サイエンスシティは熱を地中に保存する

現在、著名なスイス連邦工科大学チューリヒ校(ETHのヘンガーベルグ・キャンパスで革新的なプロジェクトが進行中だ。サイエンス・シティと呼ばれるキャンパスの建物から出る廃熱は、今後は800本の地中パイプを通じて夏の間に地中に保存される。

保存された廃熱は「精製」され、冬の間の暖房に再利用される。システムの製作者達は、この新たなエネルギーのコンセプトがスイスにおける建築のランニングコストを革命的に変えるだろうと確信している。

サイエンス・シティの化学学科の校舎で工事が始まったのは6月。しかし、それは地上ではなく地中だった。そこと、キャンパス北東部にあるLife Science Platform(生命科学プラットフォーム)という新施設の2カ所で、キャンパスでの持続可能な熱供給のための地中蓄熱フィールドが現在工事中だ。

地中パイプ(長さ200メートルのプラスティック製のパイプ)は、化学学科の校舎には100本、キャンパス内の別の建物には130本が設置される。5メートルの間隔で地中に埋められたパイプは校舎への供給網と連結される。計画では2020年までに、800本のパイプをサイエンス・シティの校舎の地中に設置する予定だ。ETHのエネルギー戦略では、これらのパイプを利用した計画は、他の構造的な改革と共に、キャンパスのエネルギー消費から排出されるCO2をほぼゼロに抑えることが可能だと明記されている。

大きな熱交換器のようなもの

工事の発想は2006年、当時ETHの事務担当副学長だったゲルハルト・シュミット氏による決定に端を発している。セントラルヒーティングの修理を至急行なわなければならない状況で、シュミット氏は革新的なプロジェクトを支持する決定を下した。アネルギーとして知られる不要なエネルギーを、大きな地中蓄積システムを経由して地中に蓄積し、後に再利用しようというものだった。

冷却装置やコンピューターのサーバー、さらにすべての生徒や従業員は、周囲に熱を発散している。その熱を夏の間、換気扇やクーラーで放出しなければ、大講堂や事務室の温度は耐え難いほど上昇するだろう。

今までは廃熱のほとんどが周辺の大気に放出され、再利用されることなく消失していた。しかし今後は、ちょうど大きな熱交換器のような働きをする、蓄熱用のパイプを通じて地中に蓄積されるのだ。

廃熱は水循環システムを通じて、8~18度という低い温度の地中に保存される。冬になると、保存しておいた熱は再び同じ循環システムを通じてくみ上げられ、校舎の暖房に利用される。ただし8~18度という温度は暖房には十分ではないため、いくつかの電動式のヒートポンプを使って蓄熱を30~35度に「アップグレード」する。このシステムは分散化されている。つまり、各校舎に1台のコンピューターが装備され、蓄熱をどの程度温めたらいいのか、正確に制御するのだ。

熱は、それぞれの蓄熱装置から水循環システムを通じて利用でき、2020年までに9台の蓄熱装置が設置される予定だ。電気、すなわち有効エネルギー(エクセルギー)によって起動する暖房や冷房に必要な総エネルギーのうち、わずか12分の1をまかなうことを目標にしている。

しかし、計画が持つ可能性は甚大だ。確かに土壌の比熱(温度を摂氏1度上げるのに要する熱量)は約1.0kJ/kgKで、水の比熱の約4分の1しかないが、その代わり地中に蓄熱できる量はとてつもなく大きいため、そのデメリットをカバーできるのだ。設計者たちはヘンガーベルグ・キャンパスで400万立方メートルの地中を利用したいと考えている。そうすれば約1500トンの石油に匹敵する13~15ギガワット時の総出力が可能になるのだ。

断熱よりもネットワーキングを

下層土に蓄熱するというアイデアは、建築デザインやランニングコストの上で大きな可能性を秘めている。このプロジェクトの責任者を務める、設計コンサルティング会社Amstein and Walthert Engineering(アムスタイン・アンド・ヴァルタート・エンジニアリング)のトマス・ガウチ氏は、次のように端的に説明している。「むやみに断熱するのではなく、ネットワークをうまく構築すればいいのです」

例えばミネルギーPといった建築基準と同様に、サイエンス・シティは厚い断熱材を利用して熱の損失を防ぐことには主眼を置いていない。その代わり、熱の流れるスピードを遅くしたり、夏に排出される過剰な熱を冬の暖房に利用できるようにしたりすることに重点を置いている。

十分な数の地中パイプがあれば、高効率の断熱材は不要になるばかりか、むしろ逆の効果を生む可能性もある。つまり地中の蓄熱装置が冬の間に「空っぽになり」、地中の温度が再び通常の温度に下がるからこそ、廃熱を吸収できるのである。

この発想は建築業者、中でもリフォームに携わる人々にとって新たな展望を切り開いてくれる。建物をネットワーク化することで、現存する建物の骨組みをもっと自由に利用できるようになるからだ。特にサイエンス・シティのように数々の建物がバラバラに建っている場所では、建物が単体で存在するよりネットワーク化された方が、エネルギー効率はかなり高くなる。

簡易で経済的

ETHの建築学科教授であり、このプロジェクトのアドバイザーでもあるハンスユルク・レイブングット氏によると、地中蓄熱システムは経済的にも有益だという。キャンパスにある中くらいのサイズの校舎の1面をリフォームした場合、およそ1500万スイスフラン(1494万3000USドル)がかかり、断熱性の高いガラスに取り替える簡易な工事だと500万スイスフランがかかる。

一方、現在1つの校舎の下に設置中の地中蓄熱装置は、わずか150万スイスフランしかかからない。さらに、保存した廃熱をヒートポンプを使ってアップグレードするのは、石油を温めるよりも安価なので、地中蓄熱システムは石油、そしてある程度なら電力の価格の変動に対してリスクヘッジできるのだ。

「このシステムには多くのメリットがあり、比較的シンプルな仕組みです。誰かがもっと早く思いつかなかったのが驚きです」とガウチ氏は言う。

誰も思いつかなかった原因の1つに、地中パイプのために地面を掘削する長年の実績がないことが挙げられる。蓄熱用の地中パイプはスイスでほんの25年前に誕生したのだ。

しかしレイブングット氏は、地中蓄熱システムは将来的にスイスで広く受け入れられると確信している。

「スイス全体を熱の巨大なお店のように利用できる日がやって来るでしょう。土壌の熱供給システムへの接続は、下水設備や交通手段へのアクセスと同じように、当り前になるのです」

2011

年のネットワークに向けて

しかし、まずはシステム自体がうまく機能することを証明しなければならない。今のところ、同じようなプロジェクトは存在しない。計画では、2011年中旬までに2台の蓄熱装置をつなげ、その後2020年までに全部で9台の蓄熱装置と800本の地中パイプを設置する予定だ。

とはいえ、その頃には、地中蓄熱システムを採用する施設はETHだけではなくなっているだろう。実際、ガウチ氏はチューリヒの別のクライアントのために、同様のネットワークシステムを設計中だ。

翻訳:髙﨑文子

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著者

サムエル・シュレーフリ氏はジャーナリズムへ転向する前、研究助手として国際企業に5年間勤務。チューリヒ応用科学大学ヴィンタートゥール校およびドイツのハンブルク応用科学大学(HAW)にて、ジャーナリズムと組織内コミュニケーションを学んだ。在学中と卒業後に、Andelfinger Zeitung(アンデルフィンゲン行政区の新聞)、ケルンのSK Stiftung Kultur(SK文化財団)、ヴィンタートゥールのBellprat Associates(ベルプラット・アソシエイツ、建築・デザイン会社)、オンライン・マガジン「ETH Life」編集部で研修生として働いた後、フリーの編集者となる。2009年に再びCorporate Communications(ETHの広報部)に参加。現在は編集部で「ETH Globe」(外部向けの雑誌)や日刊のオンライン・マガジン「ETH Life」の編集に携わる。