私が育った1980~90年代の日本では、寿司は大事な来客やお祝い事がある時にだけ饗されるご馳走だった。月に一度食べられるかどうかさえやっとで、今日のように毎週なんてことはまずありえなかった。
そんな無垢な時代が過ぎ、海外旅行をするようになって、私もアメリカの地元のスーパーマーケットの作り置きの寿司を食べるのが習慣になった。東京でも、友達との安くて早い食事といえば、回転寿司が私たちのお気に入りだ。寿司を載せたベルトコンベアが店内を回り、客が自分で好きな寿司を取って食べるファストフードスタイルの寿司レストランである。実のところ、寿司が手頃な価格で手軽に食べられるようになり、高級寿司屋に足を踏み入れた回数の何倍も、私は寿司を食べている。
大の寿司好きである映画製作者マーク・ホール氏は、2004年にポーランドで寿司屋を見つけた時に、寿司人気が世界中に拡大していることを知った。数年後、同氏はドキュメンタリー映画「寿司:ザ・グローバル・キャッチ」の製作に着手し、現在世界中の国際映画祭で上映されている。この映画は、寿司の芸術性、歴史、文化に対するラブストーリーであり、また、寿司産業の世界進出と、全世界の飽くなき食欲により避けることのできない損失(特にクロマグロ)に対する悲嘆のドキュメンタリーでもある。
この映画は海からの贈り物の消費習慣について考えさせる。これらの贈り物を将来も享受するために、私たちにはどんな選択肢があるのか?ただちに寿司を食べることを止めるのか?それとも、何か別の選択肢の研究が進行中なのか?
この映画はマイケル・ムーア監督スタイルの単独クロマグロ救済運動ではないが、日本の珍味を今後も楽しむためには寿司を取り巻く複雑な問題への認識を促すことが唯一の方法だと、ホール氏が考えていたことも確かである。映画の中でホール氏は、日本の漁師や寿司職人の第一人者、水産加工会社の経営者、そして、サンフランシスコの持続可能な寿司レストランのオーナー、キャッソン・トレナー氏にインタビューしている。また、映画の舞台はオーストラリアに移り、マグロ養殖の先駆者、ハーゲン・シュテール氏や、現地の水産養殖会社シーコルの子会社のアリステア・ダグラス氏にもインタビューが行われる。
Our World 2.0ではこれまでに何度も、クロマグロのみならずさまざまな海水魚の異常な消失率に関して話し合われ、議論を重ねてきた。この映画を観れば、魚市場に行かずして、こういった問題を間近に見ることができるのだ。私たちがこのまま変わらず、乱獲されている魚を食べ続け、乱獲の恐れが低い魚を選んで食べるということをしなかったら、寿司のために魚は絶滅していくでしょう。
マーク・ホール監督に、この映画の製作過程について尋ねた。
Q: 初めて寿司を食べたのはいつですか?
A: 20代半ばでした。ほとんど日本食は食べずに育ったので、大学生の頃にレストランで初めて寿司の存在を知りました。「生魚」に挑戦する勇気が出たのは大学院生の時です。その頃、私は通商産業省(2001年、経済産業省に名称変更)の奨学金制度を利用して日本に留学することになっていたのですが、当時の彼女があか抜けたニューヨーカーで、私を寿司レストランに連れて行くことがあったおかげか、日本に行っても寿司を怖がることはなかったと思います。初めて食べた時から寿司が好きになりましたよ。どうしてもっと早く食べなかったのだろうと悔やまれます。今ではアメリカでは3~4歳の子供でさえ熱烈な寿司ファンですよ。
Q: 映画を撮ろうと思ったきっかけは何ですか?
A: 2004年から2005年までポーランドの有機農業協同組合で仕事をしていたのですが、ある朝ワルシャワで農業・農村振興省の会合がありました。会議が昼まで続いたので、そこに出席していた65才以上と見受けられる二人の紳士を昼食に誘いました。輸入食品などがほとんど手に入らないソ連時代をポーランドで過ごされた方々ですから、てっきりポーランド料理を出すカフェなどに行くものだと思っていたのですが、なんと二人とも寿司を食べたいと言ったのです!ワルシャワでは他にもたくさんの寿司好きに出会いました。寿司レストランも24~25軒ありました。この会合は寿司が「世界フード」になったことを、私に深く印象付けたのです。これは正に、この30年の間に起きた経済のグローバル化の典型例であり、南カリフォルニアに「上陸」した寿司が世界に広まる30年間とほぼ重なります。この「ひらめき」へのオマージュとして、ポーランドの寿司の短いシーンも映画に挿入しました。
Q: 映画製作に入る前に、この問題の深刻度を知っていましたか?
A: いいえ。プロジェクトを開始した2007年後半(撮影開始は2008年3月の東京)の時点では、寿司人気により魚の乱獲問題がどれほど深刻化しているか知りませんでした。海洋生物学者へのインタビューを重ねるにつれ、生食用として人気の魚が乱獲されていて、寿司の人気が影響していることを知ったのです。急激に増加する中国での寿司消費量にも強く興味をひかれ不安になりました。また、私がポーランドで寿司を食べていた頃、生食用の魚の世界流通における二酸化炭素排出量は相当だったに違いないということにも気づきました。
Q: この映画製作を通じて、どんな発見をしましたか?
A: たくさんありますよ!寿司は様々な伝統習慣から成る複雑な料理で、寿司用語、特に板前(専門家、料理人)が店で使う専門用語には興味を惹かれました。例えば「むらさき」(文字通り色の’紫’だが、寿司屋の板前たちは’醤油’の意味で使う)や、「がり」(寿司の付合せの生姜の酢漬け)などの単語です。また、日本の伝統的な見習い制度も非常に面白いと思いました。北米やヨーロッパでは、その経験値に関わらず誰もが自分を「寿司シェフ」と名乗ることができますから。寿司を握る人すべてを寿司シェフと認めるわけではない日本の制度の方が、寿司をより持続可能にすると思います。おそらく消費量の削減にも貢献するでしょう。
Q: 映画で描きたかったのに、盛り込めなかったことはありますか?例えば、マグロの乱獲への解決策は他にもありましたか?もしあったなら、今回の映画に盛り込まなかった理由は何ですか?
A: 中国での寿司の消費量の高まりを撮影できなかったことが悔やまれます。予算が足りず断念しました。近畿大学が研究する、マグロなどの難しい魚の高度な養殖技術についてもインタビューがしたかったです。寿司は実に豊かなテーマで、まだまだ何年も撮影することができました!寿司には3つの「未来」がある。消費者教育(Seafood WatchのiPhoneアプリ)、直接行動(グリーンピース)、技術的「奇跡」(オーストラリアのクロマグロ研究所)が、マグロなどの高度な魚類を乱獲による消滅から守る解決策なのです。
私たちみんなが責任を持てば、これからもずっと何世代にも渡り、世界中の人々が寿司を楽しむことができるのです。
Q: この映画が寿司を食べる人々にどんな影響を与えることを期待していますか?
A: 世界中の寿司愛好家に、どのようにして魚が食卓まで運ばれてくるかを今以上に知ってもらえたらと思います。私たちがこのまま変わらず、乱獲されている魚を食べつづけ、乱獲の恐れが低い魚を選んで食べるということをしなかったら、寿司のために魚は絶滅していくでしょう。また、世界中の人々に日本の寿司の伝統習慣を深く理解して欲しいと期待しています。
Q: 映画”End of the Line/飽食の海”も海洋魚の減少がテーマですが、あなたの映画との違いは何ですか?海洋魚保護の観点で、あなたの映画が新たに提案するものは何ですか?
A: 初めて「End of the Line/飽食の海」について聞いたのは、2009年3月にオーストラリアで撮影をしているときでした。とても良い映画でした。しかし、「寿司:ザ・グローバル・キャッチ」が着目しているのは、世界的人気により予期せぬ結果(乱獲や文化的希釈)を招いてしまった食品(例えば寿司)なのです。私の映画を観た人は、寿司の発展がもたらした意図せぬ生態学的損失に対し不安を口にします。彼らの多く、無論寿司愛好家も、この問題を知らなかったからです。
Q: 日本で上映する予定はありますか?その場合、どのような反響を期待していますか?寿司は日本食なので、日本人にはより責任があると思いますか?もしそうお考えでしたら、理由もお聞かせください。
A: 日本でも上映して欲しいと願っています。プログラムに取り上げてもらえることを祈りつつ、メジャー映画祭の一つである東京国際映画祭にエントリーしました。ただ、アジアでも南北アメリカ大陸でもヨーロッパでも、寿司を食べている全部の国で上映してもらいたいと思っていますよ。そして、寿司の世界的普及が招いたいかなる予期せぬ結果に関しても、日本人に特別な責任があるとは思っていません。日本はこんなに美味しい食べ物を与えてくれました。私たちみんなが責任を持てば、これからもずっと何世代にも渡り、世界中の人々が寿司を楽しむことができるのです。
翻訳:上杉 牧
世界中で愛され(すぎ)る寿司 by 西倉 めぐみ is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 Unported License.