沖縄のサンゴ礁生態系の保全活動

南北に伸びる日本の沿岸地域には、独特の地形条件に合わせた様々な生活様式が見られる。人々は昔ながらの知恵と科学的知識の両方を取り入れながら海と共存している。このように海と人が密接に関わりあう沿岸地域を「里海」と呼ぶ。本記事と掲載ビデオは、里海の事例紹介のシリーズの一環である。完全版のビデオ映像(74分)はこちらからご覧ください。

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里海とは、人手が加わることにより生物生産性と生物多様性が高くなった沿岸海域、と定義されている。沖縄の里海を考える際には、コモンズとローカルルールが重要となる。コモンズとは、地域の人々が共有して利用する資源のことで、ローカルルールとは、ここでは資源の利用に関して地域の人々が自主的に決める規則のことである。

沖縄には「イノー」と呼ばれる里海的な海がある。これは、波が砕ける沖側のサンゴ礁と岸の間にある浅い穏やかな海のことである。古くより沖縄では、専業の漁業者が沖合で魚を獲り、村落の人々はサンゴ礁内のイノーをコモンズとして利用し、その水産資源に依存しながら半農半漁の生活を送っていた。このようなコモンズ的利用は、現在でも、特に離島部で実践されている。

一方、定着性資源は共同漁業権の対象となっていることが多いため、原則として漁業協同組合員に採捕の権利がある。このためイノーでは、伝統的慣習と漁業権制度の関係が非常に複雑化している。

このように、イノーでは、生産性や生物多様性を高めるための技術的な課題だけでなく、制度的な課題も大きい。イノーと密接に関わる地域の人々がローカルルールを作り守っていく必要がある。

生態系への人の関与とかく乱

サンゴ礁を荒廃させる原因は「かく乱要因」と言われる。かく乱要因には様々なものがあり、人為的影響の強いものとして、赤土・過剰栄養・化学物質の流入、埋立、浚渫、サンゴの違法採取、漁業・養殖、過剰な観光利用等があげられる。

一方、自然的影響の強いものに、台風、大規模白化オニヒトデ・貝類の食害、病気等がある。ただし、大規模白化や台風の大型化には気候変動が関連しており、オニヒトデの大発生や病気の蔓延も人間活動と関係している可能性があるため、これらも人為的影響とみなすこともできる。

沖縄島、石垣島、西表島等に分布する赤色の土壌が開発等により海域に流出する「赤土汚染」は、沖縄における重大な環境問題である。赤土汚染対策の原則は「発生源での対策」である。沖縄県は1995年に「沖縄県赤土等流出防止条例」を制定した。赤土に有毒成分があるわけではないが、大量の赤土が沿岸海域に流入してサンゴが埋もれてしまうこともある。少量の赤土でも、これを取り除くためにサンゴは粘液を分泌して大きなストレスを受ける。

海水が赤土で濁ると、共生している褐虫藻(Zooxanthella)の光合成に悪影響を及ぼすことになる。さらに、赤土が堆積した海底にはサンゴの幼生が着底することはできない。赤土汚染はサンゴに被害を与えるだけでなく、漁業や養殖にも直接的な影響を及ぼしている。

栄養塩濃度が高い海域では、ミドリイシ類(Acropora)サンゴの生育が乏しいことが報告されている。サンゴ礁は貧栄養環境に適応してきた生態系であり、陸域からの過剰な栄養負荷は重大な問題となっている。栄養塩の流入がサンゴ礁に及ぼす直接的な影響については十分に解明されていないが、過剰な栄養塩は植物プランクトンの増加を促進し、海水を濁らせるとともに、海藻を増殖させる効果もある。海藻とサンゴは競合関係にあるため、過剰な海藻はサンゴ礁を荒廃させることにつながるのである。

沖縄では、蓄産業の成長に伴い、牧場や豚舎などからの栄養塩負荷も増大している。2004年には「家畜排せつ物法」が改正され、家畜の排せつ物の野積みが禁止された。畜産農家は、排せつ物や肥料が地下に浸透しないようにコンクリートなどを敷設し、上は屋根かシートで被うことが義務付けられている。違反した場合は、50万円以下の罰金が定められている。法改正によって対策は強化されたものの、排せつ物の処理が十分でない場所もみられる。また、市街地からの生活排水による栄養塩負荷の対策も課題となっている。

八重山地域のサンゴ礁も荒廃が進んでいる。世界的に大規模白化現象が発生した1998年には、この海域でもサンゴの白化現象が起きているが、2007年には、これを上回る規模の白化が起こり、サンゴの約半分が死滅したと報告されている。

また、陸域からの赤土や過剰な栄養塩の流入、巨大な台風による破壊も深刻な影響を及ぼしている。最近では、オニヒトデによる食害が最大の脅威となっている。

フエフキダイ類(Lethrinidae)、ハタ類(Serranidae)、ブダイ類(Scaridae)、タカサゴ類(Caesionidae)、アイゴ類(Siganidae) など、サンゴ礁に生息する魚類の漁獲量は、過去15年間で半減した。加えて、単位努力当たり漁獲量(CPUE)も下がっており、資源も減少している(図2;太田ら,2007)。漁獲量や資源の減少の主な原因は乱獲であると考えられるが、サンゴ礁の荒廃も関与しているものと思われる。このため、海洋保護区(MPA)等による水産資源の管理が急務となっている。

八重山海域における主要沿 岸性魚類の種別漁獲量の推定.平成 17 年度沖縄県水産 試験場事業報告書。

八重山海域における主要沿 岸性魚類の種別漁獲量の推定.平成 17 年度沖縄県水産 試験場事業報告書。

このように、サンゴ礁生態系の保全と水産資源の管理は、沖縄の里海における中心的な課題である。陸域からの負荷抑制や漁獲規制のような受動的な対策は保全活動の戦略的骨格であるが、これらの対策を拡大するための合意が成立したとしても、それだけ十分とは言えない。

白保サンゴ礁

石垣島の白保は、12kmに及ぶサンゴ礁に面した集落である。ここでは人々がイノーやその周辺の豊富な海産資源を様々な形で利用しており、祭事や神事においても海と密接な関わりをもつサンゴ礁文化圏の生活がある。

昔から行われてきた半農半漁の自給自足に近い暮らしは、環境に及ぼす影響が少なく、自然環境にも十分な再生力があった。したがって、この地域において人間による資源利用が生物多様性を著しく損なうことはなかった。琉球王府時代(15~19世紀)から海は村の共有財産であり、沿岸海域を里海と呼べるほどに、地域と海との関係は密接で持続可能なものであった。

しかし、戦後の近代化や沖縄の日本返還(1972年)に伴い、人々と海との関係は希薄になった。

農地から流出する赤土の増加や生活排水の海への流入により、環境負荷が増大している。WWFサンゴ礁保護研究センター「しらほサンゴ村」の開設以来10年間にわたって実施した環境モニタリング調査では、白保サンゴ礁の調査定点において、サンゴが著しく減少していることが明らかになった。例えば、ある調査定点ではサンゴ礁の範囲が2003年の27.4%から、2008年には6.4%に減少していた。このようなサンゴの減少は、かつて「魚湧く海」と呼ばれた白保イノーの生物多様性にも影響している。

地域コミュニティの活動

こうしたなかで、2006年には、白保公民館総会において、村づくりの目標と7つの基本方針を定めた「白保村ゆらてぃく憲章」が制定された。「ゆらてぃく」とは「ともに集う」という意味である。基本方針の一つとして、憲章では「世界一のサンゴ礁を守り、自然に根ざした暮らしを営みます」が提唱されている。これにより、村を挙げて海の生物多様性の保全に取り組み、村に隣接する海の資源を持続可能な方法で管理する活動を実施することとなった。

この憲章が制定された背景には、口承による村の規範の維持や文化の伝承が困難になってきたことがある。憲章では、伝統文化の継承とともに新たなローカルルールについての基本的な考え方も示している。このように、白保では地域コミュニティが地域自治の中に里海の維持・管理を位置づけ、「文化継承」や「学習体験」の場として活用している。

白保で地域コミュニティによるサンゴ礁保全と資源再生の中心を担っているのが、2005年に設立された白保魚湧く海保全協議会である。同協議会では白保のサンゴ礁を村人総有の財産と位置付けている。事実、漁業者や観光事業者に加え、農業者や畜産農家を含めた様々な村の住民が活動に参加・協力しており、サンゴ礁の保全と持続可能な利用を通して地域の活性化に取り組んでいる。

2006年には、同協議会が「サンゴ礁観光事業者の自主ルール」と「白保へお越しの皆様へ(観光マナー集)」を作成するとともに、伝統的な定置漁具である「海垣(インカチ)」を復元した。海垣とは、干潟や浅いサンゴ礁海域に石を積んで垣を造り、潮汐を利用して魚を獲るという古くからの漁法である。しかし、より効率的な網漁法が普及したことでほとんど利用されなくなっていた。

しかし、最近は環境教育における重要性や観光利用の可能性などから再び注目されている。世界各地で海垣と類似の漁具を復元する動きがみられる。海垣は単に漁具として機能するだけでなく、積み上げられた石の隙間が多様な棲み場を作り出し、さらに石に海藻が繁茂することで藻食性生物が集積し魚類が根付くため、生物多様性も高くなる。WWFジャパンが実施した調査では、石干見周辺部での貝類や魚類の生息種数の増加が確認されている。例えば、石干見の復元からの2年間で、軟体生物種の数が18種から約45種まで増加した。

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また、2007年には、農地からの赤土流出を防止する対策として、畑の周囲に月桃(生姜の一種;Alpinia speciosa)をグリーンベルトとして植える活動を開始した。さらに対策の普及を図るために、地元の女性グループが月桃を使った新商品を開発した。商品名は「sarmin(サーミン)」といい、月桃を蒸留して作ったルームフレグランスである。この月桃商品の販売活動により、農家によるグリーンベルトの赤土流出防止対策が進むことが期待される。同商品の収益の一部は白保サンゴ礁の保全に使われる予定だ。

さらに2009年には、資源増殖に着手し、人工種苗生産による7,000個のヒメジャコ (Tridacna crocea)の稚貝を放流した。1年後に実施した調査の結果、平均生残率は43%で、最初の試みとしては成功を収めたことが評価された。ヒメジャコ放流の目的は漁獲ではなく、約4年間にわたって稚貝を保護・育成して産卵させることで、周囲の海域の資源を増やすことにある。この取り組みは、人手をかけて生産性が向上した一例と言える。

白保集落ではサンゴ礁の保全とその資源の持続可能な利用による地域活性 化に取り組むためのNPO法人の設立を検討している。同NPOはエコツーリズムの振興などに取り組むことで地域の若者の雇用を創出するこ とが期待されている。既に、NPO法人の中心を担う白保魚湧く海保全協議会ではサンゴ礁に関するレクチャーなどの修学旅行の受入を行って いる。

今後の課題

海垣と類似の漁具は、日本以外でも世界各地で見られる。このため2010年10月末に、世界の7カ国12地域が参加する世 界海垣サミットが白保で開催された。同サミットには、台湾、韓国、フィリピン、フランス、スペイン、ミクロネシアからの参加があった。

しかし、このような方法は、多くの場合、地域から重要な生態系サービスを奪い、さらには住民の生計にも打撃を与える可能性があるため、現実的な方策 とは言えない。したがって、生態系への人間の関与がしばらく大きい地域においては、生物多様性保全に携わる環境活動家や管理者に役立つ知見を蓄積して いくとともに、保全と利用のバランスを保つことが不可欠である。

今回報告した里海の保全活動は依然進行中であるが、これらは人為的影響を大きく受けるサンゴ礁生態系における生物多様性保全の好例を示している。沖縄における活動事例が、世界各地のサンゴ礁生態系の資源管理に役立てば幸いである。

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この記事は Biological and Cultural Diversity in Coastal Communities: Exploring the Potential of Satoumi for Implementing the Ecosystem Approach in the Japanese Archipelago(生物多様性条約事務局テクニカルシリーズ No. 61. 82-89)に掲載された2011年の鹿熊信一郎氏、上村真仁氏による論文「沖縄:サンゴ礁生 態系の里海による効果的な保全活動」を要約したものです。

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沖縄のサンゴ礁生態系の保全活動 by 上村 真仁 and 鹿熊 信一郎 is licensed under a Creative Commons Attribution-NoDerivs 3.0 Unported License.

著者

1968年大阪生まれ。2004年より沖縄県石垣市白保在住。WWFサンゴ礁保護研究センター・センター長。白保公民館運営審議委員、白保村ゆらてぃく憲章推進委員会事務局長、白保魚湧く海保全協議会事務局長(現在、同理事)など歴任。地域との協働による取り組みが2008年沖縄県離島振興フェア島おこし奨励賞、2009年沖縄県公民館連絡協議会優秀公民館表彰、2011年度沖縄ふるさと百選集落部門認定を受ける。専門は環境計画、地域計画、持続的な地域づくりである。

1957年東京生まれ、沖縄県水産業改良普及センター 主幹、東京水産大学卒業、学術博士(東京工業大学)。最近の研究分野は里海、海洋保護区、水産資源共同管理である。