「少なくとも今世紀においては、人々はあらゆる場所で温暖化した気候への対処を迫られる。これは推測ではなく事実である。そのため重要なのは、これらの人々が(それはつまり、悲しいかな、地球上のすべての人を指す)、変化に備えるため、気候、社会、環境の間の相互関係に関して理解を深める必要があることだ…」
国連大学出版部からの新刊本Usable Thoughts: Climate, Water and Weather in the Twenty-First Century(”使える”考察:21世紀における気候・水・天気)は、この点に関して、単に情報を提供するだけでなく、家族やコミュニティ・レベルで活発な議論を引き起こすことを狙っている。
この本は246ページのポケットガイド型で、著者はアメリカ人のマイケル・グランツ氏と中国人のチャン・イエ氏。地球の将来を心配しながらも本格的な学術研究書を読む時間がなかったりその気になれなかったりする人たちに向けて書かれた。近年、科学界のコミュニケーション能力への批判の声が高まっているが、本書はその中で刊行される。科学は往々にして複雑なものであるが、科学者たちは全体として、世間の必ずしも熱心な耳を持たない人々を相手に語る能力が不足している、という批判に合わせるかのように。
短いことは素晴らしい
では、Usable thoughtsはいかにして気候科学を読者に伝えるのか。著者たちは本書全体にわたって、型破りながらも効果的な方法として、サイエンスライターの故ウィリアム・バローズ氏が責任執筆者を務めた、世界気象機関(WMO)の「WMO気候の事典」(原題 “Climate: Into the 21st Century“)から、短く挑発的な文の引用を行っている。
グランツ氏とイエ氏は、コロラド大学INSTAAR(極地・高山研究所)にあるCCB(能力開発コンソーシアム)での経験を生かし、バローズ氏からの引用ひとつひとつに簡潔なコメントを補足し興味深い統計を加味している。箇条書き形式によって盛り込まれた情報は短く鋭く、そのため読者を惹きつけやすいものとなっている。
貴重な情報の詰まったこれらの短文は、グラフ、写真、漫画、図表などの分かりやすいヴィジュアルで補足されている。それらにより、気候的および人的なエコシステムを構成する個々の要素が、過去・現在・未来にわたる気候傾向と多様なつながりを持つことが、分かりやすく図解されているのだ。
このような示唆に富む形式を使い、気候と天気の違い、気候パターンの測定方法、そして何よりも、エネルギー・食糧・水・生物多様性の面で、気候変動が社会に及ぼす影響、といった基本的なテーマに関する情報が記載されている。気候変動が人に与える影響についての考察は、それがいかに深刻なものであろうと、温暖化する地球という概念を我々がより身近に思う助けになる。たとえ自分の住んでいる地域は、まだ気候変動の影響を受けていないと感じていたとしても。
本書の展開は論理的であるが(我々の気候への認識と気候システムの背景への認識に始まり、その影響、そして将来的な解決策と課題に至る)、気候変動の包括的な時間的順序に沿った記述を目指すものではない。しかし、様々なトピックに対して、さらに深く読み進めたい読者のために、より詳しく書かれた本が表紙の写真と共に紹介されている。
そんな科学者になるな!
Usable Thoughtsの発売直前に、もうひとつ興味深い本が出版されている。挑発的なタイトルの付いた”Don’t be such a Scientist: Talking Substance in an Age of Style”(そんな科学者になるな!:スタイルの時代に本質を伝える)は昨年出版された。海洋生物学者でありハリウッドの映画監督でもある著者のランディ・オルソン氏は、自らのキャリアを振り返りながら、科学者は概して人々の関心を引きつけ意欲を刺激するための努力が足りないと批判する。
もちろんグランツ氏はそのような科学者には当てはまらない。彼は、国連大学国際講座でも講義を行っており、授業を通じて受講生たちを刺激し気候科学への興味を触発する彼の能力はよく知られている。もちろんグランツ氏の他にも、ステレオタイプなイメージでくくられている科学者たちの中に、よりよい未来を切望する人々と気持ちを通じ合える者が数多くいるはずだ。
それでもなお、科学者たちは一般社会からの信頼を繋ぎとめるため、これまで以上に地道な努力に精を出す必要がある。わずかな人々の行為のために、科学者たちはコミュニケーションの倫理面においても非難を浴びているのだ。不幸なことに、現在進行中の”クライメートゲート”スキャンダルは、本を出版したことのある気候学者の1%に過ぎない気候変動懐疑論者の存在を、さらに目立たせるだけであろう。
メディア論争
もしも気候変動が、グランツ氏とイエ氏の主張するように、「あらゆる環境変化の根源」であるとしたら、一般市民や政治家にこの問題の深刻さを伝えることは、「あらゆるコミュニケーションの課題の根源」といえるかもしれない。
科学者集団の中で最もコミュニケーション能力に優れた者たちも、インターネットや本や新聞やテレビやラジオ上で、新たな戦いを強いられている。さまざまなアイディア(多くの場合それは広告だが)で溢れかえり過密状態の市場で、いかに世間の注目を集めるかという戦いだ。最新の商品やセレブのゴシップなどの派手なマーケティングに比べると、地球温暖化の危険性に関する記事は見劣りしがちだ。気候変動の基本知識は持っていても、2分以上のニュースに耳を傾けることはめったになく、ましてや学術的な科学雑誌を読むことなどないという人がほとんどであろう。
グランツ氏とイエ氏は、より幅広い聴衆を得るために科学を単純化しすぎている、という批判が純粋主義者たちから聞こえてくるかもしれない。しかしながら、型破りの規格をした本書や、グランツ氏のポケットサイズの前作 “Heads Up! Early Warning Systems for Climate-, Water- and Weather-Related Hazards“(気をつけろ!気候、水、天気にまつわる危険性の事前警告システム)を、学術書を扱う国連大学出版部が出版したのには、別の動機があった。最高の気候科学が役に立つためには、問題を十分認識している人々が一定多数に達し、政治指導者たちを動かすことが不可欠であると彼らは認識しているのだ。
我々の生活と地球の裏側にいる人々の生活に影響を及ぼす重要な問題がこれだけ数多くある中、あらゆる個人レベル、地域レベル、国家レベル、地球レベルの問題について綿密な知識を求めることをすべての人に期待するのは、理にかなってはいないし現実的でもない。
そのため科学界が優先すべきことは、問題に対する社会認識を高めるため、わかりやすい形で人々に情報を提供することだ。社会が気候システムにもっと関心を持って初めて、バローズの言葉を借りると、「需要から、新しくよりよい気候サービスが発達する」のだ。
要するに、Usable Thoughtsは、科学者がいかにして面白さと科学的正当性を両立させながら、気候変動に関する情報を一般市民に提供できるかという”使える”具体例なのである。
著者の2人はUsable Thoughtsのもととなった「WMO 気候の事典」の責任執筆者である故ウィリアム・バローズに本書を捧げている。
なお、Usable thoughtsは、国連大学出版部から10ドル(送料別)で購入いただける。
翻訳:金関いな