アネット・ヴィクトレロ氏はUNU-WIDERのコミュニケーション・アソシエイト であり、月刊のニュースレター『WIDERAngle』の編集責任者である。ヴィクトレロ氏はイギリスのエセックス大学で、政治学および国際関係学の学士号と、国際関係理論の修士号を修得した。以前、フィンランドの外務省で、男女平等チームメンバーや開発広報コンサルタントとして働いた経験がある。
過去10年間に、高所得の集中が経済発展と福祉に及ぼす影響が再び懸念されるようになった。世界的な所得分布は数十年にわたり、図1に示されるような「シャンパングラス」の形状となっている。
現在、最も豊かな20%の人々が世界の所得の70%以上を得ており、上位1%(7000万人)は、最も貧しい35億人、すなわち世界人口の半数の総所得と同じ金額を稼いでいる。例えばラテンアメリカの事例ではポジティブな報告が見られるが、進歩はあまりにも遅い。現在の進歩のスピードでは、最下位の10億人が世界所得の10%を得るまでに800年を要する。
経済的な公平性という観点を国や世界の開発プロセスに取り入れることがなぜ重要なのかを議論するために、国連大学世界開発経済研究所(UNU-WIDER)、国際労働機関(ILO)、国連貿易開発会議(UNCTAD)は政策セミナーを開催し、機能している政策事例を共有した。
10月23日、20以上の国際組織(13の国連機関や組織を含む)から50人以上の代表者たちと、各国の国連代表部が、イザベル・オルティス氏、リチャード・コズル-ライト氏、ジョバンニ・アンドレア・コルニア氏で構成される専門家パネルと共に議論に参加した。議長は、UNU-WIDER副所長兼主席エコノミストであるトニー・アディソン氏が務めた。
貿易や金融の規制、労働市場、社会的移転などの分野における政策を通じて、格差拡大をどのように食い止め、逆転させられるのか、多くのオブザーバーが質問した。この議論にとって、2000年以降の10年間にラテンアメリカの広い地域で記録された格差の著しい縮小の事実(図2)は有益である。この事実はフィレンツェ大学の教授であり、元UNU-WIDER所長のジョバンニ・アンドレア・コルニア氏によって提示された。
アンドレア・コルニア氏が率いたUNU-WIDERの研究プロジェクトは、ラテンアメリカのほぼすべての国における所得格差の縮小は主に次の要因によることを示唆している。第一に、技能労働者と非技能労働者の賃金比が減少したこと。第二に、扶助という形態での社会的移転が増加したこと。第三に資本所得の集中が緩和したこと。
図2:1980~2010年ラテンアメリカにおける地域的な平均所得格差の傾向。出典:『Falling Inequality in Latin America: Policy Changes and Lessons(ラテンアメリカにおける格差縮小:政策の変化と教訓)』 ジョバンニ・アンドレア・コルニア共編(オックスフォード大学出版局、2014年)
アンドレア・コルニア氏によると、ラテンアメリカにおける格差の縮小は周期的というよりも構造的である。なぜなら格差は2009~2012年の危機の間、縮小し続けて、2014年の最新データに基づけば、今でも縮小し続けているためだ。この好ましい傾向は、世界の経済状況が改善されたためというよりは、むしろ急速で公平な人的資本の蓄積や新しい政策アプローチによるようだ。
新しい政策アプローチは、ラテンアメリカの多くの国で民主主義が復活した後、1990年代初期から広まった。左派にせよ右派にせよ、新政権の多くは、より慎重なマクロ経済政策を導入し、過去の伝統的で順循環的な(不平等を促進する)国庫政策や金融政策を避けた。2000年代には世界貿易から地域貿易に主軸を移したことが、マクロ経済による打撃への脆弱性を緩和する一助となった。重要なことだが、労働政策や社会政策が的を絞ったのは、失業、雇用の非公式化、低所得者の所得や最低賃金の減少、賃金交渉機関の弱体化といった、過去から受け継いだ諸問題の解決だった。社会的支出はほとんどのラテンアメリカ諸国で1990年代に増加し始め、2000年代初期には、より対象を絞り込んだ扶助の社会的移転と効果的な税制によって、社会的支出の増加はさらに加速した。
所得格差の縮小において重要な役割を担ったのは、中等教育の修了率の向上であり、それにより「人的資本」の配分は著しく改善された。技能労働者の供給人数が増えたことで、そうした技能に対する割増賃金が低くなり、結果的に所得格差を縮小した。また、最低賃金の上昇は、アンドレア・コルニア氏が報告した格差縮小の効果をもたらした。
ILO社会的保護局の局長であるイザベル・オルティス氏は、開発プロセスにおける格差問題に取り組むためには正しい社会経済的政策が重要だとするアンドレア・コルニア氏のメッセージに賛同した。2007~2008年の世界経済危機以降、すべての人のための公平で公正な人間開発の目標にとって、さらなる妨げが存在していると彼女は述べた。最も豊かな10%の人々が所得のほとんどを獲得し続けているからだ。経済危機と、当初の緊急支援策や刺激策に続いて現在広く行われている緊縮政策が、低所得層に大きな影響を及ぼしている。こうした状況は、失業、賃金削減、送金の減少、食料や燃料のコスト増加、融資や貯蓄へのアクセス減少、財政支出の削減(教育から医療、社会的保護まで幅広い範囲)を通じて生じた。さらに、公的な開発支援のレベルも圧迫されている。
2014年、122カ国が公的支出を削減している。そのうち82カ国は開発途上国だ。この危機への対応策は社会経済的な回復よりも金融を優先させているため、オルティス氏は開発アジェンダに格差是正を取り戻すことを強く訴えた。つまり、経済政策と社会政策のつながりを再構築するということだ。オルティス氏にとって重要なのは、1980年代と1990年代の因習的な経済政策の助言に代わり、すべての人のための開発アジェンダを支援する新しい政策の選択肢を設定することである。
オルティス氏によると、公平性に関する課題は今や大きな問題である。なぜなら社会的正義だけの問題ではないからだ。公平性は成長に寄与し、政治的安定を築く。実際に、アジアやラテンアメリカの一部の国は、国内の需要と消費を促進するために格差削減を中心に取り組んでいる。
しかし開発アジェンダや国際機関の政策的助言に公平性を盛り込むためには、公平性を体系的にすべての部門の中心に取り入れることが鍵となる。農業、教育、医療といった部門から、金融、貿易、産業などにいたるまで、すべての部門だ(図3)。一部の分野で少数の介入を行うだけでは十分ではない。
公平な結果を生む典型的な介入策 | 不公平/退行的な結果を生む典型的な介入策 | |
教育 | 全教育の無料化、学生を保持するための奨学金やプログラム | 利用者への課金、教育の商業化、教師の給与におけるコスト節約 |
エネルギーおよび鉱業 | 農村部の電化、ライフライン料金(低所得世帯への基本料金補助)、余得としての社会基金、天然資源から地域が恩恵を受けることを確実にする契約法 | 石油や鉱物の採掘への非課税 |
金融 | 地域的な農村銀行、地方への支店拡大、金融管理(金融市場や商品市場の規制、資本規制) | 金融の自由化、金融機関の救済(大手銀行への移管)、大企業への助成金 |
医療 | すべての人への一次および二次医療サービス、栄養プログラム、無料のリプロダクティブ・ヘルス(性と生殖に関する医療)サービス | 利用者への課金、医療の商業化、少数にしか恩恵のない高度に特化した三次医療機関(例:心臓病センター) |
住宅 | 低所得層のための家賃補助付き公営住宅、標準以下の住宅の改良 | 高所得層のための住宅向け公的融資 |
産業 | 競争力があり、雇用を創出する国内産業や中小企業を支援するための技術政策 | 規制緩和、全般的な貿易自由化 |
労働 | 積極的および消極的労働市場政策、雇用創出政策 | 労働の流動化 |
図3:一部の部門における平等な結果と不平等な結果を生む介入策。出典:オルティスおよびカミンズ『Global Inequality(世界の格差)』ユニセフ、2011年。アルファベット順に、英国国際開発省(DFID)、国連食糧農業機関(FAO)、国際開発戦略(IDS)、国際労働機関(ILO)、海外開発研究所(ODI)、国連(UN)、国連貿易開発会議(UNCTAD)、国連開発計画(UNDP)、国連人間居住計画(UN HABITAT)、ユニセフ(UNICEF)、国連社会開発研究所(UNRISD)、世界銀行の貧困削減戦略ペーパー(PRSP)資料、世界食糧計画(WFP)のデータに基づく。
将来、よりしっかりとした開発目標を実現するために、世界各国の関係者が国の課題として公平性を認識するだけではなく、例えば適正な貿易協定や規制された国際金融の流れなどによって、国際レベルでも公平性を同等に促進していく必要があると、オルティス氏はさらに主張した。
UNCTADのグローバル化開発戦略部ディレクターであるリチャード・コズル-ライト氏は、現時点で格差を生んでいる主な要因は世界的な金融化の傾向と規制されない金融の流れだと論じた。コズル-ライト氏はここで、国際機関の役割とは、すべての人のための開発アジェンダを支援するための新たな政策を考案することだと考えている。彼は他のパネリストと共に、所得格差を削減するのに役立つと証明された一連の政策を奨励したが、そうした政策は国際的な対話ではしばしば見落とされていると論じた。コズル-ライト氏は、どのように知識を実行に移すのかという問題が引き続き大きな課題だと指摘した。
ジュネーブで開催された今回の政策セミナーは、いかにポスト2015年開発戦略の中心に公平性を統合するかに関する意見を共有する、素晴らしい機会だった。国によって総合的政策は多様となるだろうし、地域社会主導の取り組みが重要である。この点で、ラテンアメリカの実例は、国際社会にとって教訓となり楽観的な見方となり得る。。本稿では政策セミナーで取り上げられた主要な問題の一部しか考察できなかったが、読者の皆さんには、極めて興味深いこのプレゼンテーションをぜひご覧いただきたい。
本稿は ニュースレター『WIDERAngle』に投稿されたものです。
翻訳:髙﨑文子
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