「私たちにとっては今の方がいい。寒いよりも暖かい方が、村にリンゴや桑の実も育つから」
クルボンベジムさんは長年にわたり、パミール高原の西に広がるクフの谷で農業を営んできた。彼女の住む集落や周辺の村々では、暑い夏のおかげで今年初めて栽培に成功した作物がある。一見すると、一部の地域にとっては気候変動にも明るい側面があるように見える。
同時に、彼女のように高原の農村部に暮らす数多くの人々は、氷河に大きく依存しながら生きている。作物の水やり、家畜の飼育、そして自分たちの飲料水にも氷河の水を使っているからだ。
「私たちの生活は水と結びついている。水がなかったら私たちはどうすればいいの?」彼女は言う。地域の貯水量が減少していることを懸念しているのだ。
タジキスタン政府によると、パミール高原の氷河の水量は1960年と比較して25%減少している。
気候変動の捉え方は人によって異なり複雑だ。気候変動の影響を単に善悪に分けて考えることはできない。Our World 2.0のビデオ映像で紹介されたタジキスタン女性の視点からもわかるように、気候変動は益にも害にもなり得るのだ。
このプロジェクトは、タジキスタン科学アカデミー動物学・寄生虫学研究所(Institute of Zoology and Parasitology of Academy of Sciences, Tajikistan)のアブドゥサットール・サイドフ教授および同パミール生物学研究所(Pamir Biological Institute of Academy of Sciences, Tajikistan)のアブドゥルナザール・アブドゥルナザロフ博士の共同プロジェクトであり、第一線で活躍するタジキスタンの科学者と地域社会が恊働し、気候変動に関する科学的および伝統的知識の活用による相乗効果と立証を目的としている。
全国的な傾向
驚くことではないが、タジキスタンの気温、降水量、季節や天気は、今後はより大きな変動や予測不能に直面するだろう。地域が受ける影響やその範囲を正確に把握するのは難しいが、夏はさらに暑くなり、冬の寒さは一層厳しくなるかもしれない。そして、気温が上がれば、寒い山間部では穀物が良く育つようになるかもしれないが、氷河から流れ込む水の量は減少してしまうかもしれない。
エンジニアリング科学の第一人者で、タジキスタン人科学者として唯一南極を訪れた経験を持つアブドゥルハミド・カユモフ教授は、2009年の南極氷床観測遠征に参加した。パミール高原は南極と同様の状況にあり、タジキスタン最大のフェドチェンコ氷河の融解速度は、パミール地域の現地モニタリングの強化の必要性を訴えている、と同氏は言う。
国連気候変動枠組条約(UNFCCC)に基づいて作成された第2次タジキスタン政府報告書は、タジキスタンや周辺の低地地域が直面する厳しい実態を表している。
気候変動がタジキスタンに与える影響は、氷河の融解による食糧や水の供給の不安定化だけではない。農村地域と都市部の両方で、健康問題や原生の動植物への影響を感じる住民が増えている。
タジキスタン政府によると、パミール高原の氷河の水量は1960年と比較して25%減少している。しかし、現在、アラル海地域の水資源の50%以上は氷河からのものであり、この地域に住む約4,000 万人が氷河の水で暮らしている。氷河融解は、タジキスタンの生態学的共同体にも深刻な影響を及ぼす可能性がある。
タジキスタンの水文気象学局が公開した写真からは、ガルモ氷河が1932年当時に比べて7キロメートルも後退していることがわかる。これは、1年間あたり約100メートルの縮小に相当する。報告書は、この状況を「中央アジアの大規模氷河の中で最も深刻な後退」であると指摘している。
ガルモ氷河の後退
出典: UNFCCC第2次タジキスタン政府報告書
さらに、1966年から2000年にかけて行われた調査によると、極地を除いては世界最長となるフェドチェンコ氷河も44キロメートル(全面積の6%)後退した。2006年の報告書によれば、これは年間16メートルの縮小に等しい。また、氷河の高さも1980年当時から50メートル低くなっていると考えられており、専門家たちは氷河が年々「やせ細っている」と指摘する。
タジキスタンの科学者たちは、これまでの気候変動モデリングが気温上昇や氷河融解を過小評価してきたのではないかという懸念を抱いている。この「ラグ効果」は、2007年に発表されたスターン報告でも確認されている。
出典:タジキスタン水文気象学局
気候の健康=人々の健康
気候変動がタジキスタンに与える影響は、氷河の融解による食糧や水の供給の不安定化だけではない。農村地域と都市部の両方で、健康問題や原生の動植物への影響を感じる住民が増えている。
気温の上昇は、タジキスタンの低地地域に以前は存在しなかったマラリアをもたらした。人々は新たな病気にどのように対処していけばよいのか情報を必要としている。
タジキスタンの環境状況報告書は、すでに2001年の時点で「温暖化の影響で、マラリアのような生物媒介の病気やその他の危険な病気が急速に広がるだろう」と警告を始めていた。
パミール高原の東側に位置するブルンクル湖近くには、バクティベジム・ナビエヴァさんと彼女の夫が運営する地域の気象観測所がある。極度に寒い冬を経験したばかりの彼ら地元住民から見た気候変動は、クルボンベジムさんの見解とは異なっている。
「昨年は大雪が降った。多くの家畜が死に、私たちとっては大きな打撃となった」と彼らは振り返る。
「今年の厳しい気候のせいで、皆が病気になってしまった」とナビエヴァさんは訴えた。
しかし、近年の極度の寒さにも関わらず、この10年で地元の湖の面積はずいぶん小さくなってしまったと彼女は話す。
「ブルンクル湖は蒸発して消滅してしまうだろう。家畜に食べさせる草がある湿地も不足している」
ナビエヴァさんは、地域のもう一つの湖であるトゥズ湖についても、湖の塩分含有量が増し、風に運ばれた塩が地元の人々に呼吸障害を引き起こしていると指摘する。
さらに、危険にさらされているのは人々の健康だけではなく、地域に住む動物たちも同じだ。山間の湖で食糧を得るのは渡り鳥だけではない。湖の規模が縮小すれば、魚やアイベックス(野生のヤギ)、山麓の草地、絶滅危惧種に指定されているユキヒョウまで、生態系全体がその影響を受けるだろう。
地域の伝統的知識を守る国際基金
タジキスタンの科学者たちは、ベルリンに拠点を構えるポツダム気候影響研究所の支援を得て第2次政府報告書を作成した。彼ら科学者たちは気象科学に関して高度な専門知識を有している。報告書の作成に携わった約50名の科学者や専門家は、ソ連時代に研修を受けた者たちであった。
実際、国境を隔ててパミール高原と隣接し、戦争で荒廃したアフガニスタンも、パミール地域の持続可能な土地利用を目指す総合的ネットワークを通じ、これらの専門知識の恩恵を受けた。
しかし、タジキスタンの知識人たちは、地域レベルでの研究、モデリングおよび複合的モニタリングを行うために、より多くの地域的および国際的な資金を必要としている。また、気候変動会議において英語が主要言語となっている現状を修正し、ロシア語で研修を受けた中央および内陸アジアの専門家たちが十分に能力を発揮できるように体制を整えなければならない。
結局のところ、地元住民のために迅速かつ地域密着型の戦略を立てていく上で、主要な役割を担うのはタジキスタンの専門家たちなのだ。彼らの肩に多くがかかっている。
このプロジェクトが、科学者による専門知識と地域の知識を活用した革新的なモニタリングにつながることが望まれている一方で、多くの課題が山積みになっている。
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このビデオ映像は、タジキスタン科学アカデミー動物学・寄生虫学研究所およびクリステンセン基金の協力を得て国連大学メディアスタジオのキット・ウィリアムズが作成した。
翻訳:森泉綾美