クラクワット族と気候変動:第1章

ミアーズ島トライバル公園西端のWah-nah-jus(ローンコーン山)の頂から、クラクワット族の伝統的テリトリーであるHa’huulthiiを抱える、クラクワット・ファースト・ネーション・トライバル公園群の共同ディレクターであるエリ・エンズ(Eli Ens)氏。トライバル公園群は、クラクワット族の伝統的テリトリー内の陸地と海に点在し、環境とより調和した暮らしを目指しクラクワット族自らによって管理されている。写真:©グレブ・レイゴロデッツキー

カナダ全域に存在するさまざまな土着のファースト・ネーションコミュニティと同様、クラクワット族もまたサバイバー(生き残った人々)である。一世紀以上にもわたる文化的抹殺、キリスト教への改宗、同化政策、土地収用と再定住によって、その数は十分の一に減少し、絶滅の危機に瀕してきた。しかし環境、社会、文化が激変するなかにあっても、クラクワットの人々は創造的かつ包括的な解決策を見出しつつあり、クラクワット族の伝統的テリトリーであり、一般にはブリティッシュコロンビア州クラクワット・サウンドとして知られるHa-huulthiiに対する伝統的管理を復活させつつある

全8回のシリーズで、国連大学高等研究所伝統的知識イニシアチブの非常勤リサーチフェローであるグレブ・レイゴロデッツキー氏が、地域の生態系と文化システムを損なうのではなくむしろ保護・促進する地域経済を、クラクワット族がどのように発展させているかを語る。レイゴロデッツキー氏の写真と現地取材に基づく記事は、何十年にもわたる皆伐により丸裸になった水域の復元、伐採と乱獲の影響から回復しつつある鮭の遡上の復活、何十年にもわたる同化政策の圧力によって消滅の危機に瀕した先住民コミュニティの回復などに、クラクワット族がいかに取り組んでいるかを明らかにする。「すべての事象はひとつであり、すべての事象は繋がっている」というクラクワット族の伝統的思想Hishuk Ish Tsa’walkに根ざした包括的アプローチによって、クラクワットの人々はゆっくりとだが着実に、気候変動を含めた社会的また環境的課題に対処する能力を高めている。

「クラクワット族と気候変動」シリーズの第1回では、レイゴロデッツキー氏が Ha-huulthiiを訪れ、先祖から受け継いだ伝統的テリトリーとの関係、またそこに対する責任を取り戻し促進させようとする取り組みのなかで、クラクワットの人々が直面してきたさまざまな課題や成果について理解するための手引きとなる、クラクワット族を代表する一人を私たちに紹介する

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サバイバー(生き残った人々)

背後のビーチを取り囲むようにいくえもの波が緩やかに押し寄せている。灰色の湿った朝の空気が私の足下の砂に染み込んでいき、砂がベトベトしたペーストへと変わっていく。まるで湿った生砂糖のようだ。だが今目にしている光景は、甘さとは縁遠い。1本のベイスギの丸太から作られたトーテムポールが、私の頭上にそびえているのだ。赤、黒そして白色に塗られた動物がリング状に積み重なった、巨大な人差し指を思わせるトーテムポールは、まるで証人を呼び出そうとしているかのように、低く垂れ込める灰色の空を指し示している。

Totem pole at Tin-Wis Hotel, Tofino.

2013年の春に、寄宿学校のサバイバー(生存者)を讃えて、クラクワットの人々によってティンウィズホテルの前に印象的なトーテムポールが設置された。このトーテムポールは「我々は生き残った!」という意味のTiičswinaと呼ばれている。6メートルの柱に彫られた各クレストは、同化政策という悲劇の犠牲となったクラクワットのすべての部族集団を表している。写真:©グレブ・レイゴロデッツキー

私は、ティンウィズホテルの前に立っている。このホテルは、カナダのブリティッシュコロンビア州バンクーバー島クラクワット・サウンドの南端に位置する、人口約2,000人の小さな町トフィーノのはずれにある、クラクワット・ファースト・ネーションが所有し運営する宿泊施設である。この地にはかつて、政府が資金を出し教会が運営する、この地域にいくつか存在したインディアン寄宿学校の1校があったのだが、その閉鎖後は、Tla-o-qui-aht Band Council(クラクワット・バンド審議会)によって建物が再利用されている。数十年間にわたってカナダ政府は、「建国」の旗印のもとに先住民部族集団である各地のファースト・ネーションを主流のカナダ社会に同化させるべく、「kill the Indian in the child(子どものなかのインディアン的要素を消滅させる)」という徹底した同化政策を実施した。この残酷な表現では十分でないかのように、実際に実施された政策は、はるかにおぞましいものであった。すなわち、2歳になったばかりの子どもを15歳になるまで家族から引き離し、先住民言語の使用を禁じ、伝統的なやり方を固持しようとする場合は処罰した。同化政策が最も熾烈を極めた1930年代初めには、寄宿学校制度によるそうした施設はカナダ全体で80カ所にものぼった。

1996年に最後の寄宿学校が閉鎖されるまで、15万人を超えるファースト・ネーションの子どもたちが、組織的に、精神的、文化的、肉体的また往々にして性的に虐待され、もはや回復不可能なまでに変容させられた。2008年になって初めて、カナダ政府は、そうした文化的抹殺の犠牲者とその家族、そしてすべてのファースト・ネーションに対して、公式に謝罪している。それに伴って、証言を集めて記録し、そうした寄宿学校でどのようなことが行われたかを全カナダ国民に伝え、悲劇が二度と起こらないようにするために、Truth and Reconciliation Commission(真実と和解のための委員会)が設立された。

数十年の間、ここには、クラクワット・ファースト・ネーションの歴史における悲劇的時代を思い起こさせるものはほとんど置いていなかった。クラクワット族は、Nuu-chah-nulth(ヌーチャヌルスと発音する)族を構成する15の先住民部族集団のひとつであり、数千年にわたってバンクーバー島西岸で暮らしてきた。広大な寄宿学校の敷地に残っていた建物の2つだけが、ティンウィズホテルの会議場と整備工場に改装されたのだが、2013年の春に、寄宿学校のサバイバー(生存者)を讃えるために、クラクワットの人々によってホテル前に印象的なトーテムポールが設置された。このトーテムポールは「我々は生き残った!」という意味のTiičswinaと呼ばれており、一番小さなネズミから巨大なクマまで同化政策という悲劇の犠牲となったクラクワットの全グループを表すクレストをピラミッド状に積み重ねた、黒、赤、白に塗られた6メートルの柱である。

私の隣に立っているのは、Tiičswinaプロジェクトでクラクワット族彫り師のリーダーを務めたジョー・マーティン氏である。彼によれば、トーテムポールは、クラクワットの人々にとって単なるアート作品ではなく、さまざまな伝統法、すなわち彼らの憲法を具現化したものである。「母なる地球の自然の摂理に基づいた私たちの権利と責任を表しています。トーテムポールは、Hishuk Ish Ts’awalk、すなわちすべての事象が繋がっているという私たちの世界観を反映しているのです」

Tla-o-qui-aht Master Canoe Carver Joe Martin

クラクワットカヌー伝統彫りマスターであるジョー・マーティン氏は、これまでの人生をカヌー造りとカヌーを操ることに費やしてきた。そうした技術を、彼は亡き父親チーフ・ロバート・マーティン氏から学んだ。 写真:©グレブ・レイゴロデッツキー

カナダ、また世界の多くの先住民コミュニティと同様に、クラクワット族も、支配階級による植民地化、布教活動、開発、そして同化政策によって、非常な苦難を経験してきた。だがこの20年の間に先住民コミュニティは、先祖から受け継いだ伝統的テリトリーとの関係やそれに対する責任の回復と促進にむけて、大きな進展をみせている。しかし、クラクワットの人々が数十年にわたってバランスをとるべく取り組んできた問題の方程式に、ごく最近になって非常に重要な変数、すなわち気候変動という問題が、加わることになった。

私がこの地を訪れたのは、現在クラクワットが直面している問題について、ジョーのような人々から直接話を聞くためである。ジョーは、気候変動がクラクワットの人々に及ぼしている影響について理解しようとする私を助け、クラクワット・サウンドの彼らの伝統的テリトリーを案内することを承知してくれた。クラクワットカヌー伝統彫りマスターであるジョーは、これまでの人生をカヌー造りとカヌーを操ることに費やしてきた。そうした技術を、彼は亡き父親チーフ・ロバート・マーティン氏から学んだ。ジョーは熟練した漁師でもあり、カヌーを操るのと同じくらいモーターボートの扱いにも長けている。他に並ぶ者がいないほどのクラクワット・サウンドのガイドであるジョーは、よく私のような訪問者にクラクワット族の伝統的テリトリーであるHa’huulthiiを案内し、オオカミやシャチ、鮭、木々、クラクワット族など、クラクワット・サウンドの土地、海そして先住民の伝統の魅力に関する深い知識を、たっぷりと分け与えてくれる。今回の訪問は、現在私が取り組んでいる大規模な旅の一環である。その目的は、世界各地を訪れ、地球にわずかに残された、先住民と大地、そして海や川や湖といった水との数千年にわたる関係が、数世紀の混乱にもかかわらず、今なお緊密で活気に満ちた関係であり続けている地域において、気候変動が生態系と社会の秩序に及ぼしている影響について理解することである。

私が最初にトフィーノを訪れたのは、会議への出席が目的であった数年前のことだが、私はたちまちクラクワット・サウンドの風景と人々に魅了された。この町に来ると、ベーリング海北岸の小さな村で過ごした、私自身のカムチャッカ半島(ロシア)での子ども時代や、フェアバンクス大学の大学院生だった頃、アラスカ海岸のシュワード半島で実施したフィールドワークの記憶がよみがえる。そして今また、この地とクラクワット族の友人たちと再会するために、クラクワットに戻ってきた。

Tofino, Clayoquot Sound, Vancouver Island, British Columbia.

トフィーノは、クラクワット・サウンド南端に位置する人口約2千の小さな町で、自然愛好家たちのメッカとなっている。世界中から年間を通して、ホエール・ウォッチングや釣り、サーフィン、バードウォッチ、カヤック、また暴風の追跡を目的とした人々が集まり、この小さな町の人口が10倍にもふくれあがる。写真:©グレブ・レイゴロデッツキー

ジョーはトーテムポールの付け根部分のクマを象ったクレストの隣に立ち、「トーテムポール」という言葉が西洋文化においては、他者との関係性において、個人の地位や重要性、権力の上下を連想させるものであることを、私に思い出させた。ジョーたち先住民の伝統的世界観においては、トーテムポールが表しているのは、動物を象ったクレストは互いに依存し合う関係にあり、またそれぞれの役割と重要性によって等しく敬われるという、相互依存、助け合い、信頼の精神である。トーテムポールの最下部にあるクレストは多くの場合、そうした動物や精霊がクラクワット世界の営みにおいて果たしている基盤的役割を象徴している。そして、それらの存在がなければトーテムポールは崩れてしまうのである。

ジョーは次のように語った。「トーテムポールの最も上の部分にあるクレストは、クラクワットの伝統では、つねに太陽か月を表しています。太陽や月は非常に重要な存在です。すべての人の生活に影響を及ぼします。世界のどこに暮らしていようと関係ありません。私たち誰もが影響を受けているのです。これが第一の自然の摂理であり、自分自身を敬うと同時に自分以外の生き物を敬うことを私たちに教えています。二番目のクレストは、私たちの伝統においては、各トーテムポールの基礎となる部分です。最も重要なクレストのひとつであり、自然の摂理を支える役割を担うオオカミです。そしてもうひとつのクレストは2匹のヘビを象っていますが、それにはいくつか意味があります。稲妻と想像上のウミヘビを表しているのですが、それは、私たちの周りにあるすべてのものを意識すべきだという教えを表しています。すなわち、この世界の空と地上の生き物すべて、そして私たち皆の生死を司る自然の摂理を、私たちに思い出させてくれます。そしてまた、私たちの過去と将来の世代に対する感謝の気持ちと責任も意味しています。私たちは、過去と将来を繋ぐ存在です。なぜなら、身体的にも精神的にも生命を維持する呪術のすべてを受け継ぎ、将来にそれを伝える責任を負っているからです。私たちは、将来、そして自然の摂理に従って生を営んでいるすべての生き物に対して責任を負っているのです」

「こうした教えはすべて、母親の胎内に宿った瞬間から人生を通じて、伝統的な教育であるHa-ho-paを通して、両親や親戚、年長者から伝えられてきました。これらの教えは、私たちと先祖、そして将来の世代とを繋ぐと同時に、この世界に私たちをつなぎ止めている糸です。しかし寄宿学校制度によってそうした糸が断ち切られ、私たちは深いダメージを受けました。失われたものを取り戻すには、何世代も必要になるでしょう」

クラクワットの人々が、過去に文化、社会また環境面で経験した劇的な変化に対処するうえで拠り所とした唯一の方法、また今後もそうした変化に適応するための唯一の方法は、彼らの伝統的テリトリーであるHa’huulthiiとの関係を保ち、自然の摂理についての先祖の教えに深く根ざした生活スタイルを維持することだと、ジョーは考えている。

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本稿は、気候変動に関する先住民の声を世界に届けることを目的としたマルチメディア・プラットフォームであるConversations with the EarthCWE)イニシアチブのHealing the Earthプロジェクトの一環として寄稿され、Land is Lifeの支援を受けています。CWEの活動についてはFacebookTwitter @ConversEarthでもご確認いただけます 

クラクワット族と気候変動」シリーズの続編も、Our World日本語版で掲載予定です。

翻訳:日本コンベンションサービス

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クラクワット族と気候変動:第1章 by グレブ・レイゴロデッツキー is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 4.0 International License. The photographs are © Gleb Raygorodetsky.

著者

グレブ・レイゴロデッツキー氏は国連大学高等研究所(UNU-IAS)の伝統的知識イニシアチブのリサーチフェローであり、また、ビクトリア大学(カナダ)のグローバル研究センターにおけるエコロジカル・ガバナンスでのPOLISプロジェクトでのリサーチ・アフィリエイトとの兼任リサーチフェローである。 UNU-IASに参加する前は、生物文化の多様性と回復力に関するクリステンセン基金のための新しい世界助成金戦略の開発を主導していた。 生物文化の多様性の分野では、参加型調査とコミュニケーション、先住権、気候変動による移住と適応、神聖な自然遺産に重点を置いて研究している。 国際民俗学生物学会(ISE)における民俗学のプログラムで共同議長を務め、また、国際自然保護連合(IUCN)保護地域の文化的・精神的な価値(CSVPA)の専門家グループの活動メンバーでもある。 彼は、Cultural Survival,、Alternatives、 Wildlife Conservation、National Geographicなどの誌面に気候変動、伝統的な知識、先住民などについて執筆している。