持続可能な海洋管理:最新データと楽観視の理由

まずは良いニュースから始めよう。今月に入って、私たちは、海洋がもたらす恩恵についての人々の認識を調べた主要調査NEOPSプロジェクトのもとで実施された調査)の最初の結果を発表した。この調査結果を見ると、支持政党、年齢層、さらには居住地域と海の近接度といった違いを超えて、持続可能な海洋管理への理解と支援のための驚くほど広範な基盤が存在することがわかる。さらに重要なことに、一般市民が持続可能な海洋管理を支えるためにどのような行動をとる覚悟でいるのかということも浮き彫りになった。

しかしまずは、より幅広い文脈をとらえてみよう。環境問題に関する報告の共通テーマは、(1)今こそ行動の時であり、もしも意思決定プロセスが行き詰まったり、目標が未達成のままであったりすれば、(2)国際社会は救いようのない膠着状態に陥り、必要な規模の協調行動をとることができなくなってしまうという主張である。

海洋は、このパラダイムに完全に適合するように思われる。海洋の境界はもともと流動的であるため、水産資源、海洋プラスチック、農業排水からの栄養塩、およびその他のさまざまな物質が容易に海上国境を越えて移動する。さらに、国連海洋法条約(UNCLOS)により、領海基線から通常200海里までの水域とされる一連の排他的経済水域(EEZ)が定められているものの、主なEEZの境界線のなかには論争の的となっているものもある。さらに、海の表面積の60%以上は、統治の枠組みも監視体制も不十分な公海と呼ばれるグレーゾーンとなっている。

確かにこれは大きな難問だが、国際社会には大きな問題を解決する力がないという主張を信じる人にとって、フロンガス(CFC)の使用に関するモントリオール議定書の事例はうれしい驚きだろう。1970年代に科学者たちは、CFCが地球を保護するオゾン層に入り込む性質を持ち、そこで構成元素に分解されて、オゾン分子の結合を破壊するということを発見した。1980年代には、南極圏のオゾンホールが拡大していることがNASAのデータによって確認されている。しかし、1987年にモントリオール議定書が批准されてから25年間で、CFCの生産と使用は急激に減少するとともに、オゾンの量は安定してきており、2030年までに1980年以前の水準に回復する見込みである。

2015年初めに発表されたモデルによれば、もしも現状維持の姿勢が主流だったならば、現在のオゾンホールは40%大きく、皮膚がんやその他の悪影響もこれに伴って増加していたはずである。

では、成功のカギは何だったのか?確かに、自然システムの慎重な科学的分析も行われ、国際的な意思決定も効果的だった。しかし何よりも重要な役割を果たしたのは、きわめて効果的なコミュニケーションのための努力と一般市民の継続的な関心であったように思われる(ただし1980年代半ばにも、CFC業界はこの科学的結論は決定的なものではなく、規制を行う必要はないと訴え、政策決定者に圧力をかけていた)。

海洋についての人々の認識

学術誌『Marine Policy』の2015年12月号に掲載され、現在 オンラインでも閲覧可能となっている私たちの調査(「海洋生態系サービス:必要不可欠性の認識と、その持続可能な利用に対する市民の関与」)は、海洋に関する一般市民の関心の程度にとくに目を向けている。この調査は、海洋から得られる恩恵(いわゆる生態系サービス)について一般市民がどのように認識しているのかということだけでなく、海洋生態系サービスの保護と持続可能な利用を実現するために人々はどのような行動をとる覚悟でいるのかということを明らかにするものである。

米国各地に暮らす約1,500人の回答を見ると、かなり大きな楽観の余地があることがわかる。

回答者は、「自国の」海と「他国の」海をあまり区別せず、大気と同様に世界の共有物とみなしている。

第一に、海洋生態系サービスの必要不可欠性の認識および現状について、米国と世界との間に非常に強い相関関係が見られた。これは、回答者が「自国の」海と「他国の」海をあまり区別せず、大気と同様に世界の共有物とみなしていることを示している。また、特定地域の海洋問題がその地域の問題にとどまり続けるわけではなく、例えば海洋汚染や 酸性化のように、発生源がどこかにかかわらず、世界中の海洋生物に影響を及ぼすということが広く理解されていることもわかる。

第二に、持続可能な海洋管理を支えるために実施可能な行動の中で圧倒的に反対意見が多かったのは課税だった。これに対して、エコ製品の購入や環境にやさしい企業への支援については、反対意見がほとんどなかった。さらに、年齢と課税への反対意見との間には強い正の相関関係が見られた。20代の回答者の約25%は持続可能な海洋管理を支えるための課税に反対であるのに対し、60代の回答者では、課税に反対する回答者の割合はその2倍の50%以上となっている。他方、持続可能な海洋管理の促進に尽力する企業への支援に反対する人は、どの年齢層でも15%に満たなかった。

図1:年齢層別に見た、持続可能な海洋管理を推進するための課税に反対する回答者の割合(青色の線=女性回答者、茶色の線=男性回答者)。

図1:年齢層別に見た、持続可能な海洋管理を推進するための課税に反対する回答者の割合(青色の線=女性回答者、茶色の線=男性回答者)。

第三に、海洋生態系サービスの必要不可欠性についての認識と、Cook Partisan Voting Index(クック投票動向指数)により測定された支持政党との間には、相関関係は見られなかった。さらに、課税への反対意見と支持政党との間にも相関関係は見られなかった。これはおそらく最も驚くべき結果だろう。なぜなら、米国政治の二極化は激しさを増しており、環境保護主義と規制のない自由市場に対する支持は、政治的スペクトラムの両極端に位置するものとみなされているからである。これらの結果から、海洋生態系サービスとそれを維持するためのさまざまな形の協力の重要性について、暗黙裡にではあるものの、非常に幅広いコンセンサスが形成されていることがわかる。

図2:Cook Partisan Voting Indexとの対比における、必要不可欠性の認識と、持続可能な海洋管理のために快く税金を払うという意思(点はそれぞれ1つの州を表す)。

図2:Cook Partisan Voting Indexとの対比における、必要不可欠性の認識と、持続可能な海洋管理のために快く税金を払うという意思(点はそれぞれ1つの州を表す)。

最後に、回答者それぞれの居住地域と海がどれだけ近いかと、現状の海洋生態系の必要不可欠性の認識との間にも、相関関係は見られなかった。例えば、ユタ州、モンタナ州、ケンタッキー州などの海のない州に暮らす回答者は、ハワイ州、フロリダ州、ロードアイランド州などの沿岸州に暮らす回答者とほぼ同程度に、海洋システムの価値を認識していた。

この最後の結果はおそらく、米国の沿岸コミュニティの多くが比較的歴史の浅い地域であるという事実に起因する。例えば、 日本で実施された一般市民の考え方に関する同様の調査では、「文化的生態系サービス」に対する認識が、沿岸生態系を守るために行動したいという意思と最も強く結びついていた。この強い文化重視の姿勢はおそらく、里山と里海の概念に由来するものである。里山と里海では、何世代にもわたって続く人間と自然の密接な結びつきが、ランドスケープとシースケープのそれぞれにおいて、さまざまな形態の持続可能な生産活動からなる多様なモザイクを生み出している。

最終的にこの調査結果が示しているのは、持続可能な海洋管理を構築・促進するための共通の基盤がすでに相当程度築かれているようだということである。さらに、恩恵を与えてくれる財やサービスを生む生態系への近接度が持続可能な管理慣行を促すという主張もあるが、今回の調査結果を見ると、海洋システムでは陸域システムに比べてその違いは小さいようである。

最後に、課税に対する強い反対意見は米国の文化規範に関係するものと考えられるが、環境にやさしい企業への支援やエコ製品の購入に対してはほとんど反対意見がないという調査結果から、自発的なボトムアップ型の取り組みが、将来に向けてより持続可能な海洋管理を目指すための低リスクで確実性の高い道だということがわかる。

地政学的に見ると、2015年は海洋の転換点となる年かもしれない。9月には、「海洋と海洋資源を持続可能な開発に向けて保全し、持続可能な形で利用する」ことを目指す持続可能な開発目標の目標14が、国連総会で最終承認を受けた。 また2015年には、国家管轄権外海域における生物多様性の保全および持続可能な利用のための法的拘束力のある文書を作成することに国連加盟国が正式に合意し、広大な公海の生物多様性保護に向けて最初の一歩を踏み出した。そして最後になるが、2015年11月パリで開催された注目の気候変動会議の結果は、海洋酸性化、さらには海洋生態系の基盤そのものに長期的な影響を及ぼすものとなるだろう。

政策行動と、広範な科学知識、一般市民の関心がいま一度結びついて、1987年のモントリオール議定書に匹敵するような待望の成果が生み出されることを願うばかりである。

この調査は、科学研究費補助金新学術領域研究の5カ年プロジェクト「新海洋像:その機能と持続的利用(NEOPS)」の支援を一部受けています。本プロジェクトと調査結果についての詳細は、NEOPSのウェブサイトをご覧ください。

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持続可能な海洋管理:最新データと楽観の理由 by ロバート・ブラジアック, Kaoru Ichikawa and Nobuyuki Yagi is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 4.0 International License.

著者

ロバート・ブラジアック氏は、東京大学大学院農学生命科学研究科のリサーチ・フェローで、持続可能な漁業の管理における国際協力の可能性について研究している。現在、国連大学サステイナビリティ高等研究所(UNU-IAS)のFUKUSHIMAグローバルコミュニケーション事業に関わっており、また以前は同大学のSATOYAMAイニシアティブにも取り組んでいた。

市川薫氏は国連大学サステイナビリティ高等研究所(UNU-IAS)のリサーチフェローであり、SATOYAMAイニシアティブの研究要員である。

八木 信行

東京大学

八木 信行博士は、東京大学の准教授であり、専門分野は経済開発および海洋政策である。東京大学以前は水産庁に従事。1999年から2002年まで、米国ワシントンDCにある日本大使館にて一等書記官を、2003年から2008年まではOECD水産委員会の理事を務めた。また米国フィラデルフィア州ペンシルベニア大学ウォートン・スクール(1994年卒)にてMBA修士号を取得し、2008年には東京大学大学院農学生命科学研究科にて博士課程を取得した。