福祉の重要性:再分配こそが、非暴力的で平等な社会を作る道

故アンソニー・アトキンソン教授が1996年、王立経済学会に対する会長あいさつで、不平等と所得分配に関する議論を「呼び覚ます」よう求めた話は有名だ。それ以来、2001〜2002年のアルゼンチン金融危機で鍋底を叩いて抗議した「カセロラソ」や、アラブの春「ウォール街を占拠せよ」運動、スペインの「怒れる者たち」、フランスの「黄色いベスト」運動による抗議デモとストライキをはじめ、全世界で不平等を反映する事例が数多く発生している。

おそらく2014年に刊行されベストセラーとなったトマ・ピケティの『21世紀の資本』によって示されるまで、このテーマがメインストリームの議論となるのに約20年かかった。しかし、統計データを見れば、不平等の拡大は周知の事実であり、数十年にわたって無視しえない存在となってきたことは明らかだ。米国では、上位1%の富裕層が国民総所得の20%と、資産の30%以上を占めている。全世界を見ても、約9%の富裕層が所得全体の50%を占める一方で、世界人口の下位50%の人々は、所得全体の7%しか手にしていない。

この不平等は1980年代から拡大し、一連の社会的、経済的、政治的要因が相まって、1920年代以来見られなかった不平等の拡大が持続するようになった。そうした要因には、工場や製造業での雇用からサービス業などより差別化された職種へと変化したこと、労働組合の弱体化、グローバリゼーションによる賃金引き下げ競争の激化、そして福祉制度への財政圧迫などが含まれる。

今では、不平等が中間層の需要を減退させ、再分配のコストを増大させることにより、経済成長を低下させることが広く知られている。格差はまた、社会的流動性を低下させることによって貧困の罠を助長し、社会的緊張をつくり出す。

1980年代と1990年代に支配的だった(そして今、ドナルド・トランプ米大統領の税制計画で再び浮上した)「トリクルダウン理論」は、まったくの誤りであることが証明されている。経済成長は、自動的にあらゆる人の生活を改善するものではないからだ。

専門家の間では、大きな不平等が社会を不安定化させるという幅広い合意ができている。不平等の拡大は、民主主義や、社会集団と統治機構間の信頼を根底から損なうだけでなく、政治的秩序の本質的な変化にもつながりかねない。現在、不平等の拡大に伴い、極右政党の過去に例を見ないほどの成長や、抗議デモの拡大、国粋主義的な性質を帯びる勢力の政権獲得が見られている。

不平等の拡大を抑制する措置はあるが、本格的な対策は講じられていないのが現状だ。

有効な施策

2010年から2014年にかけ、ラテンアメリカ18カ国で行われた調査の結果を見ると、抗議デモに参加している人々は再分配を強く支持している場合が多く、公共サービスや統治機構の失敗や腐敗、生活水準低下の実感がその動機となっていることが分かる。しかし米国のように不平等を許容している国もあり、欧州諸国と比べた場合に累進課税制度が劣っていて、より貧しい人々のためになる公共支出が少なく、雇用権が限定的であるという点に現れている。

不平等が一定の基準値に達すると、社会的対立や、場合によっては暴力へと発展しかねない。この段階を迎えるかどうかは、不平等を緩和する対策が取られるか否かにかかっている。潜在的な社会不安を回避する解決策の一つが、福祉制度を通じた富の再分配である。

1990年代以来ラテンアメリカで生じた暴力的な衝突の約半数が、主に現金支給プログラムを通じた政府の福祉支出の増額によって沈静化したと言える。福祉給付はまた、警察よりも有効(かつ安価)な暴動抑制手段でもある。実際に、1960年から2011年のインドのデータを見ると、福祉支出の多い州では暴動が少なくなっていることが分かる。

福祉制度と社会政治的緊張の関係には、深い歴史的ルーツがある。19世紀後半、ドイツの宰相オットー・フォン・ビスマルクは、不満を抱いた労働組合による社会不安の脅威に対処するため、世界初の社会保障制度を導入した。20世紀初頭には、福祉給付を用いて政情不安を鎮めるというアイディアが欧州全体で急速に広がり、国家と市民間の社会契約の中心的部分を占めるようになった。

ところが1980年代以来、福祉支出は全世界で大幅に削減されている。それと同時に、不平等や社会的緊張が高まっているのは、当然のことだろう。

貧困層への現金支給や失業手当、児童手当、国民皆保険など、累進課税を財源とする福祉政策は、経済的な脆弱性に対処し、最貧層のレジリエンス(立ち直る力)を高めることになるため、貧困と社会的不満の悪循環を断ち切れる。根本的に言えるのは、20世紀初頭の欧州でそうであったように、福祉制度は今日も国家と市民間の社会契約の中心的部分を占め続けており、それによって平和と安定を持続できるということである。

その社会契約が破られたということになれば、一握りの人々が多数の犠牲のもとに巨額の富を築き上げる一方、損をする人たちは権利を奪われ、社会の縁辺に追いやられたと感じるだろう。しかし、不平等が野放しに拡大すれば、抗議デモやストライキ、ナショナリズムや独裁政治の台頭に至るまで、大きな社会的代償が生じる。今こそ再分配にもう一度取り組む時期ではないだろうか。

•••

本文の内容は著者の個人的な見解であり、必ずしも国連大学の見解を代表するものではありません。

この記事は、クリエイティブコモンズのライセンスの下、The Conversationから改めて発表されたものです。元の記事はこちら

著者