トランジション藤野:より良き未来へ

2011年08月16日 ブレンダン・バレット ロイヤルメルボルン工科大学

3月11日の地震と津波による災害以降、日本が過ごしてきた厳しい数カ月間は、過去を振り返り、日本の未来について熟考する機会でもあった。よりよい未来の姿のヒントは、東京から電車でそう遠くない藤野という場所で見つかるかもしれない。

人口1万人ほどのこの小さな町は、相模川と秋山川をまたがるように位置しており、芸術家や職人が集まるホットスポットとして有名だ。アメリカ人の住民が藤野での生活について記す興味深いブログ(英語と日本語)も存在する。

外国では、藤野は日本初の公式なトランジション・タウンとして、また世界で100番目にできたトランジション・タウンとして知られている。この町は「日本のパーマカルチャー運動の発祥の地となった進歩的なコミュニティーで、シュタイナー・スクールも存在する」と説明されている。

Our World 2.0の定期的な読者の方なら、トランジション藤野のチームメンバーの1人、榎本英剛氏との2009年5月のインタビューを覚えているかもしれない。藤野が公式にトランジション・タウンと認められたのは2008年9月のことで、インタビュー当時、藤野での取り組みは始まったばかりだった。

藤野における最近の発展

私たちはトランジション・ジャパンと題したシリーズを通して、日本が3重の災害から復興し、よりよい国を再建する一助となり得るアイデアや人々を紹介している。その一環として、再び榎本氏に会い、トランジション藤野の活動がこの2年間でどのような進化を遂げたのか伺うことにした。

トランジション・ジャパンのウェブサイト(日本語のみ)によると、現在日本には23のトランジション・タウンが活動しているという。6月に榎本氏にインタビューした際、その前日に24に増えたことを榎本氏は教えてくれた。

ところで、多くの読者は「トランジション・タウンとは具体的に何か」と疑問に思っているかもしれない。トランジション・ネットワークによれば、トランジション運動とは基本的に「気候変動や、減り続ける安価なエネルギー供給に対するコミュニティー主導型の反応で、レジリアンスと幸福を追求する行動」とされる。

日本の災害がもたらす影響について考えた場合、復旧活動に役立ちそうなトランジション運動の重要な側面は「レジリアンス」(変化に対する柔軟な強さ)だ。本稿と共に掲載されているビデオの中で、私たちは榎本氏に、彼の考えるコミュニティーのレジリアンスとは何か、そして今回の災害の被害者たちの体験から得られる教訓について尋ねた。日本の多くの人々と同様に、榎本氏も東北地方の救援ボランティアとして食料や救援物資を運んだ。そして彼が特に感銘を受けたのは、伝統的な漁業や農業のコミュニティーがこの困難な時期を克服するために協力し合っている様子だった。

榎本氏は、日本だけでなく世界中のすべての人たちは東北の人々から学ぶことができると考えている。そして気候変動やピークオイルの影響と折り合いをつけざるを得ない未来において、その教訓がさらに意義深いものになるかもしれないという。その一方で榎本氏は、トランジション運動に携わる多くの人々が、悲しい出来事を克服しようとしている東北の人々の姿に多くの希望を感じていると考える。東北の人々はレジリアンスとは何かを身をもって示している。つまりレジリアンスとは、極端な逆境に直面した時、コミュニティーとしてお互いを助け合うということを意味するのだ。

以前とはまったく違う状況

3月11日以降、藤野でも日本の他の地域でも、状況は変わり始めた。榎本氏によると、トランジション藤野のメンバーたちは、どうしたら地域通貨を導入できるか検討を重ねているそうだ。地域通貨はイギリスのトットネスやブリクストンといった他のトランジション・タウンで導入されており、財源をコミュニティー内にとどめておくのに非常に効果的な方法だ。例えば全国的なスーパーマーケットのチェーンを通した場合、財源はあっという間にこぼれ落ちてしまう。

福島で現在も続く放射性降下物の問題を考慮し、藤野ではコミュニティーが電力会社を設立し経営することができないだろうかというアイデアが登場した。このアイデアに引きつけられて、新たに約20人がトランジション藤野4のチームに加わった。このアイデアは恐らくTotnes Renewable Energy Society Ltd(TRESOC、トットネス再生可能エネルギー・ソサエティー)の発想に似たものに発展していくだろう。TRESOCは「地元の再生可能エネルギー資源をコミュニティーによる民主主義的な管理と所有の下で発展させる革新的な計画」であると説明されている。協同組合として設立されたTRESOCは、トットネスのために再生可能エネルギーを地元で収益性のある方向に発展させることを目指す。

恐らく藤野でも同様の展開が見られるだろう。そしてピークオイルや気候変動に対するコミュニティーの反応が、雇用を創出し地元に利益をもたらす新たな形の社会起業家精神に変貌を遂げる過程の一例となるだろう。しかし、独自のエネルギー施設の経営ノウハウや、小規模のインフラストラクチャーを稼働するデメリットや高額になりかねないコストの問題を克服する専門知識が小さなコミュニティーにあるだろうか。

日本の他の地域では、すでにこういった展開の事例が見られる。例えば、人口わずか7000人の岩手県葛巻町は、2001年に株式会社グリーンパワーくずまきを設立した。このプロジェクトは、各出力が1750キロワットの風力タービンを12基、設置した。

藤野や日本の他の地域で、誰もがエネルギーシフトの必要性をますます強く感じている。榎本氏が指摘したように、原子力発電所の事故以降のエネルギー問題に取り組む必要性を話題にすると、人々は「なぜエネルギーシフトが必要なのか」ではなく、「どうやったらエネルギーシフトを実現できるか」と問うようになった。

これは福島の事故がもたらした注目すべき変化の1つだ。この変化は、コミュニティーは東京電力株式会社(TEPCO)のような巨大な独占企業に頼るのではなく、自分たちが必要なエネルギーに関してもっと大きな責任を負うべきだということを示唆している。エネルギーに関する意志決定過程の民主化に向かう小さな一歩だ。

要するに、より多くの人々がエネルギー問題に関心を抱いている今、日本は原子力発電や化石燃料からの「エネルギーシフト」に着手する、またとない機会を与えられている。国のリーダーシップが不在の中、こうした転換が現実に起こり得るのは藤野などのようなコミュニティーにおいてであり、そこではよりよい未来の展望が具体的に見えてくるだろう。

ピークオイルの影響に関する本を著したジェフ・ルービン氏は、私たちは上昇の一途をたどるエネルギー価格と移動コストに苦しむ一方で、世界はますます小さくなっていくという。しかしそれは、私たちが地元のコミュニティーに再投資して、地元の需要を満たしたり地元にもっと多くの雇用を創出したりすることに責任を持つという意味だ。

このように「地元の需要」に注目することは、3月11日以降の東北地方にとって非常に重要だろう。東北の復興モデルはまだ模索中である。管総理大臣は、震災前よりも優れた街作りに関する青写真を探している最中だ。しかし願わくば、復興案にはコミュニティーの要望と、気候変動やエネルギー保障といった差し迫る問題への対策を反映させてほしい。もしそれが可能なら、まさに東北が世界に先んじるチャンスなのだ。

榎本氏はインタビューの前に、ロブ・ホプキンス氏の『Transition Handbook ― From Oil Dependency to Local Resilience(トランジション・ハンドブック:石油依存から地域のレジリアンスへ)』の日本語版がほぼ完成したと話してくれた。底力を持つコミュニティーの再建のために、そのハンドブックから数多くの貴重な教訓が得られるだろう。その他の有益な書籍としては、東京大学名誉教授の石井吉徳氏の2007年の著作『石油ピークが来た 崩壊を回避する「日本のプランB」』や、枝廣淳子氏の『エネルギー危機からの脱出』が挙げられる。

こういった書籍を、管総理大臣や東北地方の復興計画に携わる人々に送ってあげればいいのかもしれない。東日本大震災復興構想会議が2011年6月25日に発表した提言(現時点では日本語のみ)をさらに強化するのに役立つだろう。

Our World 2.0では、同会議の提言に関する詳細な評価を別の機会にお届けする予定だ。差し当たり、提言に関して興味深いのは、再生可能エネルギー(風力、バイオマス、太陽光)、蓄電技術、電気自動車の共同利用システムを統合したスマート・コミュニティーやスマート・ビレッジの建設の必要性に言及している点だ。もし提言の内容が現実のものとなれば、津波の被害に遭ったコミュニティーは、今後は同様の自然災害に遭っても安全であるばかりでなく、未来のエネルギーショックに際しても、もっと底力を発揮できるかもしれない。

翻訳:髙﨑文子

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著者

ブレンダン・バレット

ロイヤルメルボルン工科大学

ブレンダン・バレットは、東京にある国連大学サステイナビリティ高等研究所の客員研究員であり、ロイヤルメルボルン工科大学 (RMIT) の特別研究員である。民間部門、大学・研究機関、国際機関での職歴がある。ウェブと情報テクノロジーを駆使し、環境と人間安全保障の問題に関する情報伝達や講義、また研究をおこなっている。RMITに加わる前は、国連機関である国連環境計画と国連大学で、約20年にわたり勤務した。