あらゆる物語には2つの側面がある。しかし一方のみが正しいことを社会が認めなければならないケースもある。
「The CAFO Reader: The Tragedy of Industrial Animal Factories(集中家畜飼養施設の入門書―産業化された動物工場の悲劇)」は、集中家畜飼養施設(CAFO)を「牧場に解放すべき」と強く主張する、非常に説得力のある評論集である。
CAFO、すなわち集中家畜飼養施設とは、広義的には現代の工業的畜産ビジネスを定義する、イメージダウンを避ける戦略的な用語だ。この施設では、家畜はフンだらけの狭いスペースに閉じ込められ、人工飼料を過剰に与えられる。また、家畜を生かし、汚染を防ぐために、多量の薬物が投与される。数字の面で言えば、乳牛なら最低700頭、産卵鶏なら最低8万2000羽を収容する、様々な飼養施設を指す。
「The CAFO Reader」の編者ダニエル・イムホフ氏が集めた30人の寄稿者の中には、マイケル・ポーラン氏やエリック・シュローサー氏のように食に関する高名な著作家もいれば、シェフ、農業従事者、環境科学者や社会学者、さらにウェンデル・ベリー氏のような文学界の人物もいる。
寄稿者たちは一様に、過去1万2000年にわたり続いてきた伝統的な畜産業を、ゆっくりだが確実に凌駕しつつあるシステムに関する数々の問題を指摘する。それらの問題は環境、社会、健康、経済、倫理に関連したもので、その数は膨大であり、事実は時として信じがたいほどだ。読者は掲載された統計に最初はショックを受けるだろうが、本を読み終わる頃には、現状のあまりのひどさを知り、統計を当然だと受け止めるようになるだろう。次に示すのは、同書に掲載された衝撃的な数字である(下記はアメリカに限った統計だが、同じ問題が世界的に広まりつつある)
・年間に1億5700万トンの飼料を費やしても、動物性タンパク質はわずか2800万トンしか生産されない。
・年に300万人が汚染された食肉や鶏肉によって健康を害している。
・豚、鶏、牛の畜産廃棄物によって、5万6327キロメートルの河川が汚染されてしまった。
・鶏の加工業に携わる人が1回のシフトで行なう切断回数は2万回。
・アメリカで使用されているすべての抗生物質のうち、60~80%は工業食品用の畜産に使われている。
・アイオワ州で年間に排出される豚のフンは、住民1人あたり16.7トン。
・アメリカの牛肉加工市場の80%以上をコントロールしているのは4社。
デッドゾーンで
CAFOに関連する1つの問題を考えるにあたり、次の簡単な質問を投げかけてみよう。
メキシコ湾における最大の環境災害は何か?ほとんどの人は恐らくBP社の原油流出事故と答えるだろう。
ところが面積で言えば、「デッドゾーン」として知られるものの方がはるかに規模が大きい。イムホフ氏は「Myth: Industrial Food Benefits the Environment and Wildlife(神話 ― 工業食品は環境と野生生物にとって有益だ)」と題された章の中で、約2071平方キロもの「酸素が欠乏した」海域が「海洋生物を窒息させてしまう」のだと記している(デッドゾーンの面積は毎年変化する)。
CAFOはトウモロコシや大豆を代表とする工業的な家畜飼料を大量に必要とするため、飼料を生産する際に使われる肥料の栄養分がミシシッピ川を経由してメキシコ湾へ流れ出る原因はCAFOにあると考えられる。こういった現象をアメリカのトップクラスの科学者たちは懸念している。(こちらのウェブサイトで、デッドゾーンとその原因に関する分かりやすい図解をご覧いただける)
イムホフ氏や寄稿者たちがデッドゾーンやその他の災害に言及したキーポイントは、CAFOの影響が、世界中で増大しつつある畜産部門全般の象徴(例えば土壌劣化や温室効果ガスの排出)であるだけではなく、現代の工業的な農業全般の象徴でもあるという点だ。工業的な単一栽培農業に交付される巨額の助成金、河川や土壌や空気の汚染、殺虫剤や除草剤や肥料の保存や輸送における化石燃料への依存(石油、天然ガス、石炭)、肥満や糖尿病の記録的な蔓延は、どれも同じ問題に起因する症状である。つまり、テクノロジーを過信し、生物や人間の生態系が被る損害を無視するような持続不可能な農業システムが問題なのだ。この恥ずべき行為はアメリカを中心に行なわれているが、世界的な問題になりつつある。なぜなら世界中でデッドゾーンが確認され、そのほとんどは畜産部門との関連があるからだ。
海洋デッドゾーン 提供:NASA Earth Observatory
様々な見解、1つの物語
「The CAFO Reader」のような評論集の思想的根拠は厳重に精査されるべきである。しかし、この本は資本主義に反対するヒッピーやベジタリアンや環境オタクが一本調子で戦線を張るような本ではなく、従って安易にレッテルを貼って悪者扱いするべき本ではない。なぜ「The CAFO Reader」にこれほどの説得力があるのかといえば、それは寄稿者たちの職業や政治的信念が実に多様であるからだ。
保守派で、ジョージ・W・ブッシュ氏の前スピーチライターだったマシュー・スカリー氏は、CAFOを誰よりも痛烈に批判しており、彼の評論に対しPETA(動物の倫理的扱いを求める人々の会)のような動物の権利団体から賛同が寄せられた。スカリー氏は次のように記している「工場式畜産は暴利をむさぼる事業だ。利益を吸い上げ、経費を外部へ押しつける。工場で飼育される動物がホルモンや抗生物質によって不自然に養われるのと同様に、工場式畜産は政治的圧力や政府の助成金によって不自然に支えられているのだ」
工業的農業は、未来の世代が私たちを最も非難するだろう4つの事例のうちの1つだ。
「The CAFO Reader」の寄稿者たちは、動物、人間、ひいてはすべての生物にとって不公平で不当で不健康なシステムに対する倫理的な憤りを一斉に表明している。結局のところ、現在の社会を定義づけ、将来の世代に影響を及ぼすのは、経済や環境の問題だけではなく、倫理的な問題でもあるのだ。
イギリスで生まれアメリカで活動している著名な哲学者であり、プリンストン大学のクワメ・アンソニー・アピア教授は最近、未来の世代が私たちを非難するだろう4つの事例の1つとして工業的農業を例に挙げたほどだ。
物語の裏側
しかし、こういった状況は工業的な畜産業にはメリットがないということを意味するのだろうか。アメリカをはじめ、ますます多くの国がこの生産モデルを採用しつつあることには、理にかなった根拠があるはずではないか。
CAFOの垂直統合型アプローチ(1社あるいは複数の関連企業が供給プロセスの全工程を管理する方法)の利点の1つに、タンパク質を安価に生産できるという点がある。この産業の支持者たちは、大規模な経済によって食糧価格が安くなり、特に低所得世帯のためになるのだと主張する。さらにCAFOは経済発展の機会を招くことができ、雇用を通じて地方のコミュニティーを維持するのだという主張もある。
「The CAFO reader」の第2部、「Myths of the CAFO(CAFOの神話)」では、CAFOがもたらすとされる恩恵を1つずつ、体系的に暴く試みがなされている。安い食糧価格が実現可能なのは、汚染、劣悪な労働条件、将来の医療費といった、環境や社会が負う本当のコストが価格に含まれていないからだ。CAFOは農村地域をとことん破壊する一方で、低賃金の仕事を提供する。多くの場合、簡単に搾取できる季節労働者に仕事を提供するのだ。本書の読者が第2部の論説を読んでも納得がいかないなら、それ以降に収録されている「自然への攻撃」(生態学者ジョージ・ウースナー氏の評論)や「家族経営の農家の消滅」(grist.orgの食に関する編集者トニー・フィルポット氏の評論)を読めば納得するだろう。
では、一見これほどひどい悪策が、自由な議論が許された社会でどのように根を下ろしたのか。政治的な説明として明らかなのは、工業的農業の関連企業がアメリカの議会や行政機関に及ぼす影響力は、農家の人々や環境活動家や動物の権利活動家に比べ、不釣り合いなほどに大きいからだ。食糧問題に関する番組のインタビュー・シリーズのパート4で、イムホフ氏は、大規模農業に年間900億ドルの助成金を交付するアメリカの農業法案のために、年間1億ドルが議会でのロビー活動に投じられていると訴えた。
CAFOを牧場に解放することは可能か?
欧州連合で行なわれたような進歩的な法規制の変化は、今のところアメリカでは実現されそうにない。例えば産卵鶏の多層式バタリーケージ(積み上げられたワイヤー製の小さなケージに数羽を入れる飼育法)や、メスの豚がほぼ一生を過ごす妊娠期間房(体の向きを変えられないほど狭い囲い)の段階的な廃止などだ。しかしアメリカの政治的、経済的、文化的ランドスケープにCAFOがどれほどしっかりと根を下ろしているにしても、安価なエネルギーが豊富ではなくなった未来には、人間と動物と環境が複雑に絡み合った悲劇を解決できるはずだという、かすかな希望を本書は与えてくれる。
欧州連合で行なわれたような進歩的な法規制の変化は、今のところアメリカでは実現されそうにない。
現在、肉や乳製品を食べている読者は「自分は何をすべきか」という疑問を抱くに違いない。肉食の是非に関する複雑な倫理上の議論はひとまず置いておくとして、明確なアドバイスが1つある。「Vote with your fork(フォークで投票しよう)」、すなわち健康で幸せな動物からとれた、高品質で持続可能な食糧を生産している地元の農家をサポートするのだ。さらに重要なのは、家族や友人、食料品店やレストランのオーナーに、食品がどこから来たのかをたずねることだ。要するに、質の良い肉を要求し、それを大量に求めないことだ。
同書の最後に収録されている参考ウェブサイトのリストは特に有益だ。さらにCAFOに関するキーワード集(この生産モデルがいかに巧妙で、現実から離れているかを示す専門用語)や、CAFO反対キャンペーンに関連する約50の組織の情報も収録されている。この本はアメリカ国内に焦点を絞っているため、残念ながら海外の読者は自分の国の組織に関しては各自で検索しなくてはならない(とはいえ、アメリカ以外の国にはそれほど多くの組織が存在せず、それは好ましいことだ。CAFOへの道のりをあまり進んではいないという意味だから)。
確実に、「The CAFO Reader」は説得力のある言葉の寄せ集め以上のものだ。工業的農業の危険性を感じている人々にとっては、価値ある1冊であり、何度も読みたくなるだろう。この問題に一時的な関心を抱いた読者は、一部の寄稿者と同様に、CAFOの持つ絶対的で相対的な重要性への考え方を決定的に変えるだろう。この本には引用すべき言葉がいくつもあるのだが、編者であるイムホフ氏の言葉で本論を締めくくりたいと思う。
「健康な食べ物と農業の追求は、人々をつなぐポジティブな力になりえる。そのためには次のことを理解しなくてはならない。私たちはフォークで投票するたびに(商品を選択し投票権を行使するたびに)、自分たちがどんな世界で生きていきたいのかという強力なシグナルを送っているのだ」
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「The CAFO Reader: The Tragedy of Industrial Animal Factories edited by Daniel Imhoff」(集中家畜飼養施設の入門書―産業化された動物工場の悲劇、ダニエル・イムホフ編)は、University of California Pressで世界のどこからでも入手可能です。
翻訳:髙﨑文子