バルセロナは最近、ある野心的なプロジェクトの第一段階として、1週間におよぶパフォーマンスの開催地だった。このプロジェクトは、発言の手段を持たない人々の物語をジャーナリスティックに表現するために演劇の手法を採用している。この「演劇ルポタージュ」プロジェクトは、Teatro Di Nascosto、英語名Hidden Theatre(隠された劇場)が企画したもので、その目的は次のように表明されている。「戦争、弾圧、深刻な貧困、ジェンダーの問題、あるいは人々を孤立させるその他の問題を生きる人々……の物語を語ること。当事者以外の世界の人々との距離、多くの場合、西洋世界との距離を縮めること」
スペイン、フランス、イタリアの複数の会場で上演された舞台「The Dream Lottery(夢の宝くじ)」は、地中海地域での人の移住に焦点を絞り、パフォーマンスの中心には移住者による危険な海の横断が強調的に表現されている。移住者の人権に関する国連特別報告者による2013年の報告書に記されているように、2011年だけでも1500人以上の人々が非正規の国境越えをしようとして地中海で亡くなっているため、この作品は実にタイムリーで重要なトピックである。非正規の国境越えとは、入国あるいは通過しようとする国の通常の規制基準に従わない国境越えのことだ。例えばビザの発行を拒否されたり、入手できなかったりする場合に非正規の国境越えが起こる可能性がある。また、非正規の国境越えの事例はもっと多いかもしれないと推測する人もいる。
この劇団の取り組みは、国連大学グローバリゼーション・文化・モビリティ研究所(UNU-GCM)の研究領域と直接的なつながりがあるため、私たちは同プロジェクトや、劇団の監督を16年間務めるAnnet Henneman(アネット・ヘンネマン)氏や数人の役者たちとのインタビューに興味があった。実際に、ヘンネマン氏とUNU-GCMのZaid Clor(ザイード・クロー)氏の対話の音声記録が現在公開されている。
同劇団が採用したメソッドでは、すべての役者は自らが演じる人物の生活にできる限り近い生活を送ることが求められる。対話の中でヘンネマン氏は、自身の経験で学んだことを回想している。例えば、ニカブを身につけた女性たちと暮らした時、目を使って男性の気を引く方法や、地中海地域各地の難民キャンプでの暮らしで経験した身体的な大変さなどだ。
彼らは海からやって来る
金曜日の夕方の公演で(上演期間は6月19日~25日だった)、招待客と、バルセロナのサン・セバスティア・ビーチにいた誰もが、劇団のいつもの「衣装」である白い服を着た役者の一団が岸に向かって必死に泳ぐ姿を目の当たりにした。難民を運ぶ船の転覆シーンに続いて、難民たちが岸に到着するシーンの特徴は、彼らの痛みや疲労、陸にたどり着いた安堵(あんど)の叫びだった。彼らは震えながら互いに身を寄せると、それぞれの移住の旅に関する感動的な話を打ち明ける。すべてを故郷に置き去りにして命がけの旅を堪え忍び、多くの者は結果的に新しい土地でアイデンティティの喪失感を味わうという悲惨な物語は、極めて感動的なパフォーマンスを生んだ。
同劇団のプロジェクトが提示する描写は、他に見られる、難民の数を減らすために非正規移住をより効果的に管理しようとして難民の海難事故を問題視するアプローチとは、対照的である。むしろバルセロナでの公演は、作品が上演されたのと同じ海を命がけで渡ってきた移住者自身の個人的な物語に焦点を絞っている(実際に、本稿執筆時、イタリア沿岸付近で600人以上を乗せた船から窒息死した30人の遺体が発見された)。こうすることによって、作品は問題を移住者の視点から提示し、観客を夢中にさせた。
「隠された劇場」の劇団員には難民が含まれており、そのことが作品の信頼性を高めている。しかし、一個人の挫折や痛みが、一般観衆向けに創作された魅力的な作品の基盤を形作るのかという問題は今日的な意義がある。作品中のある時点で、失った家族を思いながら涙を流す役者がズームアップされ、確かに劇的で引きつけられるシーンになった。このことは、そのような表現方法の妥当性に関する問題を提起する。つまり、問題に直接的な関連を持たないかもしれないヨーロッパの観客に対して、自分たちの物語を描写することに同意していないかもしれない人々の体験を提示することが妥当なのかという問題である。役者たちは自分自身の個人的物語から得た要素を提示している場合もあれば、すでに亡くなった人々や劇団に加わることができなかった人々の物語を提示する場合もある。
愛する人々を失った家族が自分たちの物語を描写する役者についてどう感じるのかを助監督のAli Kareem(アリ・カリーム)氏に尋ねたところ、次のように答えてくれた。「最初は、難民の人々は私たちの目的を怪しむものです。私たちのことを、どこからかやって来て、写真を撮って、研究論文を仕上げるような、よくあるNGOだと思うのです。しかし彼らと生活をともにしていると、そうではないことを分かってくれます。役者として私たちと一緒に活動することを頼むと、ほとんど全員が同意してくれます。一緒に活動できない場合でも、自分の物語を私たちに使わせてくれるのです。使わせてくれなかった例が1つだけありましたが、それは母国からの報復を恐れてのことでした」
夢の宝くじ
土曜日、役者たちはバルセロナ市の北にある公共スペースに人々を招いた。そこには、一種の葬式を執り行えるように、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)のテントが設営されていた。地中海ですでに亡くなった人々の夢が白い紙に書かれており、その上には赤い扇が置かれ、役者たちは書かれた夢を読み上げた。夢を見る可能性も、夢を実現する可能性も、宝くじに当たることと同じだ、という発想である。観客の1人が小声で、役者が演じているのか、それとも体験のせいで本当に感情的になっているのか、区別がつかないと話してくれた。この曖昧性こそが、ヘンネマン氏や劇団員が成し遂げようとしたことかもしれない。
移住者の悲劇の増加を受けて、彼らの旅に大衆の関心と政治的懸念がますます集まっている。そのため、この種の演劇ルポタージュは、政策決定者に影響を及ぼす方法として役立つのではないかという疑問が浮かぶ。カリーム氏は「……私たちは典型的なNGOではありません。ただの劇団なのです」と注意を喚起する。しかし、そのような政治色のない姿勢を維持することは難しい。カリーム氏はさらに「私たちは人々に苦しい現実を見せるのは、人々が自分自身の意見を持ち、希望すれば政治の状況を変えることができるようにするためです」と述べ、こうしたテーマを扱う劇団はある程度までは政治的になることを避けることが可能で、そのことを分かってもらうのは難しいと語った。インタビューの間じゅう、アリ・カリーム氏は目的をシンプルに提示していた。すなわち、難民に発言する手段を与えること、そして難民の日々の生活での体験を人々に示すことだ。しかし、人々がパフォーマンスを見た後に何が起きるのかは、見た人次第である。
より大きな問題
地中海地域で唯一の国連大学組織であり、国連大学移住ネットワークの中心機関でもあるUNU-GCMは、地中海を超える移住に関連した問題を、「グローバリゼーション、文化、モビリティ」という広い研究分野の枠組みのなかで取り上げてきた。
同地域の政策決定者たちが直面する課題の深さは、あるイベントに出席したスペイン政府およびカタロニア地方政府の代表者らによって明るみにされた。とくに、より広範囲な経済的制約が移民と受け入れ社会の双方に影響を及ぼす時代における難民の受け入れに関するベストプラクティスを検証するイベントだった。
移住する若者たちが直面する特殊な問題が、最近公開された映画「Corredors de Fons(長距離ランナーたち)」に描かれている。最近UNU-GCMで行われた試写会では、バルセロナの若い移住者たちが、移住者の街への統合を支援する地域的プロジェクトでの体験や、もはや未成年とは言えない年齢に達する体験を説明した。会場にやって来た若い人々は、移住先までの旅の困難だけではなく、目的地へ着いてから彼らが直面する困難の大きさを強調し、故郷にいる友人や家族には移住をしないように勧めると語った。
UNU-GCMの拠点であるバルセロナの、移住に関連した世界的戦略の開発における役割は、6月に開催された第1回Mayoral Forum on Mobility, Migration and Development(モビリティ、移住、開発に関する市長フォーラム)で明らかになった。このイベントでUNU-GCMはとくに、都市のアイデンティティの問題や移住者の受け入れにおける都市の役割といった、重要性を増している問題の検証に貢献した。Teatro Di Nascostoが最近のプロジェクトの出発地としてバルセロナを選んだことは適切であり、今後、他の公演地でどのような反響を得るのか、楽しみである。
翻訳:髙﨑文子