エイリフ ウルシン・リード
Center for International Climate and Environmental Researchエイリフ・ウルシン・リード氏はオスロの気候環境研究センター(CICERO)の情報部門に勤務している。ライターおよびフリーランスのジャーナリストの経歴を持ち、現在Many Strong Voices(多くの揺るぎない意見)のプロジェクトに携わっている。
ホッキョクグマの泳ぐ姿が北極での海氷の消失を示すシンボルになったように、太平洋やインド洋の遠洋に浮かぶ環礁は海面上昇の影響を示す象徴となった。
気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の予測では、海面は2100年までに最大58センチ上昇する。海抜高度が最高2メートルに満たないような島々では惨事が起こるだろうと推測するのは、極めて当然である。
だが、それは本当だろうか?一見すると明白な物事が、よく見てみると複雑であることは多い。それは気候変動に関しても言えることだ。
「環境移民」にまつわる話題や、海面上昇の影響で国全体が島から離れなくてはならなくなるという話題と共に、熱帯の島は過去数年間にわたり関心を集めてきた。にもかかわらず、海面上昇に関する研究は数少ない。
気候変動が起こっていることに疑問の余地はほとんどない。海面が今世紀中に上昇し、その結果、深刻な洪水の事例が増えるのは、ほぼ確実だろう。しかし、そういった状況が世界中の島の人々に及ぼす影響やその程度については、また別の話だ。見通しは必ずしも喜ばしいものではないが、少なくとも実行可能な対策、環境適合、知識、復元力について言及した見通しであり、私たちがよく見聞きするような、世界の破滅を連想させる一面的な物語ではない。
Many h2 Voices(MSV、多くの揺るぎない意見)は、気候変動の複雑性を伝えるために研究者と団体によって組織されたプロジェクトで、島の人々が知識に基づいた決断を下せるように情報を収集することを目的にしている。
今年、MSVのパートナーである太平洋地球科学委員会(SOPAC)のアーサー・P.ウェブ氏と、オークランド大学のポール・S.ケンチ氏は最もよく知られた説の1つ、すなわち「島々は沈みつつある」という説に新たな光を投げかけた。この説は環境活動家やジャーナリスト、政治家たちの間でよく語られてきた物語である。
1年前、コペンハーゲンでの気候変動会議に先だって、モルディブ共和国のモハメド・ナシード大統領はインド洋のうねる波の下、海中で議会を開いた。話題性に富んだこの行動の目的は、気候変動による海面上昇がモルディブやその他の島々を水没の危機に追いやっている状況を伝えるためだったが、当時すでにポール・S.ケンチ氏は共同通信に対し、モルディブの将来は「必ずしも破滅的でも悲観的でもない」と話している。
「島は姿を変えるでしょうが、その後も存在し続けるでしょう」と彼は語り、モルディブに関する自身の研究で示された、環境の変化に合わせて島は形を変えることができるという点を指摘した。
しかし、島が海面上昇にどう反応するかについては、いまだに不明点が多い。海面が過去と現在ではどのように異なるかについては、かなりの科学的調査が行なわれているが、環礁の変化に関する調査はまだ少ない。地球規模での海面の変化の傾向を示すデータを収集する優れたシステムは存在するのに、環礁の変化を記録する系統だった監視プログラムは存在しない。この状況について研究者たちは「小さな島の存続に寄せられた国際的な懸念と、島のランドスケープを守ろうとするコミュニティーに差し迫った不安を考えれば、あまりにも重大な見落とし」だと言及している。
ウェブ氏とケンチ氏は、比較的短い時間枠での島の変化を調査することにした。太平洋中央部にある27の環礁の衛星写真と航空写真を詳細にわたり調べた。対象となった環礁は、この60年間で付近の海面が120ミリメートル(4.8インチ)上昇していたが、そのうち86%(モルディブは含まれない)の島は、面積が拡大したか、変わらなかったかのどちらかだった。2004年の津波のような深刻な洪水でさえ、島の面積拡大の要因と考えられる例もあった。
この調査結果は、気候変動に対し懐疑的だった人々には吉報だった。ワシントン・ポスト紙は「アル・ゴア氏のおとぎ話」を暴露するニュースが再び登場したと書きたて、イギリスのSpectator誌はモルディブの大統領にシュノーケルを売ってしまうように勧めた。
調査に携わった研究者たちはドイツのデア・シュピーゲル誌に、このような二極化を残念に思うと後に語った。なぜなら彼らは地球の温暖化を非常に重く受け止めているからだ。結局のところ研究者たちは、島は気候変動の影響を受けていないと言っているのではない。ただ、海面上昇の問題は多くの人が考えるよりも複雑なのだと訴えているだけなのだ。さらに、彼らの論文が扱ったのは海面上昇についてだけで、それは気候変動のもたらす数々の影響のうちのたった1つでしかない上、対象となった地域は太平洋の一部の島だけだということも覚えておかなければいけない。
では気候変動は世界中の島に対し、どんな影響を及ぼすだろうか?この疑問に対する答えは島の数ほどある。国連は52の小島嶼開発途上国(SIDS)を認めており、これらの地域は、真水の供給、限られた陸上資源、交通の便の悪さ、災害への脆弱性、そして気候変動という共通した課題を抱えている。
とはいえ、状況は地域によって大きく異なる。ツバルのように人口が数千程度の国もあれば、パプアニューギニアのように数百万人に上る国(高潮の被害に苦しむカーテレット諸島を含む)もある。モルディブのような島嶼国は主に環礁だが、モントセラトは火山島だ。トケラウは海抜高度が低いが、カボベルデは山国である。安定した民主主義国家もあれば、内紛で混乱している国もある。また、小島嶼開発途上国の中には、ベリーズやガイアナ共和国のように、島国ではないものの島嶼国と同じ特性や課題を抱えている沿岸の国もある。
また、地面さえ強固であれば島で生きていけるというわけではない。一部の島は面積が拡大しつつあるが、内陸部よりも速いスピードで海岸線が拡大している場合がある。その結果、農地や大事な真水の備蓄が海面より低い位置になり、海水に汚染されやすくなってしまう。
気候変動に対する島の脆弱性を評価する際に、数々の影響を考慮する必要があることは明らかだ。小島嶼国における気候変動の影響は、地震がもたらす影響に似ている。マグニチュードと震源の深さが同じ地震であっても、その場所によって被害の度合いは異なる。例えばチリとハイチで起こった地震の死者数は、それぞれ数百人と数十万人と異なった。
人口密度、統治体制、インフラの耐震性という要因が、災害の被害を左右するのだ。
地震の場合と同様に、気候変動と海面上昇の影響を最小限に抑えるには、多くの対策が必要である。そして地震対策と同様に、コミュニティーの災害への備えが被害の程度を決定ずける。例えば洪水で重要なインフラがダメージを受けたとしよう。適切な環境適合資金によってダメージを避けられたとしたら、その状況は気候変動のせいだと言えるだろうか?
防潮壁を建設したり、居住区を内陸や高台へ移動させたりするような物理的な対策も環境適合策だが、気候変動への脆弱性を低減するための教育と訓練を漁師や農民に行なうのも、その一例だ。粗末な下水設備は、限られた真水の備蓄をさらに不足させる原因になる。つまりコミュニティーに真水の備蓄管理に関する知識があれば、気候変動の影響に対する脆弱性を低減させることができるのだ。
どの対策が最も適切であるかは、それぞれの島が抱える特有の問題によって異なる。また、その島にすでに存在する地元の知恵にもよる。最終的に、地元に残る伝統的な知恵と科学的知識を統合させなければ、最適な対策を見極めることはできない。サモアでは、沿岸域の管理計画を設計、実行する際に、政府は地元の村や村民に話し合いを呼び掛けた。
一方ツバルでは、地元の人々が気候変動について懐疑的で、今後の環境適合対策に関する話し合いに参加していないことが研究者たちの調査で分かった。地元の人々が気候変動に関する知識を深め、自分たちの将来の行方を決めるためには、彼らに情報を与える必要があるのだ。
気候変動が小島嶼国に及ぼす影響を理解するのは困難だ。おびただしい数の意見、要望、解決法を検討しなければならない。別々の物語を語る不協和音を理解しようとするより、1つのメッセージに耳を傾ける方が楽なのだ。しかし、気候変動が世界中の人々の生活に及ぼす影響を考える場合、選択の余地はない。あらゆる意見に耳を傾けなければならないのだ。
翻訳:髙﨑文子
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