ソフィー・チャオ氏はオックスフォード大学にて東洋学の学士号を、社会人類学の修士号を取得した。西チベットの遊牧民族の教師をしていたが、後にUNESCO(パリ)で勤務し、現在はイギリスの「森林に住む民族のためのプログラム」事務局長の助手を務める。チャオ氏の研究と支援は、先住民族の権利、国際法、土地保有、農業関連産業の拡大、法的多元主義についてであり、特に東南アジアとサハラ以南のアフリカに高い関心がある。
近年、基準設定イニシアティブが民間部門から続々と誕生し、それらの多くは持続可能性に関する認証スキームを実施している。この状況は主に、商品生産における環境と社会の持続可能性に対する市民社会の継続的な支持と、そうした問題への消費者の意識向上がもたらした結果だ。さらに民間部門は認証を得ることによって、信用、ブランド力、市場へのアクセスやプレミアムを高めることができるというインセンティブも、重要な要因である。最後に、産業界の慣習を改善しようとする企業の誠実な関心も、こうした傾向を促している。
国際的なレベルでは、企業と人権に関する国連指導原則は、民間部門は人権を尊重し保護すると同時に、権利侵害への救済措置を講じる責任を持つことを明記している。さらに、政府に人権を保護する能力や意欲があるかないかに関係ないとしている。
しかし、基準はどの程度まで人権を認識し、保護することができるだろうか? 基準間での調和だけでなく、基準と国際的な人権法との前向きな調和を実現するには、どうしたらよいか? さらに人権保護の観点では任意的基準は「上限を上げる」方法として捉えることが可能だが、政府レベルでのより広範囲な政策と法改正を促進することによって、任意的基準はどの程度「底上げ」することができるだろうか?
こうした疑問から誕生したのが、各基準の比較検討を行うために6つの任意的な商品基準スキームの代表者たちを集めた非政府団体(NGO)の共同体である。持続可能なパーム油のための円卓会議(RSPO)、森林管理協議会(FSC)、持続可能なバイオ燃料に関する円卓会議(RSB)、責任ある大豆に関する円卓会議(RTRS)、エビ養殖管理検討会(ShAD)、ボンスクロ(サトウキビの持続可能な生産を目指す団体)は、基準の強みと弱点を特定し、国際法と各基準との調和や改善だけでなく基準間での調和や改善に向けた主要な教訓を引き出すことを目指した。
比較検討で最初に分析された権利は慣習的な土地権だった。この権利は慣習法や慣例に従った伝統的な所有、占有、その他の利用から派生する。このような土地権は、先住民族の権利に関する国連宣言(UNDRIP)など国際法の下に法的保護を受けている。一部の国では、国の憲法、成文法、新たな法体系、さらに公的に認められている場合には慣習法によって、保護されている権利だ。
しかしグローバル・サウスのほとんどの地域では、慣習的な土地権は今でもまともに守られておらず、土地収用の原則が存続している。そのため、土地との慣習的なつながりを維持し、生計を直接的に土地から得ているコミュニティへの十分な配慮なしに、政府は広範囲の土地を投資家に引き渡すことが容易である。
6つの基準スキームにおいて慣習的権利がどのように扱われているかを比較した結果、すべての基準で、土地関連法を含む国内法および国際法へのコンプライアンスが求められていた。慣習的な土地利用者は全般的に認められており、土地に関する法的紛争がないことが認証を得る条件だった。しかし、基準の中で食料と水の安全保障について言及しているのはRSBのみだった。
いずれの基準でも、土地利用者の区分(例えば、女性、低い社会階層、季節労働者、不法占拠者、遊牧民)や、土地に対する権利における利用者間の違いに、明確な分類は見られなかった。さらに、食料、水、土地に関して言及されている場合、それらは国際的な人権関連法に関わるテーマであるため、権利そのものというより利用や管理といった観点で扱われている。いずれの基準も、土地権に関する国際法と国内法が矛盾する場合に生じる複雑な事態については言及しておらず、また国際法と国内法のどちらが優先するのかを特定していない。そのため、いずれの法令に従うかに関しては、企業の選択に依存することになる。
分析された第2の権利は、自由で事前の十分な情報に基づいた同意(FPIC)である。これはUNDRIPで最も明確に記された原則であり、人権に関する法令では黙示的に解釈されている。後者の例は、市民的および政治的権利に関する国際規約(UNCCPR)、経済的、社会的および文化的権利に関する国際規約(ICESCR)、国際労働機関条約169号 独立国における原住民および種族民に関する条約、国の食料安全保障における土地、漁業と森林の保有の権利についての任意自発的指針、生物多様性条約締約国会議における決定事項などだ。
FPICは先住民族(および一部の例では、より一般的に農村部のコミュニティを指す)の権利である。すなわち彼ら自身や、彼らが依存する資源に影響を及ぼすかもしれないプロジェクトに対して、彼らが自ら選出した代表者を通して、同意を与えたり、同意を差し控えたりする権利である。政府にはこの権利を尊重する義務があり、すべての民族が持つ自決権の行使として捉えると理解しやすい。
FPICは、FSC、RSB、RTRSおよびRSPOの原則と条件に明記されているが、ShADとボンスクロは非強制的な指針の中で言及するのみだった。FPICが「ノー」と言う権利(すなわち同意を差し控えること)と同等であると明記した基準は皆無だった。「十分な情報に基づく同意」や「事前の同意」が実際に何を意味するかという定義も、強制することなく同意を得る必要性も記されていない。企業とのやりとりや同意を求める過程で自ら選んだ代表を立てる先住民族の権利について、ボンスクロ、RTRSおよび ShADは全く言及していない。
どの基準にも共通していた課題は、同意を求める過程の実施に関するものだ。例えば、誰がFPICの権利を持ち、誰が同意を与える上でコミュニティを代表する正当な資格を持つのか? エリートだけが代表者に選出されないようにするには、どうするべきか? 機密条項を踏まえた上で、コミュニティはどの程度まで情報を与えられるべきか? 同意を求める過程はいつ開始すべきか? また、国際的な人権法によって政府はすでに義務を負っている状況において、同意を求める過程での政府と企業それぞれの相対的役割とは?
比較検討された第3の権利は、救済への権利だった(救済には、返還、補償、復旧、謝罪、再発させないという保証が含まれる)。国際法の下では、有効な救済措置を利用できること自体が、その他の認められている権利を補完する権利である。
紛争解決のメカニズムを6つの基準間で比較したところ、すべての基準で、紛争が解決済みであることが認証の条件だった。RTRSでは、公判が進行中である場合、認証を得られない。ほとんどの基準は、認証を受ける組織に紛争解決メカニズムや調停機関の設立を義務づけている。しかし「解決」の定義自体が曖昧であり、幾つかの基準はこの言葉を、紛争自体の終結ではなく紛争解決プロセスの開始として解釈している。
「紛争」の定義も不明瞭であり、紛争、争議、不和、その他の用語の間には明確な区分がないままである。同様に、そうした争いを解決すべき様々な方法も明確にされていない。紛争の解決を先延ばしにする企業の活動(多くの農村部のコミュニティ側から主要な苦情として挙げられる点だ)の差し止めを義務づける基準は皆無だった。さらに、いずれの基準も、苦情を申し立てる側あるいは地域社会が紛争解決メカニズムの開発に参加することを明確に義務づけていない。そのため、そのコミュニティに関連する紛争の解決に基準スキームが乗り出した場合に、基準の正当性が損なわれてしまう。
提示された救済策は土地の返還よりも金銭的な補償に偏る傾向があり、多くの場合、苦情を申し立てた側に不利な条件を伴う。最終的に、コミュニティと企業の間で生じる垂直的な紛争ではなく、企業による事業がコミュニティ内部での水平的な紛争を引き起こす事例についての規定は設定されていない。従って、そのような事例で企業側に責任があった場合、どのような責任なのかについても不明瞭なままだ。
任意的基準の誕生は、権利という視点でコミュニティと開発を考えようとする民間部門の動きを証明すると同時に促進している。今では多くの任意的基準が(少なくとも文書上では)、影響を被ったコミュニティとの対話や交渉や協議に尽力している。そして、国際法との関連性は以前よりも認められているが、国際法と国内法との関係はいまだに曖昧である。
問題は、各基準が別々の進化を遂げたため、人権をどのように扱うのかという点でばらつきや不一致が生じたことだ。その結果、特に複数の基準が重複する領域(例えばパーム油とバイオ燃料の基準)において、企業やコミュニティや政府機関に混乱を与えている。
実際のところ、結果の有効性(あるいは無効性)は、コミュニティが実際に基準を活用する能力(あるいは無能力)に大きく左右される。基準を活用できないとすれば、技術的なノウハウや手段や能力の欠如が原因である。基準そのものの開発にコミュニティが参加しない場合、その基準の正当性は損なわれる。
人権団体は、コミュニティの権利を守り、苦情を申し立てるために基準を利用するようにコミュニティを支援してきた。民間部門の任意的基準への取り組みを妨げずに、権利が現場において実際に尊重されるように基準を監視するために、多くの団体は「不正な者を名指しで公表すること」と「称賛すべき者を名指しで公表すること」のバランスを見いだす難しさに遭遇してきた。
コミュニティの権利を守る方法として法改正を求める人々にとって、任意的基準は司法による権利擁護の道具の1つとして活用できる。その一方、任意的基準を通した活動は民間部門の義務レベルを引き上げることが可能だ。しかし、任意的基準は政府自身が義務を全うする負担を取り除くというより、理想的には、法的枠組みや国内法を国際的な人権法令やそこに明記された人権と調和させるために、既存の法的枠組みと国内法における実質的な手続き上の変更を促進するものである。
翻訳:髙﨑文子
民間部門の認証スキームによる人権の確保 by ソフィー・ チャオ is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 Unported License.