私たちはようやく気候変動がメンタルヘルスに及ぼす悪影響を認識しつつある

COP28においてヘルスコミュニティと若者たち新たな節目を迎え 。

国連気候変動枠組条約第28回締約国会議(COP28)を扱った多くの記事の見出しで、その参加者の数と化石燃料が主なテーマとなった。

12月にドバイで開催された同会議は、気候変動に関する国連の会議として過去最大規模となり、参加者は8万人超に上った。また、化石燃料産業の代表者が多数出席したにもかかわらず、化石燃料から脱却するという画期的な合意に達した。

COP28をめぐる大部分の報道の裏で、ほかにも気候行動の未来にとって重要な2つの成果が達成された。会議では、かつてないほど気候変動が健康に及ぼす影響に焦点が当てられ、さらにはたくさんの若者たちの声が様々な新しい方法で取り上げられたのだ。

世界では毎年、500万人を超える人々が化石燃料の使用による大気汚染が関連した原因によって死亡しており、熱中症の患者や死者は増える一方である。また、約1億8,900万人が異常気象にさらされやすい地域に暮らしている。COP28では、健康を気候行動の中心に据えなければならないという認識の下、COP初の「ヘルスデー」が開催された。世界保健機関(WHO)と4,000万人を超える医療関係者が、気候交渉と気候政策において健康を優先するよう求める行動呼びかけに参加し、このヘルスデーを記念した。

この呼びかけの中で、彼らは各国政府に対し、パリ協定を遵守して世界の気温上昇を1.5℃以内に抑えること、化石燃料からの脱却を促進すること、そしてより健康的、より公平、よりグリーンで環境に配慮した未来を実現するための志を強めることなどの既存の約束を果たすよう促した。

近年、ヘルスコミュニティーは規模と自信の両面で拡大してきており、気候行動に取り組む人々の強力な仲間として台頭してきている。今回、 COP史上初めて110を超える国々の保健大臣らが環境、財務、その他の分野の大臣らと共に会議に出席した。これは、気候政策の考え方が変化し、意思決定において社会や健康への影響をより重視するようになってきたことを示唆している。

こうした協調は、気候・保健大臣会合で最高潮に達し、120を超える国々が画期的な文書を承認した。気候変動による健康への影響が増大していることを各国政府が世界レベルで認めたのは、これが初めてである。COP28の議長国であるアラブ首長国連邦(UAE)は、WHOやUAE保健省との連携の下、気候と健康に関するCOP28 UAE宣言を発表した。同宣言は、大気汚染の軽減による医療費負担の低下など、強力な気候行動がもたらす多大な健康面や環境面への共同利益を強調している。さらに、こうした政治的誓約を後押しするための10億ドルの資金拠出も表明された。

「気候リスクは健康リスクである」 -WHOテドロス・アダノム・ゲブレイェソス事務局長
Photo: COP28 / Mark Field , / UNFCCC, CC BY-NC-SA 2.0

 

「健康は気候変動の個人的経験であり、気候変動の人間の顔である」 -UAEのリーム・エブラヒム・アル・ハシミ国際協力担当国務大臣
Photo: COP28 / Mark Field , UNFCCC, CC BY-NC-SA 2.0

WHOのテドロス・アダノム・ゲブレイェソス事務局長は、同宣言に関するイベントで次のように述べている。「気候リスクは健康リスクである。健康は万人にとって重要なものであるため、気候行動を一変させる可能性がある。熱波、森林火災、洪水や干ばつが頻発化・激甚化し、気温上昇が感染症の拡大に拍車をかけ、収穫を破壊し、水不足を深刻化させる世界で健康を維持することはできない」。

同じく登壇したUAEのリーム・エブラヒム・アル・ハシミ国際協力担当国務大臣は、「健康は気候変動の個人的経験であり、気候変動の人間の顔である」と主張した。バルバドスのミア・アモール・モトリー首相は、イベントでの発言の締めくくりとして、「健康でなければ、私たちには何もない」と強調した。

宣言の中で、国連大学(UNU)における私の研究に最も関連する側面は、「メンタルヘルスや心理社会的福祉を含む健康に気候変動が及ぼす影響に対処するための包括的な対応を促進する」という約束である。現在、メンタルヘルス支援を気候関連災害リスクの軽減や準備に組み込んだ機能的なプログラムを実施する国がわずか28%にすぎないことを踏まえれば、これは必要不可欠な呼びかけである。

気候変動を考慮しなくてもメンタルヘルス支援はすでに独自の課題に直面している。助けを必要とする人々に十分なサービスを提供する能力が世界的に著しく不足しているのだ。世界中で10億人がメンタルヘルスの疾患を抱えながら暮らしているが、ケアワーカーの数は10万人当たり13人にすぎない。それにもかかわらず、各国政府は保健予算の平均2%しかメンタルヘルスのサポートに割り当てていない。さらに危惧されるのは、こういった医療サポートが不足している事態が気候変動によってさらに悪化するおそれがある。、メンタルヘルスケアが不十分な地域や、精神疾患に対する文化的なスティグマ(偏見)が強い地域では、特にケアを受けられない事態が生じて、人々の苦しみが増幅する懸念がある。そのため、COP28で初のヘルスデーが導入されたという節目は私たちに希望をもたらし、このような世界規模のイベントで直接宣言を聴けたことは私にとってとても意義深い経験であった。

しかし、COP28で開催された200近いヘルス関連のイベントのうち、メンタルヘルスに特化したものは10余りにすぎなかった。その中には、議長国が招集したセッションや、国連大学とWHOとの共催による国連ハイレベル・サイドイベントが含まれる。後者のイベントは気候変動とメンタルヘルスの接点を取り上げたが、これは私たちが2022年にエジプトのシャルム・エル・シェイクで共催した前回のイベントに続くものであった。COPでメンタルヘルスに焦点が当てられ始めたことは、前進を期待させる。メンタルヘルスが、気候変動に関する主流の議論に欠かせない側面となっていたのだ。それでも、この分野にさらなる前進の可能性があることは確かである。

私はまた、COP28で達成されたもう1つの節目、すなわち若者代表団の強い存在感を目の当たりにしたことも喜ばしかった。世界の子どもの約85%(22億人)が、気候リスクの影響を特に受けやすい低・中所得国に暮らしている。さらに、気候変動に関連する疾病負担の88%超が子どもに影響を及ぼし、子どもが気温上昇に伴う健康への影響に最も脆弱なグループの1つとなっている。それにもかかわらず、これまでのところ、気候リスクが子どもに及ぼすメンタルヘルスの影響に焦点が当てられたことはほとんどなかった。

巨大なエキスポ・シティ・ドバイの会場を歩いていると、至る所に若者がいた。その一因として、今回のCOPでは、地球の未来にとってとても重要なこの若い人口層を支援し、彼らの存在感を上げる努力が行われていたことが挙げられる。その斬新な取り組みは三つある。各国政府や当局者と、若者との架け橋役を担う閣僚級ポストである「ユース気候チャンピオン」の選出、若者100人が気候交渉に参加できる費用を全面的に負担する能力開発プログラムである「国際ユース気候代表プログラム」、そして気候外交への若者の関与について包括的に分析したユース・ストックテイクである。

エキスポシティ・ドバイで開催されたCOP28で集合写真を撮る国際ユース気候代表プログラム生たち。
Photo: COP28 / Anthony Fleyhan, IFCCC, CC BY-NC-SA 2.0

若者が参加する多数のイベントに貢献し、いくつかの政府の若者代表との対話に参加した私は、将来世代の間に心理的レジリエンス(強靭性)を培う上で、気候教育が重要な役割を担うことになると強く認識した。そのため、COP28開催国議長が世界の国々に気候教育の改善を促し、各国が決定する貢献(各国による排出量削減の約束)と国別適応計画に気候教育を取り入れる、国連教育科学文化機関(UNESCO)の緑化教育パートナーシップ宣言に38の国が署名したことは喜ばしいことであった。

気候変動に関する知識を身に付けるには、集団的な環境行動を互いに学ぶとともに、お互いの気持ちを認識し、学校などの安全な場所でこうした感情を共有する必要がある。実際、気候教育を学校のカリキュラムに盛り込むことをニューノーマル(新常識)とすべきである。さらに、知識のエンパワーメントを通じて教育者、保護者や養育者が気候教育を子どもたちに提供できるように準備する努力に投資することも、次世代を導く上で非常に重要である。さらにメンタルヘルスへの配慮を気候教育に取り入れることも、心理的強靭性を構築する上で不可欠である。

COP28が閉幕すると、ヘルスコミュニティーは、同会議が重要な化石燃料の段階的廃止を約束せず、脆弱な立場にある人々に対して強靭性のあるシステムの構築に向けた強固な適応目標を設定しなかったとして批判した。若い活動家たちも同じく失望した。しかし私は、こうしたグループの力が大きくなりつつあることを有望な展開の兆しと捉えている。メンタルヘルスへの配慮を気候教育に取り入れることは、気候行動を促進すると同時に、明日を担うリーダーたちが強固な心理的強靭性を築く二重の促進剤となるだろう。

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この記事は最初にThe Japan Timesに掲載されたものです。The Japan Timesウェブサイトに掲載された記事はこちらからご覧ください。

著者

岡本早苗国連大学マーストリヒト技術革新・経済社会研究所(UNU-MERIT)の研究員。心理学・行動科学者(心理学、認知神経科学、行動経済学)として、学界と産業界において人間の行動や心理をよりよく理解し、循環型経済、気候変動への取り組み、メンタルヘルスやウェルビーイングなど、さまざまな目的に向けて研究活動を続けている。