タスマニアのジャガイモを守る

ジャガイモは長年オーストラリア人の好物とされてきた。最近、タスマニアでは種子の専門家までが、イモに注目している。

「イモの品種の多様性はあまり求められなくなってきています」とレオニー・ホワイト氏は述べる。彼女はタスマニア大学とタスマニア州政府が合同で行う事業Tasmanian Institute of Agricultural Research(タスマニア農業研究機関)の種イモ認定士である。

ホワイト氏とTasSeed(タスシード)として知られるTasmanian Certified Seed Potato Scheme(タスマニア種イモ認定計画)のチームは、このようなジャガイモへの関心の低さをどうにかしようと対策をこうじている。2009年中旬から Fresh Market Heritage and Boutique Potato Development(伝統的生鮮市場とジャガイモ開発というプロジェクトを立ち上げつつあるのだ。

タスシードのような種子認定計画の目的は、人間にとって最も貴重なこの作物の遺伝子を保存し育てることと、栽培を行う人々をサポートすることであ る。ホワイト氏と彼女の同僚は官・民の栽培者たちを代表し、130~140の新種や旧種を集めて管理している。現在のプロジェクトは元々5人の農民たちと 共に始めたものだが、最近は参加を希望する農民たちが増えつつある。

試験管で育つイモ

世界のジャガイモの年間消費量は1人当たり平均31.3キロにもなる。1988年以降、彼女らはまさにグローバルなこの作物のため、オーストラリアの島、タスマニア州で組織培養を収集し継続してきた。

タスシードは培養で小さな種イモを育て、生鮮市場でのジャガイモの品種を増やす努力をしている。これらの種イモは試験管に入れられ、コンピュータによって蛍光灯の点灯時間を調節するなど、環境を高度に制御した部屋で育てられている。

種イモは汚染されやすいため、入念な滅菌処理が必要である。また栽培に失敗した場合のコストは高く、同じ品種を輸入するだけで3500~5500米ドルもかかる場合がある。

「祖先から受け継いできた一般的な品種は既に70~80年の歴史があり、それを失うとしたら惜しいことです」とホワイト氏は懸念する。

種イモが培養されると、認定種イモ栽培者がそれを受け取る。彼らは12ヶ月も前に注文済みなのだ。ホワイト氏が言うには、「作物種子」(種イモから育てる作物)が「商品作物」(食べられる作物)に育つまでには約5年かかるため、栽培者はかなり先を見越して計画を立てなければならないそうだ。

便利だけど、品種は減少

そもそも食用作物第4位(穀物以外では第1位)のジャガイモを保護するため、なぜこれほどの努力がなされているのだろうか?現在でもアンデス地方では5000種以上のジャガイモが栽培されており、それは古代インカ帝国の時代と変わらない。にもかかわらず、世界中の都市部や産業地域のスーパーには、たいてい5,6種類の一般的な種類が並べられているに過ぎない。

「大きなスーパーでは洗って泥を落としたものが置かれています」とホワイト氏。

「現代社会では手早く簡単に使えるものが求められています。ですからスーパーの側もあらゆる人のニーズを満たすような品種のみを準備するのです」

企業合併の嵐と消費者の利便性を考えれば、国連の食糧農業機関(FAO)による、過去100年の間に75%もの食物品種が失われてしまったという研究結果にも納得がいく。

前向きな動きとしては、市民自らがリンゴなどの種を育て交換することによって多様性を維持しようという小さな運動がある。スーパーではほんの数種類しか手に入れることができないからだ。

ジャガイモやその他の生鮮食料を買う際、客が考慮に入れるのは値段、見た目と調理時間(イモの皮むきには手間がかかる)である。

ホワイト氏によると「イモの種類をあまり知らないため、きれいに洗ってあるものを求めがちですが、実際は泥がついているほうが長く保存できたりします」ということだ。

ファーストフードを食べる習慣も生産者に影響を与えている。タスマニアでは、マクドナルドやマッケインフーズなどの多国籍企業は、収益率が高く、冷 凍フライドポテト向きで、家庭で使われるジャガイモより安価な品種を特定して契約を結んでいる。そのように経済利益を図る姿勢は政府や一次元的な経済モデ ルとしては立派かもしれないが、農家側は定期的に反対意見を表明している。

毎年がイモ年

国連が2008年を「国際イモ年」と認定したことに興味を抱く人も多いだろう。ジャガイモがこれほどの注目を浴びるのは1840年にジャガイモ飢饉が起こったとき以来である。この飢饉の原因はイモの品種が少なかったことだとされている。FAOはこの歴史を忘れてはいない。

「害虫や疫病と闘い、収益を上げ、わずかな土地での生産を持続させるためには、ジャガイモを基盤にした今日の農業システムに絶えず新種を供給しなければなりません。それにはあらゆるジャガイモの遺伝子プールへのアクセスが必要です」

現在の経済システムの裏で、ジャガイモの多様性は疫病や気候変動によって脅かされ続けている。FAOによると、気候変動により野生のジャガイモが自生する面積は70%も減ってしまう可能性があるそうだ。

この状況に対し、イモの多様性を守ろうとする動きが世界各地で起こっている。この万能な野菜の祖国でも同様である。アンデス地方のペルーの農民たちは「ポテトパーク」を設立した。その目的は生き残っている品種を守り、持続可能な使用を行い、自分たちが開発した品種に対する権利を維持することにある。

ジャガイモを愛する人々が新たに懸念しているのは、遺伝子組み換えによる問題の複雑化である。

好みのジャガイモは?

ホワイト氏は、タスマニアでは人々が徐々に様々な形、大きさ、色のジャガイモを認識し始めていると感じている。面白い品種としては、クランベリーレッド、名前どおり皮と実が紫のパープルコンゴなどがある。こういった品種は栽培者用ガイドに挙げられており、それぞれに適した調理方法(煮る、蒸す、サラダ用、など)が詳しく説明されている。

「耳慣れない名前のジャガイモもありますが、何年もかかって組織培養されてきたものです。これらは今まで利用されずに保存されてきました。これまで育てた16種のジャガイモを有名シェフに送り、感想を求めているところです」

ではホワイト氏の好みのジャガイモは?

「ピンクアイやニコラ種が好き」だそうだ。

このように科学技術に基づいて政府と研究機関が協力し合い、農民を巻き込みながら支援する素晴らしいモデルケースを、Our World 2.0から報告できることをうれしく感じている。

「私たちのプログラムによってジャガイモの品種が増え、新しいレシピが考案され、生鮮市場での生産者が増えることを願っています」とホワイト氏は述べる。

私たちの願いも同じである。

翻訳:石原明子

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著者

マーク・ノタラスは2009年~2012年まで国連大学メディアセンターのOur World 2.0 のライター兼編集者であり、また国連大学サステイナビリティと平和研究所(UNU-ISP)の研究員であった。オーストラリア国立大学とオスロのPeace Research Institute (PRIO) にて国際関係学(平和紛争分野を専攻)の修士号を取得し、2013年にはバンコクのChulalpngkorn 大学にてロータリーの平和フェローシップを修了している。現在彼は東ティモールのNGOでコミュニティーで行う農業や紛争解決のプロジェクトのアドバイザーとして活躍している。