生態系への恩返し

いま、私たちと自然界の関係は「奪えるものを奪う」というものだが、これを「依存し合い、与え合う」という関係へと発展させていくことはできないだろうか。

昨年10月に名古屋で行われた生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)で国際里山イニシアティブが正式に設立された。これにより、世界に点在する伝統的森林と農地(里山)と沿岸地域(里海)の生態学的生産ランドスケープの保全が促進されることになる。国際里山イニシアティブの目的は、人間と自然環境の間にバランスの取れた持続可能な調和を復活させることにある。そんな目標は不要だと論じる者などいないだろう。

しかしながら、荒廃しつつある里山の現状への対策として、「生態系サービス(自然が、個人、地域、経済に提供してくれる恩恵)」が与える恩恵に比例して生物多様なランドスケープの価値を決定するのは適切なことだろうか。自然をそのような計算で判断し、人間にもたらす恩恵に応じて保全の正当性を決定するというのは、古びた(しかし悲しいかな、まだ広く信じられている)概念がいつまでもなくならないということを意味するのだろうか。つまり、自然は人間のために存在するという概念だ。

自然の生態系から享受できる様々な恵みに対する認識を広めることによって、社会がその保護と保全に向けて動き出すことが望まれている。

確かに世界の里山や里海では生物学的・文化的多様性が減少し、消滅の危機にさらされている。よってその価値を認めるための努力はいかなるものであっても必要だ。そういった努力は、私たちが現在いる場所を見極めてから始めなければならないと言えよう。そしてその場所というのは、量を数値化し、お金に換算して価値をつけるという社会である。そこから始めようではないか。

現代の都市化する社会では、里山など時代遅れだと信じる人もいるが、森林や水田などの内陸部は洪水を制御する役割もあり、都市部に対しても実質的な利益をもたらしている。もちろん食料供給に不可欠な役割を果しているのは言うまでもない。

貴重な無形財産

しかし、そんなに狭い視野で世界を見ている余裕が私たちにあるだろうか。アインシュタインは「いかなる問題も、それが発生したのと同じ次元で解決することはできない」と言ったがまさにその通りだ。里山的ランドスケープと文化を復活させるには、自然と人間を切り離して考える「代わり映えしない」見方のままではいけないと考えるべきであろう。

私たちは価値を重視する計算ばかりに依存することで、より抽象的で不可欠な無形財産のことは意識の隅に追いやってしまう。無形財産(美しさ、複雑さ、完全さ、文化的価値など)の価値は認識されず、本質とはみなされないのだ。

自然を全体として理解せずに、このように断片的で歪んだ世界観を持っていると、里山や世界で急速に失われつつある環境の質や資源不足という問題を引き起こした社会的、人的な災難を悪化させるだけだ。

そのため、里山の起源に注意を払うことがより大切である。里山を生み出した昔の文化のルーツにかえってみよう。そうすることで、調和の取れた生存、つまり意義ある命の神秘を再発見することができるだろう。目には見えない自然とのつながりに気付いたとき、私たちは初めてその本当の価値を見い出し、自分たちが接してほしいと思うやり方で自然に対して接することができるようになる。尊敬、協力、相互依存……すなわち与え合うことだ。

土着の文化は、もともとあった里山的ランドスケープの元で発展したわけではない。人間と自然が協調し、ゆっくり時間をかけて、何世代も生き残るような持続可能な生活様式を創り上げてきたのである。

こういった目に見えない自然とのつながり、環境との一体感こそが、もともとの里山的、社会生態学的ランドスケープの基礎となり、その進化を可能にしたのである。

人の手

里山イニシアティブでは、豊かな生物多様なランドスケープの維持には「人の手」による適切な管理が不可欠であると認識している。若者が地方からペースの早い都会へと流出すると、注意深く管理された里山ランドスケープや、それらを支える文化が放置され、生物多様性が脅かされる。そして若者は自らの直感に反して、人間が環境を汚すのはやむを得ないと考えるかもしれない。

不可欠な「人の手」は自然への奉仕である。そして環境に対するそういった配慮は里山だけに注がれるべきではなく、都会の状況にも同様に求められるものだ。都市農業や都市と生物地域環境とを結び付ける運動などへの関心が高まっているのもそのためだ。このような奉仕が行われている場所では、世界中で見られる悲惨な例のように、残酷で搾取的なことは行えないはずだ。

奉仕の精神は優しさと尊敬に満ちている。与え、注目し、相互に関わり、依存し合い、過去、現在、未来へと続く時間に敬意を払う倫理に基づいたものだ。そして、その精神は私たちと自然環境を結びつけ、同時に、ますます広がり続けるグローバルコミュニティの全てのメンバーたちを結びつけるものである。

そろそろ「生態系サービス」という狭い考えを改め、奉仕の精神(奉仕し、恩返しする)に重点を置くべきだ。自分が接して欲しいように、自然を含む他者にも接するべきだという行動規範にのっとる考え方をすべきなのだ。

相手が隣人であろうが自然であろうが、どのような関係においても、結局は自分がしたことが、自分にかえってくるというのが道徳的洞察であり、科学的事実でもあるのだから。

翻訳:石原明子

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著者

アラン・ズルチ氏はGlobal Oneness Project(世界との一体感を感じるプロジェクト)の教育の発展の分野の指導者。トランスパーソナル心理学の修士号と環境維持開発に重点をおいた保全と資源の分野の理学士号をカリフォルニア大学バークレー校で取得。日本に特徴的な里山(人間社会と自然が共生している生産的景観)の保全と再生に強い興味を持つ。