欧州よりも原油価格急騰に楽観的な米国 – イランに対するアプローチの違い

米国によるイランのガセム・ソレイマニ司令官の暗殺を受けて、原油価格は急騰し、1月6日には1バレル71米ドル(54ポンド)と、5米ドル以上も上昇して、9月のサウジアラビア製油所攻撃事件以来の最高値を付けた。ブレント原油はその後、若干値を下げて、本稿執筆時点では69米ドル程度に落ち着いているが、今回の危機が全面戦争に発展した場合、はるかに高い水準に達するおそれもあると懸念する向きは多い。

最近の米イラン関係の動きを踏まえ、欧州諸国は軍司令官を殺害するという米国の決定を疑問視している。この欧米間のイランに対するアプローチの大きな違いを理解するうえで、石油価格の高騰で受ける影響が米国と欧州で異なるという視点が欠けていることが多い。

石油が高くなれば、グローバル経済に悪影響が及ぶと考えられがちだが、実際のところ、これは米国にとって必ずしも悪くない。それどころか、石油価格の引き上げは、米国がイランを挑発し続ける動機の一つになっている可能性さえある。

石油の複雑な影響

石油価格の動きとそれに関連する影響は、よく言われているよりも複雑であることが多い。私たちは一般市民として、車の燃料代や家の暖房代がかさむことを心配するのが最も普通だ。石油価格はまずここから、経済全般に影響を及ぼしてゆくからだ。消費者の燃料と関連税に対する出費が増えれば、他の支出を控えねばならず、これがグローバル経済の減速につながりかねない。

米国もその例外ではない。とはいえ、これまで米国の地政学的行動によって石油価格が上昇した際も、その国内経済には利益が生まれることもあった。例えば、2003年のイラク侵攻後の時期には、ブレント原油価格が上昇し、2000年代末までに3倍にも高騰した。これをきっかけに、米国ではシェール油部門への投資が活発化し、やがてはこれが同国の石油生産量の3分の2近くを占めるようになった。

1940年代から現在までのブレント原油価格の推移

シェール油の問題点は、生産が高くつく点にあり、油田の平均損益分岐点は1バレル50米ドルを大きく下らない。シェール油田は生産初年度にほとんどの石油を生産してしまうため、生産者は次々と新しい油井を掘らねばならないという事情もある。

ここ数年は石油価格の低下により、米国では生産者とサービス業者双方を含む多数の石油関連会社が破産申請している 。また、この期間を通じ、主として比較的大型の生産者の登場により、米国でのシェール油生産は辛うじて増大を続けたが、ここ数カ月では著しい生産の減速が見られている。

この局面で石油価格が上昇に転じれば、米国のシェール油生産が再び上向く可能性もある。また、米国の石油サービス会社の収益が国内的に増大するだけでなく、さらに重要なこととして、外国での石油生産事業からも利益を上げられる見通しが高まる。株価と石油価格の上昇の間には、はっきりとした相関関係が確立されているからだ。

しかも、米国では最近8回の景気後退のうち6回に続き、石油価格の高騰が起きている。これが景気回復の妨げにならなかったのは、中長期的に見て、石油の高値安定が国内での省エネ技術の発展を後押ししたからだ。

また、石油価格の上昇が中長期的に、米国民全体に裨益する経済的恩恵をいくつかもたらしていると言うこともできる。石油の輸出で余剰金を得た産油国は、外国の技術と外国の資産に投資する。同時に、石油輸入国は石油価格高騰による利益の目減りを抑えるため、イノベーションを起こすようになる。これらが究極的に、経済の活性化と成長につながるというわけだ。

その一方で、安い石油は英国を含め、欧州諸国に特に重要な利益をもたらす。米国のように石油を自給できないからだ。石油価格の低下は、エネルギー集約度の高い欧州経済にとって利益となり、雇用創出にも役立つことは実証されている。例えば、1986年と1990年代初頭に石油価格が低下した際には、欧州のエネルギー集約型産業が収益を増大させた。消費財を扱う企業と欧州の航空会社も、石油価格の低下で利益を得る。

今後はどうなるか

米国が実際に石油価格の高騰を望んでいるかどうかは別として、経済的な理由から、それをおそらく気にしないだろうということは言える。米国が先進国のイランとの核合意から脱退したことをきっかけに生じた混迷の深まりは、原油価格を引き上げる一方で、その他の戦略的目的も達成できる「手っ取り早い」方法なのだ。

とはいえ、欧州や中国、ロシアがどう対応するかによっても、イランとイラクからのグローバルな石油の流れは左右されるだろう。経済的観点から見た石油価格高騰の究極的な可否がどうであれ、これに乗り気ではない理由が米国よりも欧州に多くあることは明らかだ。米国の制裁をかいくぐるために、欧州が開発した新規の為替・決済手段が効果を上げ、米国が紛争を激化させなければ、石油価格が現状の水準で安定する可能性も残っている。

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本文の内容は著者の個人的な見解であり、必ずしも国連大学の見解を代表するものではありません。

本稿は、クリエイティブ・コモンズのライセンスに基づき、The Conversationの記事を再掲したものです。原著はこちらを参照ください。

著者

モイード・アル・レイは国連大学マーストリヒト技術革新・経済社会研究所(UNU-MERIT)およびマーストリヒト大学 経済・経営学院の博士研究員です。