嵐に備えるニューヨーク

第二次世界大戦中、ドイツのUボートがニューヨーク港に侵攻した。2発の魚雷をイギリス籍のタンカーに発射した結果、タンカーの船体は3つに割れ 、炎に包まれた。船長と35人の乗組員が焼け死んだ。

それから70年後、ニューヨーク港は別の脅威に対する、ロウアー・マンハッタンの防御の最前線だ。その脅威とは高潮である。

ニューヨーク市 は、3つの大きな島と1つの半島と小島群で構成されている。そのため、海面上昇やますます不規則に生じる高潮によって街は水害に見舞われてきた。

ハリケーン・サンディが猛威をふるった際には、地下鉄網は冠水し、電力供給は広い範囲で停止し、沿岸には有毒廃棄物が流れ着いた。それをきっかけに、ニューヨーク市の頼りない気候レジリエンス対策に関心が集まった。

街のレジリアンスを高めるための新たなアイデアや再浮上したアイデアは、種類も規模も様々である。例えば、地下鉄トンネルをふさぐ膨張式プラグ 、沖合での巨大な防潮堤の建設、一連の人工島の建造、マンハッタンの建築物に多孔性の膜を貼り保護する方法 などだ。

5~6年前、ニューヨークの代表者たちはイェルーン・アーツ氏にコンタクトを取り、高潮対策へのアドバイスを求めた。アーツ氏はアムステルダム自由大学付属環境研究所 の教授である。

「当時は誰もニューヨークの洪水リスクにあまり関心を持っていませんでした。(マイケル・)ブルームバーグ市長は持続可能性の問題に主眼を置いていたのです」とアーツ氏はインタープレス・サービス(IPS)に語った。「ハリケーン・アイリーン(2011年)の後、人々は『そうか、防潮堤のような他の方法を検討しなければならないかもしれない』と言い出しました」

アーツ氏は現在、防潮堤の建造をした場合と、現行法の強化、改定をした場合のそれぞれの費用を比較した費用便益分析を行っている。現行法の改定には、建築規制、市街化調整区域法、洪水保険などが含まれる。「どの程度、洪水のリスクを低減できるかについて、両方の戦略を比較しています」と彼は説明した。

防潮堤は他の街で利用されているのか尋ねたところ、アーツ氏はオランダでの幾つかの事例とロンドンのテムズ川防潮堤を例に挙げた。「(さらに)ロシアのサンクトペテルブルクでは大きな防潮堤がちょうど竣工するところです」と語った。

「ニューヨークの高潮対策では、航行可能な環境を維持することが条件の1つです。なぜならニューヨークは港湾都市でもあるからです」とアーツ氏は語り、垂直型あるいは回転式の防潮門なら潮流や船の航行を妨げないと説明した。

1案としては、イーストリバーの北側に防潮堤を作ると共に、南側にはニュージャージー州のサンディフックからニューヨーク州のブリージーポイントまで伸びる大きな防潮堤を作る。「この計画には150億~160億ドルの費用がかかる(でしょう)」と彼は語った。

ヴァッサー大学で政治学と環境学の教授を務めるピーター・スティルマン氏はIPSに、防潮施設はしばしば環境正義の問題を提起すると語った。

「高潮が防潮堤を直撃しない場合、高潮の一部やそのエネルギーが防潮堤に沿って移動し、防潮堤が途切れる地点にさらに甚大な被害をもたらすのです」と説明した。

上記の計画では、ロッカウェイズ(ニューヨーク市クイーンズの地区) とニュージャージー州の一部地域が将来的な高潮の衝撃を受けるだろうと彼は語った。

スティルマン氏は、自然がランドスケープを守る方法を模倣した他の戦略もあると言う。彼はカキの養殖床、湿地、人工の島や砂州を例に挙げた。

アーツ氏は、ニューヨークにおけるグリーン化計画の必要性もあるとしながらも、ハリケーン・サンディに匹敵する高潮が起きた場合、グリーン化だけでは街を守れないかもしれないと懸念を示した。

防潮施設に関する議論と、施設の設計や建造に要する時間を合わせると、高潮から街を守る計画はいずれにせよ数十年後まで実現しないとアーツ氏は指摘する。「それまでの間、何か他の対策を講じなければなりませんよね?」

彼は施策や建築条例を最新にし、レジリアンスの高い建築物の建設を促すことを推奨した。

自然との共同作業

コロンビア大学建築・都市計画・歴史保存大学院 の教授であるケイト・オルフ氏はIPSに次のように語った。「インフラストラクチャーにおける新たなフロンティアは、ハードで陰うつで単一の機能しか持たない構造物の世界だけに存在するのではありません」

「私が求め続けているのは混成的なアプローチで、ある種のハードな保護構造物を取り入れる手法です」と彼女は続けた。「私たちがかつて持っていた、保護目的の生態学的インフラストラクチャーの一種を再建するという、大局的な発想です」

オルフ氏は次のように説明した。「多くの事例で、私たちは水底の土砂などをさらって 中州を破壊したり、汚染や乱獲によって砂州を破壊したりしてきました……これらは生態学的インフラストラクチャーであり、かつては機能していたのに破壊されてしまったのです」

オルフ氏のアイデアの1つが、ベイ・リッジ・フラッツでのカキ養殖の推進である。「Oyster-tecture(オイスター・テクチャー)」 と呼ばれるこの計画では、(カキ、イガイ、アマモで構成された)礁原を作り、波の影響を弱め、ニューヨーク港の何百万ガロンもの水を浄化する。

Oyster-tectureは、メリーランド州とチェサピーク湾でのオルフ氏の経験から生まれた。「海洋生物と機能的な港湾を維持するための計画です。船や人々などの行き来が非常に活発な港湾を目指します」と彼女は言った。

「しかし重要なのは、計画を都会の劣化した環境条件下で展開しようとしていることです。本質的に、環境に優しい 新たな公共空間システムとの統合を図ろうとしています」

NYS 2100 Commission(ニューヨークのアンドリュー・クオモ州知事がハリケーン・サンディに対応するために招集した委員会)の報告書によれば、ニューヨーク市の干潟は80パーセント減少し、カキが生息する浅瀬はおよそ20万エーカー(約8万ヘクタール) 失われた。

プリンストン大学の建築構造設計学の教授であり、NYS 2100 Commissionの委員であるガイ・ノーデンソン氏 は、IPSに次のように語った。「工学的な洪水防御策、沖合での自然の防潮堤、陸上での砂丘と自然堤防を組み合わせることが必要だと思います」

報告書は防潮堤に関するさらなる研究を提言している。例えば防潮堤が水生生物、浸食、物理的な海洋学的条件に及ぼす影響に関する研究だ。

適応体制

アーツ氏によれば、人々は世界各国の低地に位置する都市へ今後も流入し続けるという。悪天候が予測されているにもかかわらず、2040年までにニューヨーク市の人口は今より100万人増えるとアーツ氏は推定する。

「大きな天候事象の後に後退した都市の例を私は知りません」と、ハリケーン・サンディとハリケーン・カトリーナ(2005年)を念頭に彼は語った。

スティルマン氏は警告する。「ある意味で、私たちはニューヨーク市とニュージャージー州を含む広い地域で問題を抱えています。なぜなら人間が家を建ててきた地域(多くの場合、高価な別荘……)は、悪天候に見舞われた場合に非常に危険であることが分かってきたからです」

オルフ氏は、SCAPEというランドスケープ設計と都市デザイン事務所を設立した所長でもある。彼女は「Waterproofing New York City」と題する2月9日開催の会議でプレゼンテーションを行う予定だった 。

皮肉なことに、このイベントは吹雪のせいで延期となった。アメリカ北東部のメガロポリスは雪に覆われ、ニューヨーク近隣の沿岸地域は冠水したのだ。

オルフ氏は気候変動についてIPSに語った。「私たちはすでに適応体制に置かれています。つまり、二酸化炭素排出量は引き続き飛躍的に増加するということを単純に予測しているのです」

「炭素に関する議論が足りないのだと思います。つまり都市における炭素やアメリカのカーボン・フットプリントに関する議論です」と彼女は付け加えた。

オルフ氏はハリケーン・サンディに際した自身の体験を語ってくれた。「マンハッタンのウェストエンド・アベニュー で水が足元に打ち寄せるのを目撃することほど、問題意識を抱かせる体験はないと思います。アメリカの名高い国際都市の1つが水浸しになっていたあの状況よりも圧倒的で目に焼き付く状況など想像できません」

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本稿はインタープレス・サービス・ニュースのご厚意で掲載されました。

翻訳:髙﨑文子

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