排水中で進化するスーパーバグ、食物に入り込むことも

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私たちは、一般的な感染症が再び致命的な病となり得る「ポスト抗生物質時代」に足を踏み入れつつある。薬剤耐性と呼ばれる現象が、現代医学の核心を脅かしているのである。

薬剤耐性とは、抗生物質が「細菌を殺す」という自らの役割を果たせなくなった時に生じ、細菌はその薬剤に耐性を持つようになることで、薬剤の大量投与下でも増殖を続ける。

こうした事態はすでに起こっている。医師は感染症を治療できず、患者は病を克服するために医療施設への長期入院を余儀なくされているのである。2050年までに、薬剤耐性を原因として年間1,000万人が命を落とし、世界全体のGDP損失額は100兆米ドルに上るとの予測がなされている。

人間医療および畜産における細菌感染治療や成長促進を目的とした抗生物質の不適切な使用と過剰な使用が、私たちの健康を危険にさらしている。

こうした事態を背景に、今週、世界の指導者たちはこの問題について話し合うため、国連総会に結集し、同問題への対処を目的とする行動計画の承認を行った。過去にこのレベルで議論が行われた保健関連のテーマとしては、HIVと非感染性疾患、そしてエボラがあるのみである。

何がそれほど問題なのか?

世界各地で、一般的な感染症の治療のために使われる抗菌薬に耐性を持つようになりつつある。かつて抗生物質による治癒が可能であった尿路感染症やクラミジア、淋病、梅毒などの性感染症が、今では高い薬剤耐性を示している。もはや効果的な抗生物質はないに等しい。つまり、疾病が長期化し、死亡率が高まっているということである。

一方、細菌株が耐性を得るのに要する時間は、新薬の試験と検証に要する時間よりも大抵短いため、製薬会社は新薬の開発に十分な関心を示さない

国連にできることは?

こうした状況を変えるには、すべての国が一致団結して行動する必要がある。ニューヨークで開催された今回の会合は、問題の重大さに見合ったレベルでの議論を促すまたとない好機と言える。

抗生物質の使い方を改めるための行動を起こすには、適切なモニタリングを行う必要があるが、いずれの国も、国際機関による連携なしに単独でこれを行うことはできない。従って、国連はデータ収集や啓発において加盟国の協力を求めるべきである。

加盟国は直ちに国際規制を採択すべきであり、また、法的拘束力のあるグローバルなサーベイランスシステムが求められる。今や一刻の猶予も許されない状況であり、薬剤耐性は現実の脅威として取り返しのつかない局面へと急速に近づきつつあるのである。

見落とされる視点

薬剤耐性に関する議論が開始されたとはいえ、ある重要な要素が見落とされている。人間と生態系の健康を脅かすリスクは、同時に水質劣化へと強く結びついているのだ。

細菌感染治療のために抗生物質を服用すると、体内の耐性菌は排泄され、最終的に排水処理施設にたどり着く。下水道と処理施設は家庭や病院から出る廃棄物の主要な収集器となり、そこでさまざまな種類の細菌が混ざり合うことで、細菌間における抗生物質耐性遺伝子のまん延に最適な条件が作り出されている。

Kavoor Sewerage Treatment Plant

処理施設は家庭や病院から出る廃棄物の主要な収集器となり、そこでさまざまな種類の細菌が混ざり合うことで、細菌間における抗生物質耐性遺伝子のまん延に最適な条件が作り出されている。Photo: Asian Development Bank, Creative Commons BY-NC-ND 2.0

処理施設は人間環境と自然環境の間の隔たりを橋渡しするものであることから、これを通じ、耐性菌と非耐性菌のいずれもが淡水生態系にまで到達可能となる。とくに処理済み排水を再生水として利用する場合、排水研究は薬剤耐性のまん延について理解するうえできわめて重要な役割を果たすものである。実際、乾燥地域での持続可能な水管理を実現するために処理済み排水の利用が増加する中、これに伴って耐性菌も私たちの食物に入り込むようになる可能性がある。

必要となるのは、こうした重要な環境的側面を考慮しつつ、人間の健康という観点から、システム全体を見渡す観点へと思考を転換させることである。

私たちにできること

国連食糧農業機関と世界保健機関による行動計画では、あらゆる生物の健康と環境の健全性が相互に結びつくものであるとの宣言がなされている。

これをさらに一歩前進させ、人間と動物の健康のために採択される戦略には排水への特別な配慮も盛り込む必要がある。

水は私たちのあらゆる活動に大きな影響を及ぼすものであり、包括的なアプローチなくしては、この問題に対する効果的 かつグローバルなレジリエンスを構築することはできない。グローバルな行動計画に廃排水という要素を組み込むことによって、薬剤耐性の発現とまん延のプロセスを遅らせることができるかもしれない。

私たち関係機関が啓発・政策・国際基準を提唱する一方、個人レベルでもできることがある。今後、医師の診察を受ける際は、抗生物質に関する説明によく耳を傾け、処方箋が出された場合にのみ、そして本当に必要な場合に限って服用することである。

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本記事は当初、The Conversationに掲載された。元の記事はこちら

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排水中で進化するスーパーバグ、食物に入り込むことも by セレナ・カウッチ is licensed under a Creative Commons Attribution-NoDerivatives 4.0 International License. Permissions beyond the scope of this license may be available at The Conversation.

著者

セレナ・カウッチ氏は、国連大学物質フラックス・資源統合管理研究所(UNU-FLORES)廃棄物管理部の研究アシスタントである。水と土壌と廃棄物のネクサスにおける廃棄物管理の側面から学術的発展および能力開発のための活動に取り組んでおり、研究成果の開発プロセスのサポート、「排水の農業への安全な利用プロジェクト」など、多数のステークホルダーからなるプロジェクトに関係する継続中の能力開発事業に貢献している。UNU-FLORESに入所する以前は、ドレスデン工科大学水生生物学研究所にて、人為的環境における水や衛生、抗生物質耐性に関する研究に従事。イタリアのフィレンツェ大学で環境科学修士号を取得し、現在はドイツのドレスデン工科大で環境微生物学(排水管理と抗生物質耐性による水界の汚染)に関する博士論文を執筆中である。