ペルーのポテトパークが育む生物多様性

ペルー・クスコのアンデス山脈では、何世紀にもわたる生物文化資源の管理を通じた自然との関係の中で、人々はアイリュ思想を育んできた。アイリュは政治的社会経済システムと説明している研究が多い中で、ひとつの生態系の現象であるとする体系的分析も存在する。私たちはアイリュを、人、動物、岩、精霊、山、湖、川、牧草、食用作物、野生動物などを崇拝し、共通の規範や原則に基づいて同じ興味や目的を持った人々が集まったコミュニティだと捉えている。

アイリュの主な目的はスマック・カウサイ( Sumaq Qausay)とよばれる人と自然が良好な関係に保たれている状態を達成することである。そのため自然・社会環境との調和と、母なる大地を含めたあらゆるものの相互的な依存関係の維持が最も大切にされてきた。

このような慣行は高い生物多様性を維持するために極めて重要であり、「共有地農業(common-field agriculture)」(Godoy, 1991)の産物と学者たちは呼んでいる。ポテトパークでは生活や農業活動のほとんどは、資源の多様な使用と、コミュニティ内の優先順位や価値感に基づいて使用される。

コミュニティの取組みは、生物資源の保全と持続可能な利用を目的として設立されたいくつかの経済共同体に見られる。例えば、地域生物文化データーベースやオーディオビジュアル記録によるアンデスの伝統的な生物文化知識の保全、種子の帰還と保存などを通して、特にアンデス地方では、社会的地位の低い女性たちに利益をもたらしている。

伝統的なアンデスのランドスケープ

このように、アンデスの伝統的なシステムの活性化は、ポテトパークとして知られるものの住民とその環境の間の相互関係を強化している。ポテトパークは農業の生物多様性の保全に焦点を当てた、アンデスの伝統的なランドスケープの総体的な保全のユニークなモデルである(Argumedo, 2008)。ポテトパークはクスコ渓谷に位置し、総面積は9280ヘクタールで人口は3880人。初めて人類が定住したのは約3000年前である。

ポテトパークはジャガイモ発祥のまさに中心地で(CIP, 2008)、ジャガイモは世界でも最も主要な食用作物のひとつであり、ケチュア族に深く根づいている食生活の中で何世紀にも渡って育てられてきた。世界中でみられる235種と4000亜種のうち、この地方は8種の在来種と栽培種、そして2300亜種の発祥地である。ある区画で見られる遺伝的多様性は 150種にも上る(ポテトパークのChawaytire コミュニティ)。また、世界で見つかっている200種以上の野生種の内、23種がここで見つかっている。ジャガイモのほかにアンデスの特産としてオユッコ、豆、トウモロコシ、キヌア、コムギ、タルウィ、マシュア、オカなどがある。自分たちで消費する作物生産のほかに、ウール、薬、木材生産も農業の範囲である。

世界中でみられる235種と4000亜種のうち、この地方は8種の在来種と栽培種、そして2300亜種の発祥地である。また、世界で見つかっている200種以上の野生種の内、23種がここで見つかっている。

しかしながら、ヨーロッパによるペルー侵攻と植民地化は、アンデスのランドスケープ、資源利用と持続可能な食料、経済活動に対し深刻な影響を与えた。

今日、先住民のコミュニティは、植民地化による影響と対峙している。彼らは再び自らのアイデンティティと土地との独自の関わりによって、本来の力と創造性を取り戻そうしているのだ。彼らがずっと生き延びてきたのは、限りない忍耐力と Pacha Mama(母なる大地)への深い信仰心と彼らの生態系アイリュのおかげであり、そして山の環境に関する洗練された知識と技術革新のシステムのおかげである。

この知識によって彼らはこの土地独自の環境倫理を創り上げ、それにより環境保存への意識的努力を行い、自然資源を保護し持続させる新たなメカニズムを創造しようと努めてきた。ポテトパークのコミュニティのケースはケチュア人のコミュニティによる、動植物(在来種・栽培種とも)の多様性を維持するための意識的努力を示している。そして遺伝資源とランドスケープを動的に維持するために重要な機会を提示している。

イニシアチブを示す

ポテトパークの取り組みは、ランドスケープを保全し、在来作物(特にジャガイモ)とその生育地の多様化を図ることを目指している。さらに物理的、生物的、文化的な環境と在来作物との関係を深め、それによる様々な生計手段の創出も目指している。

ポテトパークは地元が管理する「先住民生物文化領域(Indigenous Biocultural Territory)」である。これはアンデス協会(Asociación ANDES)が創始した「先住民生物文化遺産地区(Indigenous Biocultural Heritage Area:IBCHA)」モデルに倣ったものである。IBCHA は、以下3点のそれぞれ最良の部分を取り入れている。ひとつは現代科学と保全モデル、そして国際自然保護連合の自然保護地域カテゴリーVで保護された地域(Philips, 2002)を含む、権利に基づいた統治アプローチ、先住民の集合生物文化遺産(CBCH)を建設的かつ防御的に保護するメカニズムである。

ポテトパークでの主な自給自足活動は農業と畜産である。パーク面積の13.07 パーセント(約1133ヘクタール)ではトウモロコシ、タルウィ、ジャガイモ、豆、オオムギ、その他の作物が生産されている。33.81パーセントはツンドラまたは休耕地である。作物の輪作は3年から9年のサイクルで行われる。まずイモとマシュアとオカを育ててから土地を休める。休耕地には多くの薬草が見られる。

自給自足活動の大半は多種多様に資源を使用することに基づいている。例えば、原産のジャガイモは「チューニョ」(凍結させて脱水したあと日干しする)やモラヤ(凍結させたあと水にさらしてあくを抜く)などにして消費したり、種をとったり、販売したり、物々交換したりする。

ポテトパークの目的のひとつは、包括的で、文化のアイデンティティを支援し、生物文化遺産を保存できるような、新しい発展モデルを作ることである。

女性は農業生産物の異なる使用に関する特徴や基準をよく知っており重要な役割を担っている。また、それぞれの使用にどれだけの分量を割り当てるかということも管理している。つまり彼女らは質的にも量的にも作物の管理を行うエキスパートであり、物々交換の価値設定も行う。物々交換は一般的には家族間で行われ、女性がそのシステム管理の大きな責任を担っているのである。

ポテトパークの目的のひとつは、包括的で、文化のアイデンティティを支援し、生物文化遺産を保存できるような、新しい発展モデルを作ることである。このミッションの一環として、生物資源を保存して持続的に利用し、その資源によって創造的で安定した経済を達成するという目的で、ANDESとポテトパークが協力し合い経済共同体を設立した。共同体はPotato Arariwas(種子の帰還と保存の共同体)、郷土料理の研究を行うQachun Waqachi、女性の口承文化を記録するTika Tijillay、手工芸研究のNaupa Awana、観光ガイドたちのWillaqkuna、薬草研究のSipaswarmiである。

最近では薬草の生産によりポテトパークの家族には安全で安い薬が提供されている。観光客向けにも薬草製品が生産、販売されており、地元の女性たちの新たな収入源となっている。彼女たちの伝統的知識が掘り起こされ、マルチメディアデータベースに記録されている。女性たちによる製品は全て地元の薬草を使用した伝統の知識に基づいたものだが、救急処置、予防薬、伝統的医学との調和を乱さない処置方法など、西洋の医学の要素も取り入れられている。

将来に向けて立ち直る力

ポテトパークのランドスケープを歴史的に検討すると先住民の生物文化システムがいかに様々な困難を生き延びてきたかが見て取れる。植民地時代や近代においても、ケチュア人は土地の争奪や社会的、文化的、経済的弾圧に耐え、慣習法、習慣、制度などすべてを排斥しようという動きに耐えてきたのだ。アイリュはこの時代に社会的、政治的な統一体へと縮小してしまったが、先住民の文化的ランドスケープであり続けた。

実際に、アイリュのランドスケープは生き残っただけでなく、新参者たちの資源や習慣の最良の部分を適応させてもいった。この取り組みによって、もともとの特性が強化され自己再生し、その土地を共有する全ての生物が共生できる自然で生産的な土地の見事なモザイクを形成していったのである。

アンデス人が、複雑で混沌とした中に秩序を作り出してきたことを思えば、このシステムの力強さも理解できる。適応力は土地管理の中で重要な側面であり、ポテトパークの運営においても重要な点である。

この10年間、世界の環境保全コミュニティは、地域の文化や生態系の状態に合わせたランドスケープ保全の取り組みが必要であると理解しつつある(Brown & Mitchell, 2000)。このポテトパークのケーススタディは、そのような地域型の取り組み例を示し、伝統的アンデスのシステムがいかにポテトパークの人々と環境の相互関係を促進しているかを示す好例である。

このシステムが、環境保全と生物多様性の持続可能性、地域の生物と人間の健康、そして千年に渡って作り上げられたランドスケープの生態系の完全性を高めているのである。

この記事は、国連大学高等研究所(UNU-IAS)のSATOYAMAイニシアチブの活動の一環として行われた調査に基づいている。

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ペルーのポテトパークが育む生物多様性 by バーナード・ ユン・ロン・ウォン and アレハンドロ・アルグメド is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 Unported License.

著者

バーナード・ユン・ロン・ウォン氏は、国連大学高等研究所SATOYAMAイニシアティブ・コンサルタント。森林生態学を専門。生態学と歴史手法を用いて過去の人間活動と天然林の成立との関係を検証。人と土地とのかかわりによる伝統的なランドスケープ形成も研究。

アレハンドロ・アルグメド氏は、クスコに拠点を置く(NGO)ANDES会長。本NGOはアンデスの生物的文化的多様性とペルーの先住民の権利を保護し発展させるための活動を行っている。アルグメド氏はまたIndigenous People’s Biodiversity Network(IPBN:先住民の生物多様性ネットワーク)の国際コーディネーター。またイギリス国際環境開発研究所においてペルーの「Sustaining Local Food Systems, Agricultural Biodiversity and Livelihoods(地元の食料システム、農業生物多様性と生活維持)プログラム」のシニア研究員も務める。