ジェンダーの視点からみた グローバルヘルス研究

国連大学では、学際的かつ分野横断的な総合的手法を用いて、世界が直面している喫緊の課題の調査研究に取り組んでいます。重要な政策課題についての新鮮な観点を示し、潜在的な問題や新たに発生している懸念事項に対する分析を提供することで、意思決定者がエビデンスに基づいて政策を再考できるよう知見を生み出しています。

国連大学の専門家、調査手法および研究結果をより深く理解していただくため、2019年次報告書では世界的に重要な4つの問題(持続可能な水利用、現代の奴隷制、ジェンダーと保健、気候変動と海面上昇)についての国連大学の取り組み例を紹介します。

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歴史を通じて、女性は意図的な差別に苦しめられてきま した。しかし、そうした不公正を国際社会が正式に認め たのは、1975年の第1回世界女性会議の場が初めてで した。それからさらに20年後の1995年、「北京宣言及び 行動綱領」が採択され、豊かで平和な、そして持続可能 な世界を実現するには、ジェンダー平等と女性のエンパ ワーメントが重要な優先事項であると宣言されました。

北京宣言は女性の「保健および関連サービスにおける 不平等で不十分な扱い、ならびにそれらへの不平等な アクセス」を12の重大問題領域の1つとして掲げました。今日では、不公平なジェンダー規範によって、またその 他の交差的な形態の差別によって、女性と男性、そして既存のジェンダー分類に当てはまらない人々の健康と福祉に悪影響がもたらされる点について、理解と認識 が進んでいます。

国連大学の研究は、生活のあらゆる側面においてジェンダー平等を確保するための政策を支援しています。保健政策の領域では、国連大学グローバルヘルス研究 所(UNU-IIGH)がジェンダーの視点から見た政策関連 の分析を行っており、よりジェンダー・トランスフォーマ ティブ(女性の状況の改善だけでなく、ジェンダー不平 等の根本原因である不平等な力関係や差別的な社会 規範、文化、法律の変革にも取り組むアプローチ)な保健アジェンダに向けて、情報を提供し、指針を示しながら推進しています。

持続可能な開発目標(SDGs)、とりわけ目標 3「すべて の人に健康と福祉を」の達成にジェンダーは重要な役 割を果たします。そのため、UNU-IIGHは健康に関するジェンダー不平等の削減に向けて、国連の諸機関、プ ログラム、および加盟国の取り組みを支援しています。

保健政策におけるジェンダーの主流化

2019年、UNU-IIGHが研究で重点を置いたのは、「ユニバーサル・ ヘルス・カバレッジのための政策と計画において、国、保健システ ム、および国際機関がジェンダー平等を最も効果的に実現するに はどうすればよいか?」という重要な問いへの取り組みでした。

この難しい問いへの答えの一部は、ジェンダー主流化̶法律、 政策、プログラムなどの計画された行動が女性と男性に与える影 響を評価し、それらに対応するプロセス̶を通じて見つけること ができます。ジェンダー主流化は、女性と男性の多様な関心事項 や経験をどちらも不可欠な要素と位置づけ、不平等が永続しない よう目指しています。  ジェンダー主流化という目標は、繰り返し約束されてきたにもか かわらず、しばしば保健政策立案者にとって関連性が低いと見な されたり、断片的で持続不可能な方法で実施されたりしています。 ジェンダー平等をより意図的に進めていくための要望が高まりを 見せる一方で、ジェンダー主流化に対する関心の低下が見受けら れ、プロセスが多いわりに成果が明確ではないと多くの人に受け 止められ、取り組みの有効性が不透明であるとされています。

継続的な関心と関与を確保するには、過去25年間の経験や成 功と失敗を土台にすることが不可欠です。しかし現在、体系的な文 書化、評価、学習が欠如しています。こうしたエビデンスと変革へ の真の関与がなければ、ジェンダー主流化は名ばかりで、保健分 野への投資は最適化されず、ジェンダー不平等は適切な対処がな されないままでしょう。UNU-IIGH の研究者であるミシェル・レメ 氏は、「健康におけるジェンダー主流化の課題をリストアップした評 価と報告はいくつかありますが、変化と計画に沿った効果を実現す るのにどのアプローチが機能したのか、なぜ、どのように機能した のかについての体系的な評価は限られています。つまり、私たちは 有効な戦略に重点的に取り組む代わりに、同じ間違いを繰り返し たり、欠陥のあるアプローチを保健プログラムの実施者や政策立 案者に推奨し続けたりするかもしれないのです」と述べています。

国連システムは1997年にジェンダー主流化を取り入れて以来、 他にはない地理的領域や活動の幅と範囲の広さ、独自のデータ ベース、自治体・国・地域の健康におけるジェンダー平等を促進す る取り組みから得た成功(または失敗)の有望な経験を生かして、独自にリーダーシップを発揮してきました。

行動を生み出すためのエビデンス

こうした可能性をもとに、2019年 4月、UNU-IIGHと世界保健機関(WHO)は、国連の保健関連機関、有識者、市民社会の専門家との2日間の協議会を共同で開催し、保健におけるジェンダーに基づくアプローチの最近の進捗状況を評価しました。協議会の成果として、「旧態依然」の態度を打破する優先研究と行動のためのア ジェンダの作成と、「ジェンダーと健康に関する政策ハブ」̶エビデ ンス、政策関与、実践に基づく学習のためのリポジトリ̶の創設 を支援しました。

協議会に参加したジョンズ・ホプキンズ大学のローズマリー・ モーガン氏は、政策ハブの重要性を「ジェンダーと保健の専門家が 競争せずに協調できるプラットフォーム」という言葉で表現しまし た。「この取り組みでは水平方向に協力するために、地理的な、ま た世代や人種の垣根を越える必要があります。互いからもっとよく学び合う必要があります」

政策ハブへの取り組みは、「すべての人に健康な生活と福祉を保証するための世界行動計画(SDG3 Global Action Plan – GAP)」に沿った内容になる予定です。2019年9月に発表されたこの行動計画は、国レベルでの効果的な協調と影響の拡大を目指し、保健・開発・人道分野の12の国際機関を連携させています。行動計画の7つの「促進テーマ」のうちの1つは、権利に基づき、ジェ ンダーの視点に立ったアプローチによって、健康の決定要因に対 応することです。レメ氏によると、「UNU-IIGH が調整する政策ハ ブは、SDG3 GAPのパートーナーが保健プログラムおよび各国支 援においてジェンダー平等を推進する際に、その取り組みに寄与しうるエビデンスを生成・共有するためのプラットフォームとして機能していきます」

政策ハブと並行して、UNU-IIGHのプロジェクト「What Works in Gender and Health: Learning from Practice(ジェンダーと健康において何が有効か:実践からの学び)」は、グローバルヘルスに取り組む5つの国連機関の、健康におけるジェンダー主流 化の成功例̶どのアプローチが誰に対して、どのような状況で、どのような点で、なぜ成功したのか̶を明らかにしています。このプ ロジェクトは、保健政策と実践におけるジェンダー不平等に対応 できる革新的なアプローチと手段を特定し、社会で役立てられるようにしています。そうすることで、根深いジェンダー不均衡を変 容させ、保健に関する国連の規範的で計画的な取り組みにおいて ジェンダー平等を促進しています。

健康問題の重複分野の研究

ジェンダー主流化の成功はジェンダー平等と健康の進捗につなが りますが、知識の不足を補うために取り組む必要のある重複分野 が、ほかにもあります。UNU-IIGH の研究では、女性の健康問題 への不公平な資金供給から、ジェンダー平等を推進する健康プログラムへの投資不足、また保健システムが地域社会にどのように 関係し影響を与えているのかまで、保健システムの分野についても調査しています。

「保健政策と保健システムにおいて不平等が続いている現状を、私たちは無視してはいけません。ジェンダー 不平等と悪影響を及ぼすジェンダー規範は、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジの目標達成を遅らせます。エビデンスと集団的な学びを駆使して保健システムを改革する必要があります。それによって、全ての人々、特にこれまで最も疎外され、差別され、不利な立場にあった人々の健康とウェルビーイングを向上していかなくてはなりません」

ミシェル・レム UNU-IIGHリサーチフェロー

UNU-IIGHとUN Womenが共催した2019年の専門家会議では、HIV支援を行っている女性団体とジェンダー平等に対する資金供給を追跡する既存のアプローチを検証し、すぐれた実践と新しいイノベーションを明らかにしました。研究結果と提言は、世界のHIV・エイズ対応の資金需要を見積もるための資料の一環として、国連合同エイズ計画(UNAIDS)と共有されました。

また、UNU-IIGHは国連児童基金(ユニセフ)と協力して、アフリカの3カ国(モザンビーク、ニジェール、ザンビア)における地域医療の最前線でプライマリヘルスケア(健康を基本的な人権とし、その達成の過程で住民の主体的な参加や自己決定権を保障する理念)を強化するため、ジェンダー平等に基づく政策と実践を地域の医療プログラムにどのように適用できるかについて、理解を深めました。地域の医療従事者は女性であることが多く、彼女たちは地域社会と保健システムとがつながる主な、もしくは唯一の接 点であるため、ジェンダー不平等は彼女たちの業務に、ひいては住民の健康にも悪影響を及ぼします。このプロジェクトでは、第一線の医療従事者のほとんどを占める女性たちが、女性の権利に基づく視点で支援を受けると、男女を問わず地域住民に恩恵が生じ ることが確認されました。

こうした研究努力はいずれも、ジェンダーと健康に関する核心に 触れています。つまり、ジェンダー平等が意味するのは、男女間の相違を無視し消し去ることではなく、ジェンダーの(社会的、経済的、政治的な)関係性を理解し、人々の健康と福祉に影響を与えるような動的で相互交差するジェンダーの側面について、より微妙なニュアンスの理解を得ることなのです。

性と生殖に関する健康や妊婦の健康、ジェンダーに基づく暴力、HIV・エイズなど、特定の保健分野においてジェンダー平等を促進する活動から、多くのエビデンスと教訓が得られています。現 在の課題は、その適用範囲を、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジといった従来とは異なる新しい領域など他の分野に拡大することです。

UNU-IIGHや他の国連大学の研究所が実施した保健関連の多様な研究に基づき、国連大学はジェンダー平等の視点から、実践的でエビデンスに基づく洞察を明らかにし、目標を絞った健康改 善・保健医療戦略を開発しています。こうした取り組みは SDGsの 目標3と目標5、および平和と公正、持続可能性のある、健康な世界の実現という世界的な願いに寄与します。

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国連大学が持続可能な開発目標(SDGs)達成に向けて取り組んでいる研究の詳細は、2019年次報告書をご参照ください。

著者

国連大学グローバルヘルス研究 所(UNU-IIGH)