気候変動・移住・健康のつながり:低所得地域への影響

本稿は、移住、気候変動、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の相関性と深刻な課題を探究する国連大学移住ネットワーク・シリーズの記事です。本シリーズの記事を通じてこれらのつながりを地域および地球レベルで検証し、移住者への影響を明らかにしながら、エビデンスに基づく洞察を国連加盟国や政府、政策立案者に提供します。

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気候に関連する移住とそれが健康に与える影響は、気候変動の影響に関する現在の議論において中心的なテーマである。しかし、数多く予測や予想されているにもかかわらず、そのような人々の移動の規模と、そうした移動が移住者の健康に与える影響について、意見は一致していない。それでも、サハラ以南アフリカなどの低所得地域では、最も大規模な移住が起こる可能性が高い。低所得地域の経済は農業など環境の影響を受けやすい活動に大きく依存している上に、不利な社会政治的・人口学的背景も移住に拍車をかけている

そのため、気候変動はサハラ以南アフリカにおいて収入源にさらなる悪影響を与え、生活状況をいっそう悪化させ、乏しい資源を巡る争いを激化させ、医療サービスへのアクセスを制限する恐れがある。最終的にそれは、しばしば最後の手段として、または健康を追求するために、移住を促進する要因となる。COVID-19による移動制限がいったん解除されると、サハラ以南アフリカの地域社会の脆弱性がさらに高まる可能性がある。

サハラ以南アフリカや他の地域における気候変動・移住・健康のつながりを理解するために、継続的な取り組みがなされている。それでも、今なお多くのメカニズムが調査不足であるか、または正しく理解されていない。そうした例として、気候変動が特定の健康リスクをもたらす地域への移住、健康上の影響を伴う気候リスクのある地域で暮らす移住ができない住民、または、気候変動の影響から逃れるとともに健康とウェルビーイング(身体的、精神的、社会的に良好な状態であること)を守るための移住がある。こうした問題を受けて、データと手法、専門知識を結び付けるために、生物科学、(社会)健康科学、経済学を含む統合的な研究アプローチが提唱されている。このアプローチがあれば、これらの移住パターンに対するより包括的な理解につながるだろう。

さらに、予防的意味からは「気候変動への対応能力にすぐれ、移住者を包摂する医療制度」への移行が、影響を受けた地域社会への対策として推奨されている。サハラ以南アフリカや多くの低所得国の医療施設では、人員不足や地理的に不適当な配置、不適切なスキルミックス(多職種間の協働)に悩まされている。気候関連の移住における医療の特徴を明らかにすることで、複雑な移住パターンについて理解を深めることができ、また人権に基づく保健ガバナンスの開発によりよい情報を提供して、最終的にはサハラ以南アフリカや他の地域において、地方と国の医療制度を強化できるようになる。

モザンビークにおけるサイクロン「アイダイ」の影響。Photo: Denis Onyodi/IFRC/DRK/Climate Centre, Creative Commons BY-NC 2.0

現在、気候関連の移住と健康に関する研究において、介護者や家庭医はあまり取り上げられていないが、彼らは医療制度において複数の分野に従事し、地域社会で中心的な役割を果たしていることから、気候変動と移住、健康のつながりにおける医療の役割を議論するためのすぐれた情報源になる。

そのため、私たちはゲント大学とサハラ以南アフリカの複数パートナーが参加する学際的研究チームと協力して、サハラ以南アフリカで定性的研究を実施している間に、このテーマに関して介護者や家庭医の意見を調査した。これにより、気候変動、移住、健康、および医療の間の複雑で連続するフィードバックメカニズム(最終的な結果が原因にさかのぼって影響する仕組み)が明らかになった。例えば、2019年にマラウイ、モザンビーク、ジンバブエで壊滅的な被害をもたらしたサイクロン「アイダイ」が、人々の生活を左右する出来事の連鎖を生み出し、地域の脆弱な医療制度をさらに弱体化させたことについて、モザンビークの家庭医は次のように説明している。

「サイクロンはこれまでにも上陸していましたが、アイダイは本当に恐ろしいサイクロンでした。私が心を痛めているのは、政府が住民に対して、より高く安全な場所への避難を求める警告を全く発しなかったことです。サイクロンは一夜にして道路を破壊し、家を押し流し、一部のコミュニティは完全に消滅しました……遺体を回収することもできませんでした……医療制度が非常に脆弱な国々で、住民の間に大変な不安と絶望が生じていました。

こうした人々を助けるのは容易ではありませんでした。この国ではHIVが非常に蔓延しており、家が流された一部の人は抗レトロウイルス薬が手に入らなくなりました。政府の対応には時間がかかりすぎました……人々はきれいな水にアクセスできず、そのような場所では水系感染症が数多く発生します。私が主に懸念しているのは、インフラが修復され、診療所が再開するまでに、長い時間がかかるだろうということです。同じ地域をまた大災害が襲ったらどうなるでしょうか? 人々がその地域から別の地域へ移住することが想像できます。医療制度はどのように対応すればよいのでしょうか? そこでは感染症が発生するでしょう。私たちはすでに多くの医師も失っています。医師たちもまた、よりよい環境や条件を求めて国を去っています」

サイクロン「アイダイ」により大きな被害を受けたモザンビークの産婦人科診療所の前に立つ女性。Photo: © IOM Mozambique

気候変動と(気候が原因の)移住が健康や医療に与える影響に包括的に対処するため、Expert Panel on Effective Ways of Investing in Health(健康への有効な投資法に関する専門家パネル)は、欧州委員会に助言を行い「グローバル・サウスにおける移住(および難民危機)、気候変動、(医療、教育、食料生産などのための)能力育成には、強い相関性がある。欧州連合(EU)の政策ではこうした問題に、統合的でより包括的な方法によって、プッシュ要因(移民の送り出し要因)とプル要因(移民の引き入れ要因)、および社会経済的・生態学的な促進要因に着目して取り組むことが望まれる」として、多部門連携を強化したアプローチを要請している

例えば、多部門連携による緊急対応チームには、最も医療を必要としているコミュニティと密接に関わっている家庭医と政府の医療責任者を統合すべきである。また非政府組織(NGO)の能力育成を行えば、医療制度が打撃を受ける危機的状況への対応も強化できる。場合によっては、現地の地元組織の方が体制が整っているため、とりわけ地域住民の参加(砂漠化を防ぐための植林活動といった地域社会レベルの介入など)を促す上で、迅速な対応が可能なこともある。保健センターはNGOと協力して、作物の栽培や植林、水使用の規制、廃棄物のリサイクルなど、グッドプラクティスの事例を示すことが望ましい。さらに、グローバル・ノースとより公正な政治および貿易のパートナーシップを築き、倫理的な農業・食料生産政策を導入することが、サハラ以南アフリカが将来の気候危機の影響に対処できるようになるための前提条件となる。そして最後に、高所得国は、温室効果ガス排出量を迅速かつ大幅に削減するという疑う余地のない責任を果たすべきであるのは言うまでもない。

 

著者

イルセ・ルイセンは国連大学地域統合比較研究所(UNU-CRIS)の教授であり、ゲント大学経済学科の助教授である。

シャルロット・シェーレンスはゲント大学、ハーバード大学医学大学院、カリフォルニア大学サンフランシスコ校の健康社会学者でポスドク研究員である。