チリツィ・マルワラ教授は国連大学の第7代学長であり、国連事務次長を務めている。人工知能(AI)の専門家であり、前職はヨハネスブルグ大学(南ア)の副学長である。マルワラ教授はケンブリッジ大学(英国)で博士号を、プレトリア大学(南アフリカ)で機械工学の修士号を、ケース・ウェスタン・リザーブ大学(米国)で機械工学の理学士号(優等位)を取得。
アフリカがデジタル革命に備える中、2024年8月23日に開催されるアフリカ開発会議(TICAD) では国連大学(UNU)、アフリカ連合(AU)、パンアフリカ大学(PAU)がイベント「アフリカにおけるイノベーション」を共催する。
この会議は、アフリカ・デジタル・コンパクト(ADC)とアフリカ大陸人工知能戦略(CAIS)がもたらし得る変革に光をあてる絶好の機会だ。このテーマ別イベントは、アイデアについて語るだけの場ではなく、アフリカにおけるデジタル技術の未来を構想することにつながるのである。イノベーションがどのように持続可能な開発を推進し、アフリカ大陸をデジタル時代のグローバルプレーヤーとして位置づけることができるかを検討するための会議なのだ。
重要な動きとして、アフリカ連合は2024年7月にADCとCAISを採択することで、アフリカにおけるデジタルの未来に対するリーダーシップとコミットメントを示した。これらは単なる政策文書ではなく、統一されたビジョンを示している。ADCは、デジタル技術のもつ力を、大陸全体の経済成長、社会の福祉、長期的な発展のために活用することを目的としている。
CAISは、アジェンダ2063および持続可能な開発目標(SDGs)に沿って、アフリカにおける持続可能な開発のために人工知能(AI)を活用することを目的としている。アジェンダ2063とは、2013年にアフリカ連合が採択したアフリカの50年にわたる社会経済変革の枠組みだ。
CAISは包摂的な成長、持続可能な開発、そして政治と経済の一体化に重点を置いている。貧困、不平等、気候変動などの課題に取り組み、グッドガバナンスと平和を推進している。またCAISは倫理的なAIの実践を訴え、国家戦略の調和を求め、アジェンダ2063を達成するための地域的・世界的協力を推奨している。
「アフリカにおけるイノベーション」は、アフリカのデジタル未来に向けたビジョンを一致させるための絶好の機会だ。このイベントでは、デジタル・トランスフォーメーションがアフリカ独自の課題にどのように対処し、アジェンダ2063に向けて前進するための道を開くことができるかについて掘り下げる。イベントが醸成しようとするこのビジョンの一致こそが、アフリカのデジタル未来を推進するだろう。
アフリカには、ADCとCAISの目的に沿った画期的な取り組みがすでにいくつか存在する。例えば、 ディープラーニング・インダバ(Deep Learning Indaba)は、アフリカにおいて機械学習とAIを専門とする研究者と実務家たちが毎年集まるイベントだ。この事業は、コミュニティーを育み、人材開発をすすめ、卓越性を奨励することでアフリカの機会学習を強化することを目指している。
この取り組みは、デジタル・トランスフォーメーションを先導する次世代のイノベーターをアフリカ大陸がどのように育成するかを示すよい例である。
成長著しいスタートアップのエコシステム
こうした動きと同様に、成長が著しいスタートアップのエコシステムがアフリカで急速に拡大しており、 レラパ(Lelapa)のような企業がテック業界の重要なプレーヤーとして台頭している。レラパはアフリカの課題を現地のソリューションで解決することに注力している南アフリカのAI企業であり、アフリカのスタートアップ企業がいかにして大陸内部からイノベーションを推進しているかを示す好例だ。
このような企業は、アフリカ諸言語の自然言語処理(NLP)研究を推進する草の根活動団体である、 マサハネNLP(Masakhane Natural Language Processing)が開始したような広範なデータベースに頼っている。このマサハネという事業は、アフリカの大規模言語モデル(LLM)開発における基盤となっている。
ルワンダにおけるジップラインのドローン配送網は、血液やワクチンなどの必需品を遠隔地に配送して医療に革命をもたらした。この革新的なシステムは地理的障壁を克服し、医療成果を向上させ、ドローン技術の持つ潜在力を示している。
このようなアフリカのエコシステムは起業家精神を奨励し、雇用を創出し、ADCとCAISの使命に欠かせない経済成長に貢献している。
「アフリカにおけるイノベーション」では、学術界と民間セクターの専門家、さらに最近大学を卒業したばかりの若者を招き、ADCとCAISがアフリカのアジェンダ2063達成にどのように貢献できるかを議論する。
ディスカッションでは、デジタルスキルの訓練を通じたデジタル格差の解消とコミュニティーのエンパワーメントに焦点を当てる。これらは、居住地や社会経済的地位にかかわらず、すべてのアフリカ人がデジタル経済の機会を活用できるようにするための重要な施策だ。
このイベントでは、AIや技術革新を背景としたディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)と包摂的な経済成長、気候変動とデジタル・トランスフォーメーションといった条件下での起業活動、若者のキャリア機会を支援するためのイノベーションと職業訓練の活用の重要性といった重大な問題も取り上げる。
これらのディスカッションでは、雇用を創出し、強靭で自給自足が可能なアフリカを構築するために不可欠なイノベーションと起業の文化を育むために、ADCとCAISの戦略的枠組みをどのように活用できるかに焦点が当てられる。
ADCとCAISは、技術的な進歩を超えて人間の福祉を向上させ、デジタルの権利を保護し、社会の結束を醸成することもまたデジタル・トランスフォーメーションの目的である、という文脈の中で捉えるべきだ。ADCとCAISは、人々をそのビジョンの中心に据えて、より包摂的で公正なデジタル環境をアフリカ全土に創出することを目指している。
しかし、こうしたイニシアチブと並行して、国連にも同様の枠組みが存在する。グローバル・デジタル・コンパクト(GDC)はADCのグローバル版と見なすことができ、AIに関するハイレベル諮問機関(HLAB)は、アフリカ大陸に焦点を当てるCAISとは対照的に、グローバルレベルでのAIを取り扱っている。
GDCおよびAIに関するHLABは、アフリカ大陸がデジタル技術とAIの進歩の恩恵を享受できるように、ADC、CAISと連携しなければならない。GDCおよびAIに関するHLABによる提言は、2024年9月に開催される未来サミットで議論される。未来サミットは、グローバルな課題に取り組み、グローバル・ガバナンスを推進し、持続可能な開発を進めるための国際会議だ。
ADCおよびこれから最終合意されるGDC、CAIS、そして同じく最終合意が予定されているAIに関するHLABは緊密に連携し、地域レベル、そして世界レベルでデジタル技術とAIを活用した未来を推進する共生関係を形成すべきだ。
ADCおよびGDCという2つの文書は共に、デジタル技術が包摂的な開発を促進し、経済成長を後押しし、社会の福祉を向上させる世界という共通ビジョンを共有することが期待されている。これにより、デジタル格差を解消し、デジタルの権利を保護し、すべての人にとって安全で公正なデジタル環境を実現することに貢献できる。
TICAD閣僚会合のサイドイベントとして開かれる、アフリカのイノベーションに関するディスカッションでは、日本を含む世界各国と提携し、デジタル技術がもたらす機会を捉えるというアフリカの決意が明確に示されるはずだ。ADCは、デジタル・トランスフォーメーションがアフリカ大陸全体の包摂的な成長と繁栄の共有を促進するための原動力であり続けるための指針となる枠組みである。
アフリカが独自の課題に対処し、イノベーションの機会をつかむ中で、ADCとCAISをGDCやAIに関するHLABなどのグローバルな枠組みと整合させることが不可欠だ。この戦略的連携により、AIが利用可能なデジタル未来に向けたアフリカのビジョンがグローバルな取り組みとシームレスに統合され、包摂的な成長と繁栄が促進されるだろう。
アジェンダ2063を達成するためには、デジタル・イノベーションと協力を通じて進歩を推進し、アフリカ大陸をグローバルなデジタル経済の重要なプレーヤーとして確立するというアフリカの決意が極めて重要となる。
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この記事は最初にDaily Maverickに掲載されたものです。Daily Maverickウェブサイトに掲載された記事はこちらからご覧ください。