あなたが最後に引っ越しをした理由は何だっただろうか? 2008年から2012年の間、世界で約1億4400万人の人々が自然災害によって家を離れざるを得なかった。2012年だけでも、推計3200万人が強制移住している。こうした移住のほとんどは、洪水、嵐、野火といった天候に関連した災害が引き金となった。さらに、何十万人もの人々は、干ばつのような遅発的災害が原因で、移住を余儀なくされた。
こうした人々の多くは国内の別の場所に移住するため、「国内避難民」として知られている。しかし、国境を越えて他の国へ避難する人々も多い。近年、アフリカの角と呼ばれる地域で大規模な干ばつが飢饉(ききん)へと発展し、2011年から2012年末までに多数の人々(特にソマリア人とエチオピア人)が支援と保護を求めて避難した。その過半数はケニアとイエメンに渡り、エジプトなどさらに遠方の国に渡った人々もいる。そして最近の報告によると、ソマリアは雨不足、深刻な栄養不良、長引く紛争、衛生施設の不備により、人道的危機に再び直面している。5万人の子どもたちが「瀕死(ひんし)の状態」にあり、290万人のソマリア人が飢餓の危険にさらされている。
現在、国境を越えた災害避難者は、ある種の中間的な弱い立場に置かれている。なぜなら今のところ、自然災害に関連した災難を根拠として入国や地位や権利を個人に対して明白に授与する手段がないからだ。難民の地位に関する1951年の条約のような既存の難民関連法や条約は、上記のような移住者たちを難民とは法的に認めていない。なぜなら彼らは必ずしも「人種、宗教、国籍もしくは特定の社会的集団の構成員であること、または政治的意見を理由に迫害されている」わけではないからだ。
「個人はさまざまな理由から他の国へ向かいます。しかし多くの場合、その要因は生計の喪失や悪化と関連しています。天候関連の事象に誘発されて作物の荒廃や洪水が生じ、それが要因となって人々は国境を越えることになるのです」と、国連大学環境・人間の安全保障研究所(UNU-EHS)のTamer Afifi(タメール・アフィフィ)博士は語る。彼は、ノルウェー難民評議会(NRC)との新しい報告書の共著者である。この報告書は、複雑で切迫したこの問題がアフリカの角でどのように展開しているかに光を当てている。
アフリカの角は、エリトリア、ジブチ、エチオピア、ソマリアを含むアフリカ北東部の人口1億300万人を抱える地域だ。アフリカで最も貧しい地域であり、同地域のほとんどの国は広範囲に及ぶ貧困、政治的緊張状態、暴力的な紛争にすでに苦しんでいるため、洪水や干ばつといった突発的および遅発的災害に遭遇した場合、過酷な苦難を強いられる。多くの住民は畜産業者や小規模農家であり、生計は気候に影響を受けやすく、教育をほとんど受けていない。そのため、同地域での災害は特に破壊的な影響を及ぼす。
新しい報告書『Disaster-Related Displacement from the Horn of Africa(災害に関連したアフリカの角からの強制移住)』は、先週ナイロビで開催されたナンセン・イニシアティブによるGreater Horn of Africa Regional Consultation meeting(アフリカの角とその周辺地域に関する諮問会議)で発表された。スイスおよびノルウェー両政府が2012年10月に発足したナンセン・イニシアティブは、国家主導によるボトムアップ型の諮問プロセスで、気候変動の影響を含む自然災害によって国境を越える移住を余儀なくされた人々のニーズに応える保護対策の開発に関する合意を築くことを目指す。
UNU-EHSとNRCによる研究は、災害に関連した越境移住に関する政策と法的選択肢を分析した。移住後のソマリア人とエチオピア人に特に焦点を絞り、アフリカの角、ケニア、中東および北アフリカにおける正式な法律や政策だけでなく実質上の社会・法律的問題も含めて分析を行った。またケニア、エジプト、イエメンでの事例研究によって、追加情報が得られた。この非常に徹底した報告書は、強制移住の予防策、移住中の保護策、強制移住の永続的な解決法を探究している。
この報告書は極めて重要な時期に発表された。国内避難民に関する国連ハイレベル対話による2013年の公約で、紛争や災害の状況を含め、危機に置かれた移住者に対して保護と支援を提供するために、組織化された運用体制に既存の原則や慣例を収集することが掲げられたからだ。
「異常気象が強度を高めていく中、数千人の人々が強制移住の危険にさらされています。移住を余儀なくされた多くの人は何らかの援助を受けますが、支援内容はさまざまです。より予測的な保護と援助が必要です。まずは最も被害が激しい地域から始めなければなりません」と、報告書の寄稿者でノルウェー難民評議会のニーナ・M・ビルケラン氏は語った。
下記は報告書の全般的結果の要約および事例研究の要約である。
ケニア:事例研究
ケニアは、アフリカ最大のソマリア人移住者社会を抱える国である。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)アフリカ事務局(2014年)によると、2013年12月時点でケニアには48万2390人のソマリア人難民がいた。ソマリア南部および中央部で一般化した暴力を理由として、ケニアは同地域からやって来る全ての人々を集団難民(「一応の」難民)として認定している。ソマリアでは、2010年および2011年の雨不足の結果、17年間で最悪の年間作物生産量を記録し、動物の死亡率は高くなり、食料価格は高騰した。当然のことだが、主に畜産業者や農業従事者や畜産農業兼業者だった回答者たちは一貫して、ソマリアを離れた主な理由の1つに生計手段の欠如を挙げた。さらに、多くの人はインセンティブとしてダダーブ(難民キャンプがある場所)での新しい技術の習得を挙げた。しかし難民がケニア国内で移動する自由は制限されている。難民は通常、UNHCRや非政府組織(NGO)が運営する人里離れた難民キャンプに収容されており、生計を得る機会はほとんどない。女性は特定の問題に直面する。例えば性差に基づく暴力の恐怖であり、14%の回答者は自分自身が性差に基づく暴力を経験したと語り、31%は経験した人を知っていると答えた。事実上の漸進的統合が一部のソマリア人に起こっている。なぜなら受け入れ国の地域社会との関係が歴史的に良好であるためだ。この状況は主に、ほとんどの難民キャンプが設置されているケニアの北東州にはソマリ族が多いという事実に由来する。その他のソマリア人は再定住、あるいはヨーロッパ諸国やその他の先進国に移住することを望んでいる。
エジプト:事例研究
エジプトは難民受け入れ国であると共に、中継国でもある。カイロにいるほとんどの難民は、畜産と農業を兼業していたソマリア人だ。フィールドワークを行った時点では、革命以降のカイロ事情と大統領選の準備活動に主な関心が集まっていたため、難民の問題は政治議論の中でそれほど目立っていなかった。エジプトでは、集団難民認定ではなく、個別の難民地位認定が行われる。つまり、各個人は難民の定義の全基準を満たさなければならない。その基準には、迫害、一般化した暴力、あるいは法律で認められたその他の理由による強制移住であることを示す証拠が含まれる。こうした状況を受け、人々は難民の地位を得やすくするために、自分の置かれた事情を語る際に特定の部分を調整したり強調したりする。生計手段の欠如は、武力紛争と干ばつの相互作用と同様に、国を離れた理由として挙げられることが多かった。難民は仕事や医療サービスや教育へのアクセスを制限されており、永住権を持たない。しかし多くの人々は、主にソマリア人難民社会の内部で非正規労働に従事していた。エジプトには難民キャンプはない。新しくエジプトに来た人々は通常、アパートで共同生活をしている。エジプト滞在は長期的な解決策ではなく、ほとんどの難民は再定住、あるいはヨーロッパやその他の先進国に移住することを望んでいる。その他の人々は、いずれはソマリアへ帰国したいと望んでいる。
イエメン:事例研究
1990年代初頭以来、イエメンは数千人のソマリア人およびエチオピア人を受け入れてきた。中東・北アフリカ地域(MENA)で最大のソマリア人移住者社会を持つ国であり、エチオピア人にとっては主要な中継国でもある。ほとんどの回答者は自国にいた時に、民族や宗教や政治に基づく差別と迫害に加え、干ばつやその他の災害と相互関係にある一般化した暴力を経験していた。ほとんどのソマリア人はイエメン到着時に集団難民認定に基づく保護を求めている。エチオピア人は個別の難民地位認定に従わなくてはならず、その認定率は20%である。エチオピア人の過半数は、サウジアラビアやペルシャ湾岸諸国に移住して働こうと考えている。地域的および宗教的規定が、正式な国内法と同様に(時には正規の国内法に代わって)重要な役割を果たすかもしれない(例:イスラム教に関連する歓待の義務)。しかしイエメンはサウジアラビアやその他の近隣諸国から、イエメンを経由して近隣諸国に人々が流入するのを食い止めるように圧力を掛けられている。イエメンへの強制移住者および難民にとって主要な保護リスクは、人身売買である。イエメン滞在を長期的選択肢として考える人はほとんど皆無で、多くの人はイエメンからサウジアラビアやペルシャ湾岸諸国、あるいはアメリカ、カナダ、ヨーロッパへ渡航しようとしている。
翻訳:髙﨑文子
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