ワクチンの信頼向上には科学と共に政治が必要

一見、新型コロナウイルス(COVID-19)ワクチンへの信頼は高いように思える。なにしろ、2020年12月の公的接種プログラム開始以来、(4月現在)世界全体で 6億3500万人以上 がワクチンを接種しているからだ。「2021年末までに140億回分」という大きい需要供給が追いつけば、ワクチン接種のペースはさらに早まる可能性がある。英国のインペリアル・カレッジ・ロンドンと市場調査会社YouGovによる2021年2月の調査でも、世界の人々のワクチン接種への意欲はますます高まっているとの結果が出ている。こうした事実は、ワクチン忌避の恐れは見当違いではないかということを示唆している。

残念ながら、現実はそれほどバラ色ではない。COVID-19以前に、すでにワクチン忌避を世界の健康に対する10の脅威のひとつとしていた世界保健機関(WHO)は、COVID-19のパンデミック中に「インフォデミック」という用語を追加した。ワクチンへの信頼は、多くの構造的・非科学的要因にも左右され、こうした要因によって信頼が損なわれるケースは多い。

世界各地でワクチン接種が始まって最初の数か月のうちに、次のような重要な教訓が得られた。

第一に、ワクチンへの信頼は世界で一様ではない。フランス (ワクチンへの信頼を高めるために35名からなる「市民ワクチン委員会」を設置)、日本 (4月2日時点での全人口に対する接種率は、イスラエルの60.7%、米国の30.4%に対し わずか0.7%)、フィリピン(2016年のデング熱ワクチン騒動後に広まったソーシャルメディアでの噂により、ワクチン忌避が急速に拡大)など、ワクチン忌避が見られる場所もある。適切に対処しなければ、こうした国ではワクチンへの抵抗が深まるか、またはさらに広がる恐れがある。

第二に、信用と信頼は、最も順調な時であってもこわれやすいものだ。個人やコミュニティが誤った情報に影響されやすく、ニュースに過剰に反応しがちで、簡単に怯えてしまうような環境で、COVID-19のワクチン接種プログラムは展開される。ワクチンへの信頼は、次のような要因で一晩にして消滅しかねない。

第三に、ワクチンは現在政治化している。その結果、市民がワクチンの公衆衛生上の価値と科学的価値についてのいかなる説明も信用しない場合がある。信頼は2つのレベルで失われている。世界各国の政府は以前から信頼の欠如に苦しんでおり、パンデミックはそのギャップを広げただけなのだ。政府は、ワクチン接種を奨励するためにCOVID-19ワクチンの利点を過大に訴えたり、旅行再開などの「ご褒美」を大げさに約束してみせたりする場合がある。香港マレーシアタイ米国の当局がインセンティブとして目の前にちらつかせたのがそれだ。市民が自国政府を信頼しておらず、ワクチンを接種するよう強いられていると感じた場合、またはワクチン接種の具体的なメリットが見えない場合、すでに危うくなっているワクチンへの信頼はさらに弱まりかねない。

国際的に見ると、ワクチンは外交政策のツールとなっている。一部の国は、中国やロシア、米国から、優先的な商業アクセス、無条件の寄付、またはひも付きの取り決め(「ワクチン外交」)を通じてワクチンを受け取っている。こうした国々では、自分たちが得るワクチンは入手可能な最良のものであり、自由に入手されたのであって、強要されて、あるいは切羽詰まって受け入れた次善の選択肢ではないと市民を説得するのに苦労するかもしれない。ワクチンの政治経済学をさらに複雑化するのが世界の不公平な知的財産制度であり、この制度によって多くの人々が、「貪欲な」高収益の製薬会社による製品に不信感を抱いている。

第四に、政府や企業がCOVID-19ワクチンの開発、承認、製造を迅速に行うために手抜きをしたという認識から、信頼が薄らぐ可能性がある。公衆衛生当局とメディアは、科学と経済と政治によって、いかにして品質や安全性を損なうことなくこのようなスピードが可能になったかについて、これまで説明してこなかったのかもしれない。COVID-19ワクチンの開発が迅速に行われた背景には、多くの論理的理由がある。COVID-19は、マラリアや結核など主に貧しい国に影響を与える他の感染症と異なり、豊かな国を襲ったため、はるかに多額の資金と政治的意志が研究に向けられたのだ。また、現在は有能な科学者がこれまでになく多く、数十年にわたるコロナウイルスとmRNAワクチンに関する広範な研究に基づく知識交換(ウイルス遺伝物質の共有を含む)と連携の世界的な能力が高まっている。コロナウイルスとワクチンに関する基礎科学の研究は、まさにCOVID-19のようなパンデミックに備えてすでに行われていたのだ。

ワクチンの臨床試験の志願者を集めることもまたはるかに簡単だった。 ファイザー、 モデルナ、 ジョンソン&ジョンソン は、別個に行われる3つの世界規模の治験のために、6カ月で合計117,000人の被験者を集めた。これに比べ、1つのエボラワクチンのための3つの臨床試験には、2015年から2017年で12,000人の被験者しか参加していない。製薬会社間の熾烈な競争によって、安全で効果的なワクチンが短期間に複数提供されたのだ。

最後に、各国政府は事前買取制度と呼ばれるツールを通じてCOVID-19ワクチンの購入を約束しており、これによって製薬会社は、自信を持って研究・製造能力により多くの資金を投じることができた。スピードの速さはむしろ、世界の科学的連携プロセスの安定性と、適切なインセンティブと政治的意志の存在を示すものと見なされるべきだ。

ワクチン忌避には、他にも構造的な理由がある。

実際的、総体的かつ持続可能

ワクチン忌避を引き起こす可能性のあるこうした広範囲に及ぶ強力な要因を考えると、各国政府はワクチンへの信頼を高めるための努力を大幅に強化する必要がある。そのために政府は、科学と事実と同時に、政治的意志とスキルを行使する必要がある。

ワクチン接種プログラムへの信頼を得るための包括的戦略は3つある。第一に、ワクチン忌避への一つの解決策はないため、政府は複数の解決策を一式採用しなければならない。第二に、政府は人々の接種意欲を高めるのに必要なスキル、能力、信頼関係のすべてを備えてはいないため、社会全体でのアプローチをとる必要がある。第三に、ワクチンへの信頼は動くゴールポストであり、状況と信用レベルは絶えず変化するため、こうした努力を長期にわたり継続しなければならない。要するに、ワクチンへの信頼を高める取り組みは実際的で、総体的かつ持続可能なものでなければならないのだ。

ワクチンへの信頼度の幅を理解することは、ワクチン忌避への解決策一式を開発する上できわめて重要だ。一方の端にはCOVID-19ワクチンを積極的に求める人たちがおり、もう一方の端には積極的に反対する人たちがいる。このスペクトル内で人々を3つのグループに分けることができ、それぞれに異なるアプローチが必要だ。

この整然とした状況は、ワクチン忌避の数多くの要因によって複雑化している。その要因は国、年齢層、教育と収入のレベル、政治的信念、信仰によって様々だ。したがって、ワクチンへの信頼強化のための教育は、細かいニュアンスを含んだ、忌避者のタイプ別に対象を絞りつつ、以下の4つの主な分野に重点を置く必要がある。

ワクチン教育を行う際、政府はいくつかの原則に基づいて実施しなければならない。第一に、情報は非常に理解しやすいものとし、繰り返し提供する必要がある。第二に、メッセージの伝達者はメッセージと同じくらい重要であるため、教師や宗教指導者など信頼を集める人物が有用である。第三に、政府は市民に対し批判または干渉せず、尊厳と主体性を備えた大人として扱わなければならないことだ。

しかし、どれほど微妙なニュアンスを加えようと、対象を絞ろうと、持続可能であろうと、教育だけでは不十分だ。政府は、前述の他の問題への解決策を実施しなくてはならず、そこには以下の戦略のいずれか、またはすべてを盛り込む必要がある。

政府は、求められる一連の解決策の実施に必要なスキルや能力、信頼関係を自らがすべて備えているわけではないことを認識しなければならない。そのため、第二の包括的戦略として、国内および国際レベルでマルチセクターおよびマルチステークホルダー・アプローチを追求するべきだ。国内では、政府はコミュニティのリーダーとの信頼を再構築する必要があり、そうすることで、市民社会組織と効果的かつ有意義に協力ができるようになる。

コミュニティ関与の成功例として、ナイジェリアのラゴス州、マレーシアの移民労働者のリーダーたちの取り組み、および米国のアフリカ系アメリカ人聖職者と宗教団体の活動がある。中心となる人物が、ワクチンの利点を自団体の構成員に説くための研修を受けてその権限を与えられれば、彼らのメッセージは、顔の見えない官僚や時間に追われる医師が伝えられるどんなメッセージよりも強力となる。ただし、コミュニティのリーダーが一般の人から得ている信頼を悪用または乱用しないよう留意する必要はある。

ワクチンへの信頼は通常個人的な問題であり、その度合いは地域社会の中でも、さらには同一世帯の中でも異なるものの、世界規模で考慮し、グローバルコモンズでの協力を必要とする重要事項が2点ある。

ワクチン忌避と戦うための第三、そして最後の包括的戦略は単純明快である。信頼構築の取り組みを持続可能なものとし、長期にわたり実施しなければならないということだ。COVID-19ワクチン接種プログラムは、しばらくの間実施することになる。もしかすると各国政府が「任務完了」と宣言できる日は来ないかもしれない。これは、ワクチンへの信頼を高める努力が永続的でなければならないことを意味する。

実際、COVID-19ワクチンへの信頼構築の取り組みがうまく行けば、他のワクチンへのプラスの波及効果、健康と科学のリテラシーの向上、さらには政府への信頼向上にもつながるであろう。

ワクチンへの信頼確立は唯一の課題ではない

ワクチン忌避は、人々が接種を受けない理由の1つにすぎない。その他の重要な原因として、(ロジスティック上、または経済的理由による)アクセスの欠如、当局への恐れ、集団免疫がつくのを待つ利己的な人々による集団行動、強制や脅しを感じ取ったことによる政府や社会への良心的拒否または抗議などがある。これらの複雑な問題には、個別の解決策が必要だ。

ワクチンへの信頼確立は実現可能だ。信頼の構築には科学と事実に加え、政治的意志とスキルを発動する政府主導の有志連合が必要である。パンデミック後に各国がより良く、より公平で、より健康的な復興を実現するには、実際的で総体的かつ持続可能な解決策が不可欠だ。

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この記事は、AsiaGlobal Onlineに最初に掲載され、クリエイティブコモンズのライセンスに基づき転載したものです。元の記事はこちら

 

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