持続可能なビジネスを真摯に模索

2011年のアースデイ(4月22日)を迎えるにあたって、この1年間に私がきいた企業と持続可能の関係についての疑問についてあれこれと考えてみた。

疑問を投げかけてきたのは学生、企業の重役、NGOスタッフ、政府職員など様々だ。産業が発展した都会の環境にいる人もいれば、途上国の農村に住む人もいる。立場によって質問の種類は異なるが、ほとんどの質問は大まかに2つのパターンに分けられるようだ。

1つ目は企業が真に持続可能であることは可能かどうかを問うもの。2つ目は「持続可能な企業」という表現自体が矛盾してはいないかというものだ。後者は「企業」と「持続可能性」はそもそも相容れないものだという批判的な考えを表している。

研究者である私としては2つ目のパターンは一方的で客観性を欠いているとして無視したいところだ。だが、それでは企業による持続可能性に反する悪行をも無視することになる。実際それらは太平洋上の熱帯性低気圧と同じくらいしばしば発生しているのだから。

アメリカの投資銀行ゴールドマン・サックスの例を考えてみよう。2008年から2009年にかけて起きた世界的金融危機の責任について、ここ数年は大々的に否定的報道がなされた。実際はこの会社は環境問題について進歩的な業績をあげ、多くの競合会社が「市場による環境問題の解決策」に関心を持ち始めるより先に環境市場センターを立ち上げていたのだが、一体それには意義があったと言えるのだろうか。

多くのアメリカ国民や世界各国の人々は、ゴールドマン・サックス社の重役たちはNGOと革新的な提携を結んだことなどに対して表彰を受けるのではなく、法の下、金融犯罪の罪に問われるべきだと考えているようだ。これは明らかに、現実が人の判断を決めるのではなく人々の判断が現実を動かしている例と言えよう。

BP社に対しても同様の感情が見られる。メキシコ湾での石油流出が起こった後となっては革新的な「Beyond petroleum campaign(石油を越えて)」キャンペーンなど、誰が覚えているだろう。そして今は東京電力に対しても同様だ。この会社は被災した原子力発電所を持つことで名が知れわたった。東京電力によるオンライン上のサステナビリティレポート、そして地域社会へのアウトリーチ活動も、3月以降の現状と照らし合わしながら読むと非常に興味深い。

ゴールドマン・サックス、BP、東京電力のような企業が持続可能でありうるかどうかに関する疑問ばかりが大半を占める現状を変え、企業がその持続可能性に関してもっと現実的になり、国際的な持続可能性に関する議論を見直すためには何をしたらよいだろうか。

ここでは3つの観点から論じたい。第一点は、どのようにして経済的に堅実で、かつ環境的耐性と社会資本を兼ね合わせる企業価値観を創出すべきかについてだ。

「ハーバード・ビジネス・レビュー」誌、2011年1月・2月号でマイケル・ポーター氏(「競争優位」という表現を生んだ学者)とマーク・クレーマー氏は「共有価値の原則」と呼ばれる概念を明確にした。これには経済価値を創造する際に、社会のニーズや課題に応える社会的価値も創造すべきだという考えが含まれる。

確かに、同様のことはこれまでもビジネスの専門家によって述べられてきた。スチュアート・ハート氏とマーク・ミルスタイン氏(両者ともコーネル大学ジョンソンスクールに所属)は「持続可能な価値観のフレームワーク」を提議していた。

この考えの詳細が多少あいまいとはいえ、この現象は未来のビジネスリーダーがもはや「ビジネスの唯一の責任は利益を最大化することだ」(経済学者ミルトン・フリードマン氏による1970年の論文による影響)という、古めかしい(そして不正確な)原則を叩き込まれているわけではないということを示す良い兆候だ。

第二点はどのようにして途上国の人々の基本的欲求と、営利・非営利団体による適切な解決策を統合すべきかについてである。まずは、多国籍企業は持続的行動規範を守るべきであり、できるだけ多くの企業が国連グローバル・コンパクトに参加すべきである。

ただしそれだけでは不十分だ。世界的環境の欠乏と貧困に対する長期的解決は、アフリカ、アジア、ラテンアメリカ諸国の起業家たちが始めるべきなのだ。彼らはそれぞれの地域のマーケット・ソリューションと社会問題・環境問題をどう結び付けるかを一番よく知っているからだ。

多くの環境事業や社会的企業は、とりわけ新興経済国ではうまく軌道に乗ることができない。なぜなら銀行のような昔ながらの資金の出し手は、過去に取引がなく、リスクを伴うセクターには興味をもたないからだ。私たちはなぜ世界的な市場関連的リスクを増やす金融手段を守り続ける一方で、チャンスを求める途上国の若い起業家のリスクを減らすことには同程度のエネルギーと資本を注ぐことができないのだろう。

第三点は、ピラミッドの底辺の人々に利益をもたらし、かつ、先進国の営利団体と非営利団体の関係や先進国の組織と途上国の組織の関係に投資するために、3つのボトムライン(社会、環境、経済)をどのように協調させていくべきかについてである。

この疑問に対する単純な答えはない。しかし、以前Our World 2.0でも取り上げたように、コラボの概念など、新たなビジジネスモデルが現れてきている。レイチェル・ボッツマン、ルー・ロジャース著の『What’s Mine Is Yours: The Rise of Collaborative Consumption(私のものはあなたのもの:コラボ消費の台頭)』からもそれがわかる。彼らはその中で「eBayのような巨大な市場から個人間融資などの新興セクターにいたるまで、コラボ消費は既存のビジネスモデルを崩壊させ、私たちが何を消費するかだけでなく、どのように消費するかという概念を再構築しつつある」と述べている。

2011年アースデイにあたっての私の最大の関心事は、今私たちに必要な変革をもたらすには、このような革新的な考えが非主流ではなく、大きなうねりへと育たなければならないという点だ。それを可能にするには一体何が必要なのか、私は考え続けている。

おそらく、まずは見栄えの立派な企業の社会的責任イニシアティブが真に地球の人間のニーズに応えてくれるなどという幻想を捨てるべきだろう。企業は一体どのようにして新しい持続可能な未来のために、創造し、統合し、協調することができるのだろうか。

翻訳:石原明子

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著者

ジェイコブ・パーク氏はアメリカ・バーモント州のグリーンマウンテン・カレッジでビジネス戦略・持続可能性を専門とする准教授である。