クラクワット族と気候変動:第2章

ブリティッシュ・コロンビアのこの地域では気温が21世紀のあいだに1.4度から3.9度上昇すると予測されており、その結果、海水や淡水の温度も上昇が見込まれている。写真:©グレブ・レイゴロデッツキー

カナダ全域に存在するさまざまな土着のファースト・ネーション・コミュニティと同様、クラクワット族もまたサバイバー(生き残った人々)である。一世紀以上にもわたる文化的抹殺、キリスト教への改宗、同化政策、土地収用と再定住によって、その数は十分の一に減少し、消滅の危機に瀕してきた。しかし環境、社会、文化が激変するなかにあっても、クラクワットの人々はゆっくりとだが着実に、気候変動を含めた社会的また環境的課題に対処する能力を高めている。

シリーズの第1章では、国連大学高等研究所伝統的知識イニシアチブの非常勤リサーチフェローであるグレブ・レイゴロデッツキー氏が、クラクワット族の伝統的テリトリーであり、一般にはブリティッシュ・コロンビア州クラクワット・サウンドとして知られるHa-huulthiiに足を踏み入れ、クラクワット族の最近の歴史について簡単に紹介した後、クラクワットの人々が直面してきたさまざまな課題や成果について知る手助けをしてくれる、現地の人々への訪問を開始した。この第2章では、伝統彫りマスターのジョー・マーティン氏が、Ha-huulthiiの最も重要ないくつかの場所にグレブ・レイゴロデッツキー氏を案内する。

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仙境Echachist(エチャチスト)

最初は何もない、ただ灰色の濃淡だけだった。所々に明るい灰色が現れたかと思うと、すぐにほの暗さのなかに沈んでいく。小さな明るい部分がいくつか見えたかと思うとそれらはひとつに溶け合い、より暗い灰色が迫ってきてまた消えていく。覆うような灰色が周りに満ち、外気に触れている私の毛穴の一つ一つから、少しずつ染み込んでいく。ボートの縁をしっかりと掴んだ自分の両手に視線を落とすと、堅い塊のように見える両手は、冷たく湿っていて、色彩を失ったかのようだ。眼前には、この灰色のスープを固めたような、よりいっそう暗い塊が見えてきた。比較するものがないのでその大きさを判断することは難しい。眼鏡についた汚れだろうか、それとも巨大な何かが眼前に迫りつつあるのだろうか。鏡のようになめらかによせる波のうえを眼前のぼんやりとした塊に向かって、6メートルのファイバーグラス製の釣り船が進んでいく。だが、90馬力の船外モーターのパタパタというエンジン音は、濃い霧に遮られてほとんど私の耳に届かない。

「Echachist!」とジョーは私の背後で声をあげた。灰色の影が徐々に島へと形を変えていくなかで、その声は濃い霧に遮られ、私の耳には「Enchanted(仙境)!」と聞こえた。海のうえに浮かんだその姿は、まるでラピュタ、そう宮崎駿監督の映画「天空の城ラピュタ」の浮島のようだった。エンチャチストは、濃密な朝霧の波のうねりのなかに佇んでいた。

Echachist

クラクワット・サウンドの島々は、朝霧の覆いの下から姿を見せようとはしない。だが、やがて夏の太陽が霧を消滅させ、その強い光が大地と海をくっきりと鮮やかに浮かびあがらせる。写真:©グレブ・レイゴロデッツキー

自然愛好家のメッカであるトフィーノの桟橋から、今朝早くにジョーがボートを海に押し出してからずっと、私たちは濃い霧のなかにいた。この小さな町には、世界中から年間を通して、ホエール・ウォッチングや釣り、サーフィン、バードウォッチング、カヤック、それに暴風追跡を目的とした人々が集まり、その人口は10倍にもふくれあがる。起きて学校に行く用意をしなければならない時間なのに、布団を頭からかぶりベッドのなかでぐずぐずしている子どものように、トフィーノは朝霧の覆いの下から姿を見せようとはしないのがつねだが、たいていは夏の太陽が昇るにしたがって霧が消滅し、その強い光によって大地と海がくっきりと鮮やかに浮かびあがる。ジョーは確かにそれを期待している。

こめかみのあたりにわずかに白いものが混じるたっぷりとした黒髪の下から、ジョーの鋭い黒い目は、ボートと見えてきた海岸線との距離を素早く計測する。航海コンソールを背にして立つ彼の引き締まった体は、鮮やかな赤いフローティングジャケットに包まれている。ジョーはゆっくりとボートの舵を切り、ブルケルプ(大型の海藻)の塊の間を慎重にボートを進めていく。今や、島のごつごつとした海岸線がはっきりと見える。

数分で私たちは、背後の砂浜を守る自然の防波堤である、島の南東岸の岩場近くに到達した。岩場から1メーターほどのところでジョーはエンジンを切り、素早くボートの舳先に駆け寄り、一面に漂うブルケルプのなかでぷかぷかと浮いている係船浮標を掴んだ。フィッシングナイフを数振りしてボートの周りの邪魔な ケルプの 葉と茎を取り除き、係船索に固定しやすいようにすると、手早くロープを結びつけた。そして岩場に飛び降りると、私が上陸しやすいようにボートを押さえてくれた。

クラクワット族発祥の地、Echachistへようこそ」と言うと、にやりと笑いながら「そして私の故郷です!」と付け加えた。Echachistの原生林が浜まで達しているその場所に、ジョーが20年以上前に建てた家が佇んでいた。

Joe Martin

ジョーは岩場に飛び乗り、私が上陸しやすいようにボートを押さえてくれた。「クラクワット族発祥の地、Echachistへようこそ」と言うと、にやりと笑いながら「そして私の故郷です!」と付け加えた。写真:©グレブ・レイゴロデッツキー

今は7月の半ば、観光シーズンのピークである。バンクーバー島では雨が降らない日が続き、新記録を更新しそうである。こうした状況は、天気や気候が歴史的水準から外れつつあることを示す数多くの兆候のひとつだ。ブリティッシュ・コロンビアのこの地域では気温が21世紀のあいだに1.4度から3.9度上昇すると予測されており、その結果、海水や淡水の温度も上昇が見込まれる。

環境保護団体Ecotrust Canada(エコトラスト・カナダ)のレポート「Climate Change Adaptation in Clayoquot Sound(クラクワット・サウンドにおける気候変動適応)」によれば、バンクーバー島の夏はより乾燥する一方で、冬は雨が多く雪は少なくなると予測されている。ここは北米でも最も湿度の高い地域のひとつであるにも関わらず、夏場の降雨量が減れば暖かい時期に淡水が貴重な生活必需品となる恐れがある。また、海面が徐々に上昇して海岸線の浸食が進むと同時に、冬の嵐がよりいっそう強力になり、クラクワットの海岸を破壊することになる。

クラクワット族がこれまで経験してきた数々の変化、すなわち、工業社会への同化や伝染病といった社会的大変動、森林伐採や乱獲といった環境的変化、そして大気や水の温暖化と海面上昇といった深刻な気候変動を踏まえたとき、こうした新たな状況がクラクワットの人々にとって何を意味するのか、私は理解したい。

Fishing

トフィーノには、世界中から年間を通して、ホエール・ウォッチング、釣り、サーフィン、バードワォッチング、カヤック、そして暴風追跡を目的とした人々が集まり、町の人口は10倍にもふくれあがる。 写真:©グレブ・レイゴロデッツキー

これからの数日間、私は、ジョーや彼の甥でありトライバル公園群共同ディレクターであるEli Enns(エリ・エンズ)氏、トライバル公園群監視員Cory Charlie(コーリー・チャーリー)氏といった、ジョーのクラクワット族の親戚や友人たちから、彼ら自身がその原因を創り出したのではないこうした一連の新たな課題を、どのように乗り越えようとしているか、話を聞こうと思う。だが新たな課題について話を聞く前にまず、この場所とここに暮らす人々と、改めて向き合う必要がある。そこで今日、ジョーは、クラクワット・サウンドのクラクワット族テリトリーのなかでも最も重要ないくつかの場所に、私を案内してくれようとしているのだ。

クラクワット・サウンドのような沿岸温帯雨林には、他に類をみない美しさがある。北米、ニュージーランド、タスマニア、チリ、アルゼンチン沿岸に見られる、地球表面の1パーセントにも満たないこうした原生温帯雨林は、貴重な存在であるとともにその重要性はますます高まっている。なぜなら、木材産業による原生林の伐採が、たとえ以前ほどのペースではないとしても、いまだ続いているからだ。バンクーバー島西岸約100キロに広がる地帯は、原生温帯雨林が今なおその姿を留めている、地球上に残された数少ない場所のひとつであり、ジャイアント・ウエスターン・ヘムロック(アメリカツガ)ダグラスファー(ベイマツ)ベイスギやベイトウヒは、地球で最も古い植物の仲間である。

樹齢千年を超える高さ90メートル、周囲18メートルのこれらの巨木は、古代と現代、地質と生態系、自然と人間の双方に関して、この地域の歴史の証人である。海岸線に沿ってこうした原生雨林が存在すること自体が、地球環境に大きな変化が生じてきたことを意味している。温暖化による氷河や海面の後退がなければ、こうした木々が根を張ることはできなかったと考えられるからだ。

クラクワット族と気候変動」シリーズ続編も、Our World日本語版で掲載予定です。

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本稿は、気候変動に関する先住民の声を世界に届けることを目的としたマルチメディア・プラットフォームであるConversations with the EarthCWE)イニシアチブのHealing the Earthプロジェクトの一環として寄稿され、Land is Lifeの支援を受けています。CWEの活動については、FacebookTwitter @ConversEarthでもご確認いただけます。

翻訳:日本コンベンションサービス

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クラクワット族と気候変動:第2章 by グレブ・レイゴロデッツキー is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 4.0 International License. Photos: © Gleb Raygorodetsky.

著者

グレブ・レイゴロデッツキー氏は国連大学高等研究所(UNU-IAS)の伝統的知識イニシアチブのリサーチフェローであり、また、ビクトリア大学(カナダ)のグローバル研究センターにおけるエコロジカル・ガバナンスでのPOLISプロジェクトでのリサーチ・アフィリエイトとの兼任リサーチフェローである。 UNU-IASに参加する前は、生物文化の多様性と回復力に関するクリステンセン基金のための新しい世界助成金戦略の開発を主導していた。 生物文化の多様性の分野では、参加型調査とコミュニケーション、先住権、気候変動による移住と適応、神聖な自然遺産に重点を置いて研究している。 国際民俗学生物学会(ISE)における民俗学のプログラムで共同議長を務め、また、国際自然保護連合(IUCN)保護地域の文化的・精神的な価値(CSVPA)の専門家グループの活動メンバーでもある。 彼は、Cultural Survival,、Alternatives、 Wildlife Conservation、National Geographicなどの誌面に気候変動、伝統的な知識、先住民などについて執筆している。