日本の風水害と気候変動:「まさか」が「またか」に

日本列島を豪雨が襲う

平成30年7月5日、気象庁は臨時の記者会見を開き、梅雨前線の活動が活発になり8日にかけて西日本と東日本で記録的な大雨の恐れがあるとし、土砂災害や浸水、氾濫への警戒を促した。避難や備えには十分な時間的余裕があったかに思えるかもしれないが、いくつもの線状降水帯によって九州から四国・中国地方、近畿、中部の広い範囲の各所に豪雨がもたらされ、結果としては死者・行方不明者合わせて230名を上回る大惨事となった。

近年、表1のように、こうした豪雨に伴う災害が毎年のように日本列島を襲っている。

はたしてこうした風水害は増えているのだろうか。そして、それは人為的な地球温暖化に伴う気候変動のせいで今後ますます増えるのだろうか。

結論を先に述べておくと、残念ながら地球温暖化による気候変動で、今回のような豪雨災害が「まさか」から「またか」になる。 今は「これまでに経験したことのない大雨」でも、徐々に頻度が増えて、「このまえ大水害だったのに、また今度もか…」という時代がやがてやってくる。

2014年8月豪雨(広島土砂災害) 死者77人住家全壊179棟 広島市安佐南区で1時間降水量101mm
2015年9月関東・東北豪雨 2万棟近くの住家が被害を受け7名が死亡 茨城県常総市で鬼怒川の堤防が決壊し、常総市の面積の約3分の1にあたる約40km2が浸水
2016年台風10号水害 死者・行方不明者27人、500棟を超える住家全壊 観測史上初めて東北太平洋側に台風が直接上陸し、小本川(岩手県岩泉町)が氾濫しグループホームに水が流れ込む
2017年7月九州北部豪雨 死者・行方不明者26人住家全壊98棟 梅雨前線や台風第3号の影響を受けた西日本から東日本を中心とした局地的に猛烈な雨
2018年7月豪雨(西日本豪雨) 死者・行方不明者232人、全壊6,695棟、半壊10,719棟。 48 時間雨量、72 時間雨量などが、中国地方、近畿地方などの多くの地点で観測史上 1位

表1:近年の主な風水害。内閣府防災情報などによる。

経済損失は半世紀横ばい

図1は日本の風水害の人的被害と経済被害の推移を示している。河川洪水だけではなく高潮も含まれており、伊勢湾台風により5000人を超える犠牲者が出た1959年をピークとして棒グラフで示された死者数は逓減している。2004年の新潟福島豪雨、福井豪雨などによる死者は200名を超え、同年に生じた新潟中越地震による死者をはるかに上回った。

これに対し、折れ線グラフで示された経済損失は大きな年々の変動を伴いつつもこの半世紀にわたってほぼ横ばいである。すなわち、貧しく脆弱性が高かった時代に比べると防災施設も整備され生命が脅かされる可能性は低くなっているが、風水害に対して本来脆弱な地域にも資産が集積されるなどして暴露量が上がっており、結果として経済的被害はなかなか減っていない。

図1: 1875(明治8)年~2014(平成26)年の日本における洪水による犠牲者(棒グラフ)ならびに経済的損失(折れ線グラフ、2005年の経済価値に換算)。 1875年~2013年については「平成25年水害統計調査明治以降の水害被害額等の推移(表-44)」より、2014年については「平成26年水害統計調査」より作成。犠牲者の数は20世紀半ばに比べると激減したが、経済的損失はあまり減っていないことがわかる。(Nakamura and Oki, 2018より)

図2は日本において観測された1時間、12時間、24時間降水量の上位1%に相当する降水強度とその日の平均気温との関係を示している。大気中に含まれ得る最大の水蒸気量は気温10〜20度前後では気温1度の上昇に対して約7%上昇するため図中で斜めの実線としてその傾きを示しているが、ほぼこの傾きに沿っていることが分かる。

例えば東京では20世紀の間に約3℃気温が上昇しているが、そのうち地球温暖化の寄与分は約1℃程度と見込まれ、残りはヒートアイランドの影響であるとされている。温暖化だろうがヒートアイランドだろうが、気温の高い日には大気中の水蒸気量が多くなる可能性が高くなり、結果として短時間の豪雨は強くなり得たという証拠を図2は示している。実際、日本においても日降水量100mmや200mm以上の日数、時間雨量50mmや80mm以上の観測回数は増大傾向にあることが報告されている(気象庁、2012)。

なお、図2の降水強度は日平均気温25℃前後で頭打ちとなっているが、10分降水量記録で調べると頭打ち現象は観測されない。すなわち、気温の高い日の方がごく短時間の豪雨は強い傾向にあるのは間違いないが、気温の高い日にはそれが継続しにくい傾向にある。

図2: 日本全国の気象庁アメダスによる24時間、12時間、時間降水量の上位1%の値と観測された日の日平均気温との関係。斜めの実線は気温が上昇すると飽和水蒸気圧が指数関数的に約7%上昇するラインを示す。気温が高い日にはほぼ飽和水蒸気圧の上昇に対応して強い雨が降ったことがわかる。(Utsumi et al., 2011より)

現実的にはさらなる全球平均気温の上昇がある程度は避けられないため、過去に観測された日平均気温と降雨強度の関係と同様、地球温暖化に伴って大気中の水蒸気含有量の最大値が増え、それに応じて短時間の豪雨の強さは増大するものと見込まれる。すなわち、いわゆるゲリラ豪雨は頻度がさらに増大するのはほぼ確実である。

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参考文献

気象庁、2013: 気候変動監視レポート2012

Nakamura, S., and T. Oki, 2018: Paradigm Shifts on Flood Risk Management in Japan: Detecting Triggers of Design Flood Revisions in the Modern Era, Water Resour. Res., in print.

Utsumi, N., S. Seto, S. Kanae, E. Maeda, and T. Oki, 2011: Does higher surface air temperature intensify extreme precipitation?, Geophys. Res. Lett., 38, L16708.

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この記事は環境新聞で最初に公表されたものであり、許可を得て転載しています。

著者

沖大幹は国連大学上級副学長とともに、 国連事務次長補を務める。

地球規模の水文学および世界の水資源の持続可能性に関する研究の第一人者で、現在は東京大学生産技術研究所 (IIS)教授として、水文学および水資源工学の研究グループを統括している。

これまで、東京大学生産技術研究所(IIS)助教授(2003-2006年)、文部科学省大学共同利用機関(当時)総合地球環境 学研究所助教授(2002-2003年)、IIS助教授(1997-2002年)、講師(1995-1997年)、助手(1989-1995年)を歴任。 また2005年から2006年には、内閣府総合科学技術会議事務局(当時)の上席政策調査員も務めた。現在、東京大学総長特任補佐としても従事している。

東京大学にて工学の博士号を取得。これまで、出版文化賞(2014年、土木学会)、生態学琵琶湖賞(2011年、日本生態学会)など、主要な賞を多数受賞している。