急速に広がるスローフード運動

おいしくて、きれいで、ただしくて、地球に負担をかけないものは何か? それは「スローフード」だ、と答える人が世界中で増えている。

スローフード運動は、Our Worldでくり返し扱っているテーマでもあるファストフードの成長および世界的な食料システムにおけるその他の変化を受けて、1989年にイタリアで始まった。それから25年が経過した現在、スローフード運動は150カ国以上に1,500を超えるコンヴィヴィウム(支部)を持ち、その会員数は数百万人に上る。会員の多くは、料理人、農家、漁師、活動家、研究者、生産者など、食に強い関心を持つ人々である。

スローフード運動の主な使命は、「地域の食文化や伝統の消滅を防ぎ、ファストフードやファストライフの席巻を阻止し、自分たちの食べている物について、またそれがどこから来て、私たちの食べ物の選択がどのように世界に影響を与えるかについての人々の興味の減退に対抗する」ことである。これは確かにかなり壮大な探求であるが、「おいしい、きれい、ただしい」という一般的な言葉を使って、以下のようにわかりやすく定義することができる。

スローフードとは……
おいしい 私たちの味覚を満足させ、地域文化の一部となっている、新鮮で風味豊かな旬の食べ物
きれい 環境、動物の福祉、または人間の健康を脅かすことのない食料生産および消費
ただしい 生産者にとって公正な条件と報酬、および消費者にとって手ごろな価格

 

生産者および生産物は、「おいしい、きれい、ただしい」というテーマを満たすために、例えば「オーガニック」や「フェアトレード」といった認証を必ずしも受ける必要はない(もちろん受けた方が望ましいのではあるが)。また、サステイナビリティ(持続可能性)という言葉が大々的に取り上げられることもない。地球と人々を正しく扱うということが、この組織の哲学における前提である。それは、食べ物を単に商品とみなす考え方を否定し、食の生物多様性を世界の文化的多様性の象徴ととらえ、その両方を守ろうとする理念である。

サローネ・デル・グスト/テッラ・マードレ

10月23日から27日にかけてイタリアのトリノで開催された2014年サローネ・デル・グスト/テッラ・マードレに、世界中の「スローフーディーズ」が集結した。このイベントは、1,000人を超える国内の小規模生産者が集まるイタリア拠点の食の見本市「サローネ・デル・グスト」と、推定170カ国以上の小規模生産者が互いに交流し、自分たちの生活基盤に影響を及ぼす問題について話し合い、世界中からやってきた来場者に各自の生産物を紹介することができる隔年開催の世界的なネットワークスペース「テッラ・マードレ」という、以前は別々に開催されていた2つのイベントを合体させたものである。

「会って、挨拶して、食べて」ということなら、よくある国際的な集会と変わらないだろうと思われるかもしれないが、このイベントのスケールとパワーには間違いなく驚かされるだろう。120カ国から3,000人を超える出展者が集結し、5日間でイタリア国内および海外から220,000人以上が来場した。

会場には1,500以上の出典ブースが並び、チーズ、加工肉、パスタ(やはりイタリアである)といった各種食品のほか、油、豆、ジャム、野菜、果物、海産物、アルコール飲料など、数え上げればきりがないありとあらゆる食材が宣伝、販売された。これらの出典ブースのほかに、さまざまなセミナー、料理のワークショップやプレゼンテーション、ネットワーク会合、映画、劇場、そして「食用の昆虫と雑草」、「韓国の精進料理」、「エチオピアの蜂蜜」、「カクテル作りにおける氷と温度の重要性」といった幅広いテーマの公開討論が行われた。

「皆さんは大地と海の有識者です」と、スローフード創始者のカルロ・ペトリーニ氏は、2014年サローネ・デル・グスト/テッラ・マードレで会員に向けて語りかけた。

4つの巨大な展示会場や食のワークショップや会議を大勢の来場者に紛れて行ったり来たりしたこの5日間で、そのすべてを満喫し尽くすことは不可能であった。実際に見たり食べたりした物よりも、見逃したり食べ逃したりした物の方がずっと多い。(今後の参考のために)サローネ・デル・グスト/テッラ・マードレを最大限に楽しむためのコツは、自分のペースを保ち、参加するイベントや座談会を慎重に選び、その後の数時間を乗り切るために刺激物(もちろんコーヒー、そして試食品や試飲品)を時折戦略的に摂取することである。通常は、イベントの開始時間は午前11時で、終了は夕食の時間を大幅に過ぎた頃となる。

Terra Madre exhibition

テッラ・マードレの展示。後ろに見えるのは味の箱舟。写真:Alva K. Lim。

皮肉なことに、この団体のモットーは「スロー」という言葉(スローフードのほかにも、「スローフィッシュ」、「スローキッズ」、「スローマネー」などがある)であるにもかかわらず、このイベントは想像しうる限り最速のペースで進められた。1週間にわたってトリノ内外に滞在した数千人の出展者は言うまでもなく、900人を超えるボランティア、スローフードのスタッフ、および数百のパートナー団体を集結させたイタリアは、称賛に値するだろう。

10月22日に行われた開会式は、まるで「食のオリンピック」といった趣きで、音楽が流れるなか、トリノ冬季オリンピックの会場となったアリーナの一つに主要な出展者が出身国の旗を振りながら入場した。ここ数年にわたり、サローネ・デル・グストとテッラ・マードレのイベント(合同開催になって今年で2回目)は、英国のチャールズ皇太子やヴァンダナ・シヴァ氏、そして今年は英国人料理人のジェイミー・オリヴァー氏といった、著名な講演者を迎えている。今年は、ローマ教皇フランシスコや米国大統領夫人のミシェル・オバマ氏から応援のメッセージが届いた。ミシェル・オバマ氏は、学校の菜園やホワイトハウスの家庭菜園に熱心に取り組んでいることで知られている。

スローフードの創始者兼会長である、イタリアのベテラン活動家カルロ・ペトリーニ氏はチーフモチベーターとして、その場にいる会員に向けてスピーチを行い、彼らが「大地と海の有識者」だと語った。その後、5大陸を代表する出展者数名が、自らの生産物の保護に関する成功談や、工業型農業、自然災害、気候変動との闘いにおける進行中の課題について話した。

味の箱舟

スローフードは、よりただしくきれいな食料システムについて話し合うだけでなく、味の箱舟というユニークなイニシアティブを通じて言葉を実行に移し、天然食材の農業生物多様性や、地球上の伝統的で文化的重要性の高いさまざまな食材を保護するため、具体的な行動を起こしている。箱舟は、「地球全体の文化、歴史、伝統に属する小規模な良質の生産」を将来の世代も継続できるよう、そうした生産をまずは特定し、次に促進・保護することを目的に、いわば「世界を旅して」いる。

The Ark

味の箱舟に乗船できた、絶滅の危機に瀕している食材が並んだ棚。現在までに2,000種類以上の食材が認定されている。写真:Alva K. Lim。

2014年のイベントの第一のテーマである味の箱舟は、2018年までに「絶滅の危機に瀕している」10,000種類の食材を保護することを目指している。開会式の参列者は、現時点で108カ国2,000種類以上に上る食材が特定され、登録されているという説明を聞いた。これらのほかに、さらに認定候補の数千種類の食材が、箱舟をかたどった600平方メートルの印象的なディスプレーに展示された。イベント期間中、出展者や来場者たちは自分たちの生産物をこのディスプレーに加えていき、近い将来に味の箱舟の各委員会による認定を受けられるようノミネートした。

実際に、こうした食材があるという口コミがスローフードのネットワーク全体に広がり、サローネ・デル・グスト/テッラ・マードレを通じて世界レベルで生産・販売が継続されることで、それらの製品は絶滅の危機を脱する可能性がある。味の箱舟の認定推薦はこちらから行うことができる。

家族農業の救済

今年のイベントの2大テーマのもう1つは、家族農業である。世界全体で営まれている農場のうちの85%が家族経営だと知って驚く人も多いだろう。国連が2014年を国際家族農業年とすると宣言したことからも、家族農業の重要性がうかがえる。創始者兼会長のカルロ・ペトリーニ氏は、今年のイベントで情熱的なスピーチを行い、「ようやく国連食糧農業機関(FAO)も理解してくれました」と声高に語った。今年に入ってからOur Worldが公開したこのインタビューで、ペトリーニ氏のスローフードに関する考えをより詳しく知ることができる。

Carlo Petrini

スローフード創始者兼会長である、イタリアのベテラン活動家カルロ・ペトリーニ氏は、今年のイベントで情熱的なスピーチを行い、「ようやくFAOも理解してくれました」と声高に語った。写真:Alva K. Lim。

国連食糧農業機関(FAO)は現在、小規模農家による有機農業を今後の国際農業が進むべき持続可能な方向性として公然と支持しているが、他方、ほとんどの国の政府が、工業的で単一文化的な生産のために広大な土地を収奪する多国籍企業にとって有利な政策を進めている。

開会式のスピーチを聞いて、また5日間にわたって出展ブースを歩き回ってわかったことは、家族農業の経営にいかにして若者を関与させるかが普遍的な課題だということである。どこにいる若者も、またどの国の若者も、食に関心を持っているように見受けられる。世の中には数えきれないほどの食をテーマにしたテレビ番組やブログ、さらには大学の講座までもが存在する。しかし、果たしてどれだけの若者が、親たちがしてきたのと同じように、食物を育てるために自らの受けた教育を活かそうとするだろうか?

ファストフード文化の流れに逆らう

サローネ・デル・グスト/テッラ・マードレでの実際の交流や金銭的な取引からわかるのは、同じ志を持つ世界中の人々が、自分たちの生産する食料や文化や経済的な生活基盤を守るための方法として、スローフードと結び付けているということである。スローフード認定を受けた製品を買うこと、すなわち自らのフォークで選ぶことは、生物多様性を守るための直接的な方法なのである。

しかし、味の箱舟やスローフードのその他のイニシアチブにとって、すべてが順風満帆というわけではない。スローフード運動は、とくに開発途上国で今も成長を続けているファストフード文化に何とかして切り込もうとしているが、大きな抵抗に直面している。加工され、不健康であるにもかかわらず多くの人々が依存している、安価で食品に見せかけた物質を生み出す工業型農業の支持者である、有力な企業や政府勢力を相手に、スローフード運動は苦戦を強いられている。今回のようなイベントでは、釈迦に説法に終わってしまう危険性がつねにある。当然のことながら、イベントの参加者のほとんどはすでに持続可能な食の信奉者だからである。

したがって、新たな支持者を開拓するべきであり、クリティカルマスに達するための戦略に、在来メディア、政府パートナー、民間企業を組み込む必要がある。食の政治は単純なものではなく、成長する組織はとかく、当初のプラットフォームからの逸脱という非難を受けがちである。スローフードは、組織が成長し、ラバッツァ・コーヒーなどのいくつかの企業スポンサーとの提携を進める中で、スローフードの「おいしい、きれい、ただしい」というモットーにスポンサーも従っているかどうか、慎重に気を配る必要がある。コーヒーに関しては、長年にわたり続けてきたエチオピアのコーヒー生産者への支援を通じて、ラバッツァとのパートナーシップを構築しなければならない。これらの生産者の多くは、スローフードの支援を受けるとともに、スローフードに支援を提供している。

皮肉なことに、この団体のモットーは「スロー」という言葉(スローフードのほかにも、「スローフィッシュ」、「スローキッズ」、「スローマネー」などがある)であるにもかかわらず、このイベントは想像しうる限り最速のペースで進められた。

また、スローフードがイタリアの多くの生産者を支援していることはよく知られているが(3つの巨大な展示会場で大勢の生産者がチーズや加工肉や菓子を展示・販売した)、加えて開発途上国の生産者への支援も行っており、この2つの間で葛藤が生じている。「地中海地域の伝統的なチーズ」に関する味覚ワークショップでは、欧州連合(EU)の規制により、レバノン、エジプト、チュニジアの生産者は植物検疫上の理由で自分たちの作ったチーズをイタリアに持ち込むことができなかった。グローバル・サウスの生産者の多くは、より裕福な市場で自分たちの生産物を販売するにあたって困難に直面し続けている。他方、例えばイタリアやフランスのチーズは、政情の安定した国であれば大抵どこでも(とくに高級スーパーなどで)手に入る。西側諸国の食の活動家たちは、こうしたダブル・スタンダードが存在することを認め、これに取り組むべきである。

確かにスローフードは、アフリカの出展者を募ろうと、また10,000ガーデン・イニシアティブを通じてアフリカ大陸の食料生産者を支援しようと多大な努力をしている。しかし、イタリアをすでに追い越した、あるいは今後数年で追い越そうとしている新興国(中国、インド、インドネシア、ナイジェリア、ブラジルなど)の国民のクリティカルマスに達するよう、イタリア中心的な組織性質から長期的に脱却するためにできることはほかにもまだある。例えば、スローフードのディスプレーやパンフレットなどについて、英語やその他の国際的な言語(スペイン語やフランス語など)での表記を増やしたり、グローバル・サウスからのパネリスト(とくに生産者)を増やしたりといった変更が可能であろう。

将来的には、2007年にメキシコのプエブラでテッラ・マードレが開催されたように、サローネ・デル・グスト/テッラ・マードレの共同開催を別の国で行うことも、大胆で先見性のある試みといえる。そうした試みによって、新興諸国の人々が、多くの先進国の後を追って、おいしくも、きれいでも、ただしくもないファストフード文化へと向かうのではなく、スローフードの価値観を採り入れる、あるいは取り戻す可能性が高まるだろう。

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マーク・ノタラスは、シドニー・スローフード・コンヴィヴィウムのメンバーであり、2014年サローネ・デル・グスト/テッラ・マードレのオーストラリア代表団に同行した。この記事の中で表明された見解は同氏の個人的な意見であり、スローフードまたはその関連機関の意見ではない。

翻訳:日本コンベンションサービス

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著者

マーク・ノタラスは2009年~2012年まで国連大学メディアセンターのOur World 2.0 のライター兼編集者であり、また国連大学サステイナビリティと平和研究所(UNU-ISP)の研究員であった。オーストラリア国立大学とオスロのPeace Research Institute (PRIO) にて国際関係学(平和紛争分野を専攻)の修士号を取得し、2013年にはバンコクのChulalpngkorn 大学にてロータリーの平和フェローシップを修了している。現在彼は東ティモールのNGOでコミュニティーで行う農業や紛争解決のプロジェクトのアドバイザーとして活躍している。