新型コロナウイルスが現代の奴隷制に及ぼす影響

現代の奴隷制の被害者の数は、4,030万人に上ると見られている。各国が現代の奴隷制の根絶を目指した持続可能な開発目標(SDGs)のターゲット8.7の実現に向けて取り組む中、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は現代の奴隷制や強制労働、人身売買、児童労働にどのような影響を及ぼすのだろうか。

少なくとも次の3つの点から、影響が出てくるだろう。1) すでに搾取されている人々の健康リスクが高まる、2) 児童労働や児童婚を含めた搾取のリスクが高まる、そして、3) 対策などの取り組みが中断される。

すでに労働搾取の状態にある人とサバイバーにとってのリスク

労働搾取は、力の不均衡により生まれ、それがかたちとして現れたものでもある。疎外され、差別され、貧困に陥った人々が、より搾取されやすいことは分かっている。こうした人々は今、さらに大きなリスクを抱えている。適切な医療を受けられないことが多く、ただでさえ制約の多い移動が国境閉鎖や交通機関の混乱でさらに難しくなり、それに加え移民を排斥する言説や政治によって、スティグマ(社会的な汚名)や差別による被害を受けるおそれが高まっているからだ。

例えば湾岸諸国では、移民労働者が人口過密で衛生状況も劣悪な労働者収容所で暮らしており、感染リスクに関して深刻な懸念がある。移民労働者は現地の医療制度を利用できない場合もあり、それに加え医療に対する需要の急激な高まりを受け、診療を受けられる対象者を政府が制限せざるを得ないことにより、利用はますます困難になっている。移民排斥主義者や国粋主義者による政治的言説が高まりを見せる中、移民労働者が医療サービスの対象から外されたり、感染源と決めつけられ汚名を着せられたりする可能性がある。

しかし、移民労働者が自国へ帰ろうとしても、しばらくの間は安心して帰れないだろう。そのため、すでに搾取されるリスクの高い人が、さらに危険な状況に置かれることになる。しかし例外的に、政府がそうした移民労働者の負担を緩和するための措置を実施しているケースもある。例えばオーストラリアでは、季節労働者のビザ延長が提案されている。

労働搾取を逃れたサバイバー(生存者)もまた、政府または慈善団体が運営する宿泊施設で暮らしていることなどにより、高いリスクに直面している。公衆衛生担当者やソーシャルワーカーがCOVID-19対応を優先する中で、サバイバーが受けられるケアの水準は、今後数カ月にわたって低下する可能性が高い。これによってサバイバーの孤立感が深まり、精神衛生上のリスクが悪化するおそれもある。経済的に困窮状態にあるサバイバーは、基本的な支援物資を得られる場所を見つけることがますます困難になるだろう。英国の反奴隷制活動家はすでに、労働搾取のサバイバーと被害者向けの支援策を要請している。

奴隷化のリスクが増大

いくつかの理由によって、奴隷状態に陥りやすくなる人も増えるだろう。

第一の理由として、搾取されやすい労働者の母数が増加する。

奴隷制を促進する大きな要因である貧困や財政危機が、今回の危機によって増幅されるからだ。

国連の現代の奴隷制に関する特別報告者は、先日、広まりつつある非正規労働により現代の奴隷制のリスクが高まると警鐘を鳴らした。国際労働機関(ILO)は、COVID-19による経済・労働危機によって、全世界の失業者が2,500万人近く増えるおそれがあると報告している。ワーキング・プアの比率も大幅に上昇すると見られ、COVID-19危機以前の推計値と比べた場合、ワーキング・プアは2,010万人から2,500万人も増えるとする予測もある。ギグ・エコノミー(単発の仕事を請け負う就業形態)で雇用されている人の多くは、不安定な契約のもと有給病気休暇をほとんど付与されず、医療保険にも加入していない。政府が、生活に不可欠ではない企業に休業を命じる中、そうした数百万の人々は弱い立場に陥り、リスクが高い仕事や搾取的な仕事に就くおそれがある。

COVID-19はさらに、健康への深刻なリスクをもたらす。医療危機によって、人々は労働に関してリスクの高い決断を下すよう強いられることが知られており、医療費を支払えない人、もしくは危機によって職を失った人々は、現代の奴隷制の被害に遭いやすい状況に陥ることがある。これによって奴隷化のリスクが高まる。

COVID-19の危機は、安全で安定した雇用への選択肢も狭めている。出稼ぎ労働はすでに、国境閉鎖やその他の渡航規制によって、混乱に陥っている。例えば、ロシアが国境を封鎖したことで、3月から4月にかけてロシアに季節的に移住していた多くのタジキスタン人が影響を受けている。タジキスタンは、移民労働者からの仕送りに依存しているため、大きな損失を被ることになる。こうした労働者は搾取に対して弱い立場に置かれる可能性が高いだけでなく、リスクの高い雇用を受け入れる危険性もさらに高まる。

経済活動に対する法規制は、他の文脈においても搾取のリスクを高めかねない。例えばアムステルダムでは、性労働者を心配する声が市民社会の中で上がっている。ナイトクラブが閉鎖され、性風俗産業が裏へと追いやられる中で、労働者が人身売買の被害者となるおそれが高まっているからだ。

 第二に、雇用側が搾取によってより高いインセンティブを得られるだけでなく、搾取を行う余地も大きくなる。

COVID-19の蔓延によって、世界的に縫製産業の労働者の生計が脅かされている。小売業者が店を閉め、注文を減らしていることから、バングラデシュの100カ所を超える工場が操業できなくなった。バングラデシュでは、400万人が縫製産業で働いているが、こうした労働者は今まさに、その職を失うリスクにさらされているか、安定的収入を失ったことにより脆弱な立場に置かれている。タイでは、医療用品を供給する製造業者の間で、安い労働力に対する需要が急激に高まっており、立場の弱い移民労働者がそのターゲットとされているという報告も見られる。

殺菌剤やマスクに対する需要を満たすため、米国を含む国々は、生産手段として囚人の労働に目をつけており、ここで労働搾取が起きるリスクが高まっている。また、医療機器をはじめ、不可欠な物資に対する輸入規制の緩和に動く国も出てくることにより、労働者のリスクは高まる。事実、米国の税関・国境取締局は、強制労働の利用が疑われるゴム手袋メーカーに対する輸入禁止措置を撤回したばかりだ。

また、大量の移民労働者に依存している国の中には、今回の危機に乗じて、その依存度を減らそうとしたり、移民労働者に追加的な制約を課し、受入国内での移動の自由を制限しようとしたりする国も出てくることが予想できる。どちらの要因も、現代の奴隷制のリスクを高めかねない。前者の場合は、移民労働者に仕事を配分する際に、賄賂や汚職が横行する原因となるのに対し、後者の場合は、移民労働者が雇用者から搾取を受けるリスクを高めることになるからだ。

そして第三に、教育システムが停止することで、子どもが搾取を受けやすくなる。

インドから米国、イランに至るまで、全世界で休校の措置が取られている。これによって、一部の親は経済的負担を受け、児童労働につながりかねない状況が生じている。また、家族の資本形成戦略として、児童婚が増えるおそれもある。国際通貨基金(IMF)の最近の報告書では、児童婚に陥る状況を緩和するには教育に基づく取り組みがカギを握ると示唆している。教育システムの混乱が長く続く見通しとなれば、児童婚が増加しかねない。

奴隷制対策と政府の対応の中断

最後に、COVID-19に起因する社会と経済の混乱によって、対策への取り組みがさまざまなかたちで断たれることになるだろう。

多くの政府と市民社会の組織は、その活動を妨げられている。ブラジルでは、政府の特別機動隊がウイルス感染のおそれから活動を停止し、奴隷制対策の動きが止まっている。

また、資金面と人々の関心という点からも、奴隷制対策の持続に必要な資源が手に入りにくくなる。避難所や社会復帰プログラムをはじめ、不可欠な保護を提供している非政府組織(NGO)は、寄付者の関心が他に移る中で、悪影響を受ける可能性が高い。

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本稿は、Delta 8.7に掲載された記事を転載したものです。国連大学政策研究センター(UNU-CPR)が立ち上げた革新的プロジェクト「Delta 8.7」では、政策担当者がデータを理解し、責任あるかたちで活用することで、持続可能な開発目標(SDGs)のターゲット8.7の達成に貢献する政策を立案できるよう支援を行っています。

著者

ジェームズ・コケインは、国連大学政策研究センター(UNU-CPR)の非常勤リサーチ・フェローで、現代の奴隷制に関するプログラムを担当。また、「奴隷制と人身売買に対抗する金融(Finance Against Slavery and Trafficking:FAST)」プロジェクトを行うリヒテンシュタイン・イニシアチブ事務局の代表を務める。