ジョン・アマリ氏は英国出身のフリーランスライター兼リサーチャーである。世界知的所有権機関(WIPO)の IP Advantageウェブサイトで知的所有権および関連ビジネスについての記事を執筆している。
ネーダー・ハリーリ氏(1936-2008)は建築家で教育者、そして独特の建築技法の考案者でもあった。ハリーリ氏の革新的な技法は、13世紀の神秘主義詩人のルーミー、そして故郷であるイラン・イスラム共和国をバイク旅行した5年間に出会った古代中東建築にヒントを得たものだ。ルーミーの自然哲学と古代の建築技法、それに今日の技術とノウハウを組み合わせて、ハリーリ氏は斬新なアイデアをスーパーアドービ・システムという建築技術に展開した。
本来、アドービとは、粘土や土の日干しブロックで作った古代のシンプルな住居を指すが、それを発展させたスーパーアドービは、スーパー・ブロック技法とも呼ばれ、砂を詰めた袋をらせん状に積み上げるものだ。砂袋を有刺鉄線でしっかり留め合わせ、ドーム型の構造体に仕上げていく。さらに安定させる場合は、セメント、石灰、アスファルト乳剤で接着する。
アドービの構造は一見単純だが、洪水や火災、ハリケーン、地震に強い。暑さと寒さの両方を遮断し、十代後半以上の成人であれば男女を問わず、容易に建てられる。
ハリーリ氏の考案したこのスーパーアドービは手軽で環境に優しく、しかも安価であり、環境に悪影響を及ぼさずに、世界中で数えきれないほどの人々のクォリティ・オブ・ライフを急速に改善するのに役立っている。
ルーミーの哲学「要素の統合」
ハリーリ氏が自らのアイデアを実現可能なプロジェクトに展開するにあたっては、著名な研究開発パートナーの協力があった。そうしたパートナーの中には、米国航空宇宙局(NASA)、ロスアラモス国立研究所、プリンストン大学宇宙研究所なども名を連ねている。マクドネル・ダグラス宇宙システム研究所と共同研究を行っていた時には、ハリーリ氏は太陽光を利用して月面土壌を溶解し、建材として応用可能な形状に成形する方法を模索していた。
1986年、ハリーリ氏は土を用いた素焼きの家を作ることを目的としてゲルタフタン財団を設立し、さらに研究開発を行った。ペルシャ語で「ゲル」は「粘土」、「タフタン」は「粘土を焼成して、撚り合わせること」を意味する。数年後、ハリーリ氏は同財団を非営利の公益団体に再組織した。それがカルアース研究所である。
カルアース研究所には3つの指針がある。その3つとは、(1)住居を持つことは基本的人権である、(2) すべての人間は自分の住宅を建てることができなければならない、(3) 人口増加に対応しながら、すべての人々の住居を提供する最善の方法は土を用いて建てること、である。
ハリーリ氏が当初、力を注いでいたのは素焼きの建築物だったが、カルアース研究所では、砂袋を用いたものに重点が置かれるようになった。これが後に、ルーミーの哲学(すなわち「要素の統合」)に基づく建築技術、スーパーアドービとして実を結ぶことになる。
カルアース研究所には3つの指針がある。その3つとは、(1)住居を持つことは基本的人権である、(2) すべての人間は自分の住宅を建てることができなければならない、(3) 人口増加に対応しながら、すべての人々の住居を提供する最善の方法は土を用いて建てること、である。
スーパーアドービの試作品はカリフォルニア州へスペリアでの実用試験に成功し、地震多発地域として知られるカリフォルニア州の建築基準も満たした。
基本的なスーパーアドービはドーム型で、直径は2.5~3メートル、床面積は11平方メートル以下である。地震や火災、洪水、ハリケーンに強い。蓄熱容量があり、暑い時には熱を吸収し、寒い時には熱を放出するので、居住空間は常に快適に保たれる。スーパーアドービの基礎になっているのは、イランのような厳しい自然環境に長く耐えられる、持続可能な建築技術である。
スーパーアドービは簡単に建てることができ、堅牢で、涼しく暖かいので、新興国において、また仮設住宅として、特に紛争や自然災害で移住を余儀なくされた人々に利用されている。
カルアース研究所のメンバーは、「環境的に持続可能で、経済的に実現可能で、耐久性が高い建築物は可能なだけでなく、望ましくもある」という哲学に従って活動している。この目的のために、同研究所は環境アートおよび建築の教育資料(DVDや書籍)を提供するほか、国内外で建築ワークショップやセミナーを開催して指導を行っている。ワークショップでは、軽量でありながら柔軟性が高く、かつ現場で準備できる資材でどのように建物を作るかを参加者に見せることが多い。
スーパーアドービは、砂袋と有刺鉄線を巧みに組み合わせて伝統的なアーチ形、ドーム形、半円筒形を作り、1種類あるいは2種類の曲面を持ち、圧縮軸力で成り立つシェル構造であるため、徹底的に強度が高められている。
たとえば砂袋を作るには、コーヒーの缶やその他のキッチン用品を使って土を詰めればよい。それから砂袋と有刺鉄線(2本の鉄線から4つの尖った先端が出ているもので、亜鉛めっきが施されており、リサイクルできるもの)を巧みに組み合わせ、伝統的なアーチ形、ドーム形、半円筒形を作っていく。完成した建物は1種類あるいは2種類の曲面を持ち、圧縮軸力で成り立っているシェル構造で、徹底的に強度が高められている。場合によっては、免震構造(この場合、基礎はスーパーアドービから隔離される)や空気力学などの今日の建築技術を用いて、地震や猛烈なハリケーンなどの自然災害に対応できるようにする。
つまり、スーパーアドービは木材を使用しない。家を建てるのに木を切る代わりに、泥や土を使う。同じ技法でサイロや病院、学校、景観を構成する配置物、さらにはダム、貯水池、道路、橋梁などのインフラ施設も建設できる。海岸線や水路の安定化にも利用できる。
コストパフォーマンスが高く、安全な住居
そのうえ、スーパーアドービは災害多発地域でも大いに役に立つ。低質な住居による公衆衛生上のリスクを軽減できるからだ。実際、2011年に国連国際防災戦略事務局(UNISDR)が発表したレポート「災害リスク軽減のためのグローバルリスク評価書(the Global Risk Assessment Report on Disaster Risk Reduction) (GAR)」では、サイクロンや地震などの壊滅的な災害で、世界各国が直面するリスクが強調されている。
GARでは、そのような災害のリスクを最も受けやすいのは、国内総生産が低い国々であることが明示されている。そのうえで、ハイチ共和国、パキスタン・イスラム共和国、ベトナム社会主義共和国などが最も脆弱な国として挙げられ、リスク軽減の方法がいくつか提案されている。
防災管理のカギとなる提言は、政府が「危険な建築物の強化、被災する恐れのある居住地域から壊滅的な被害を受けにくい場所への移住、防災対策を施した施設の建設を比較して、建築および土地利用に関して、より良い決定を行うこと」である。
その点、スーパーアドービは自然災害に強いことが検査の結果わかっており、建設も容易で、コストパフォーマンスも高い。カルアース研究所は、この技術により、自然災害によるリスクを大幅に軽減し、低質な居住環境で生活をしている数百万人もの世界の人々の健康を守ることができると考えている。
カルアース研究所はまた、住宅建材が環境に及ぼす影響を最小限にとどめようとしている。同研究所が使用する布袋は生物分解性があり、耐紫外線性が低く、通常の天然繊維の麻袋のように有害な化学防腐剤が入っていない。長期的に使用されるスーパーアドービはさらにしっくいで補強して侵食を防止するが、一時的に使用する場合は侵食を放置し、時間と共に土に帰るようにする。
商業化しないことが第一
自分の考案した住宅で世界中の貧困者や弱者を助けられると信じていたハリーリ氏は、商業化からそれを守る方法を模索していた。商業化すると、場合によっては最も必要としている人に手の届かないものになってしまうからだ。
「この25年間の私の人生におけるミッションは、住居を持てない人に住居を提供することでした。しかし、これは保護する必要があります。というのは、貧しい人たちのために住宅を建設する手法はたくさん考え出されていますが、その間に商業化されてしまうと、また彼らには無理なものになってしまうのです」
ハリーリ氏は貧しい人たちに自分の考案した住居を無償で提供したいと考えていたが、同時に商用ライセンスに基づいて利用可能にすることも考えていた。そこで彼は包括的な知的財産戦略を確立し、建築設計図や製図のすべてを著作権で保護した。
この25年の私の人生におけるミッションは、住居を持てない人に住居を提供することでした。(ネーダー・ハリーリ氏)
これによりカルアース研究所は、ヨルダン、オーストラリア、メキシコを含む全世界で、新たな商業化、拡大化の機会を探れるようになった。そこで同研究所は、基本形のスーパーアドービのほかに、アドービ構造の2ブランドを新たに立ち上げた。
エコ・ドームあるいは「ムーン・コクーン」(およびダブルエコドーム)は小規模な住居で、中央にドームがあり、それをクローバーの葉のように4つの小部屋が取り囲む構造だ。エコ・ドームの建設パックは自分で建てたい人がオンラインで注文できる。一方、アース・ワン・ホームは3つの半円筒形をずらしながら組み合わせたパターンが基本で、仕切りのない家の中の全体を見渡すことができる。
エコ・ドームの建設パックは説明書つきで、小売価格はシングルユニット(約37平方メートル)が2,400ドル、ダブルユニット(約74平方メートル)が3,200ドル、いずれもインターネットで購入できる。
ハリーリ氏の「すべての人に良質で手頃で安価な住宅を」というビジョンは、世界中の人たちの想像力に訴えた。豊かなビジョンを示したハリーリ氏は、技術と社会への貢献が認められ、多数の賞を受けている。例えば、アメリカ建築家協会カリフォルニア支部からは優秀技術賞、国連と米住宅都市開発省からは「ホームレスのための住宅」プロジェクトを称える賞が授与された。そのほか、NASA、アーガー・ハーン開発ネットワーク、米国土木学会からも表彰されている。
2011年に25周年を迎えたカルアース研究所は、創設者のビジョンを実践して、スーパーアドービ技術と建築技法についての月例ワークショップを世界中で開催している。
ハリーリ氏は、土と空気、火、水を利用すれば、1壷分の土から住居を作り、コミュニティを守り、環境を維持することが可能だと考えていた。彼はかつて次のように語った。「スーパーアドービは、過去の歴史から新たな世紀にわたって続くアドービです。伝統的なアドービと未来の世界のアドービを結ぶへその緒のようなものです」
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本記事は世界知的所有権機関とカルアース研究所の許可を得て掲載しています。
翻訳:ユニカルインターナショナル
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