそうにない。イギリスを含め多くの国では自国で使う石油のすべて、もしくはその多くを産出している。また、世界の石油はいくつかの必需品のように一極集中しているわけではない。そしておそらく、世界のシステムにはスカロー氏の小説で描かれているよりも回復力がある。
『Last Light』は読みやすい小説ではない。危機のあいだ、物語の中に出てくる人々のほとんどが「すぐにいつもの状態に戻る」と信じ続けている。しかし、登場人物の1人が、これほどの規模の打撃を受けた後では社会は「再起動」することができないだろう、と説く。それはまるで、地球という社会が致命的な心臓発作に襲われたかのようだ。実際にピークオイルを迎えたことが明らかになるには数十年かかるだろうが、最終的な結末は、この小説とどこか似たものになるかもしれない――つまり、世界の産業経済がゆるやかに崩壊し、完全に新しい何かが現れるのだ。
クープランド氏やスカロー氏はもともと人気作家だが、一方で、長いあいだピークオイルの専門家たちの間で著名な評論家であった人が、一般の人々の意識を高めようという試みの中で小説を書くようになったというケースもある。
まずは、ジェームズ・ハワード・クンスラー氏だ。以前にOur World 2.0でレビューを掲載した『Long Emergency(長い危機)』の作者である。クンスラー氏の2008年の小説、『World Made by Hand(手作りの世界)』では、心臓病ではなく、徐々に体を衰弱させる病とでもいうべきものに苦しめられる世界が描かれている。世界は大きなダメージを受けているが、まだ機能している。
この小説の中では、イスラム原理主義者がロサンゼルスとワシントンDCの両都市を吹き飛ばし、世界経済を低迷に追い込む。減少する石油資源を巡る争いによってさらに状況は悪化し、おまけにインフルエンザが流行する。アメリカに残った政府組織のなれの果ては、ミネソタ州の孤立した地域に逃げ込み、各コミュニティーは自力でやっていくほかなくなる。
物語は、このような事件が起きてから20年後の、ニューヨーク州の小さな町を舞台に展開する。この町は、半封建的な農園制度を基本とするものの上に成り立っている。住民は、完全武装した狂信的な過激派や、無法者の集団だ。そしてひと夏のあいだにいくつもの事件が起こる。主人公は、もとはソフトウェア会社でマーケティング部門の重役を務めていたロバートという人物で、彼がこのような困難な時期を乗り越えるべくこの町を導いていく役目を背負わされる。
さらに最近では、『Energy Bulletin(エネルギー掲示板)』や『the Oil Drum(石油のドラム缶)』にも寄稿する、カート・カッブ氏が、2010年末に出版された『Prelude(前奏曲)』という作品を掲げて参入してきた。この小説は、ピークオイルという大事件が起こった後ではなく、現代の社会を舞台としている。あるレビューでは、この本を「ジョン・グリシャム風のサスペンスと興奮に満ちた物語」と評している。
この物語の主人公は、石油関係で働く若きエネルギー専門家だ。彼女は、ある国の石油埋蔵量が、当局が主張してきた数字の半分しかないという証拠を発見する。それから、盗聴され、尾行され、殺されかけてといった調子で、彼女の苦難が始まる。しかしその体験は、主人公に変化をもたらす。エネルギーの未来に関して楽観的だった彼女が、ピークオイルを迎える可能性について深刻な懸念を抱くようになるのだ。
これらの小説に共通していることの1つが、最後はハッピーエンドで終わるということだ。また、4人の作家たちは、私たちが揃いも揃って自分たちがこの脆弱な状況に陥るのを許してきたことに対して、信じがたいという気持と、おそらくは怒りとを共有しているようだ。しかしなお、彼らの小説は、人類への基本的な信頼と、私たちが何とかしてこのような困難な時期を切り抜けることができるのではないかという希望を表している。
この4つの物語にはどれも、ピークオイルの到来が、現在わたしたちが当然のごとく使っている多くのもの(車、電気、電子レンジ、冷蔵庫、液晶画面テレビ、法と秩序)に別れを告げるときが来たことを意味するのではないかという、不安が横たわっている。
世界は本当にそこまで行ってしまうのだろうか? それは誰にも分からない。
重要なのは、これらの小説が、ピークオイルをより多くの幅広い読者に紹介していることだ。小説がベストセラーになれば、何百万もの人々がそれを読む可能性がある。たとえばスカロー氏の小説は、アマゾンのベストセラー小説ランキングで5,876位を記録している。多くの人々が、彼の小説を読んで初めてピークオイルを知ることだろう。
小説を読んだ人々が、ピークオイル後の世界(それがいつ起こるかに関わらず)で新しい生活とどのように取り組むかをよく考えるようになることを願おう。小説に刺激を受けて、ピークオイルが現実のものであることについて考え始める人がますます増えれば、私たちみなが私たち自身のハッピーエンドを迎える可能性も高くなる。
翻訳:山根麻子
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