グリーン・ニューディールはどうなったのか?

2007年から2008年にかけて経済危機の兆しが表れ始めた時、世界中の多くの市民や政治家は、銀行や監督機関、その他の金融業界のプレーヤーがしくじるのを見て、1980年代から幅を利かせてきた自由市場原理主義の破綻がさらに決定的になったと感じていた。

そこで目立ってきたのは、政府が直接的な公共投資や融資保証、公共事業といった形で介入し、経済活動を活性化させるケインズ理論への新たな注目だった。さらに興味深いのは、これらの取り組みと、経済そのものの仕組みを再構築しようという試みを組み合わせることにも期待がかけられていた点だ。つまり、再生可能エネルギー、エネルギー効率化、代替輸送における新産業が国の財政支出で発展すれば、資源枯渇、環境劣化、その結果としての不平等の拡大といった持続不可能な将来への道筋を切り替えられるだろうと思われたのである。

グリーン・ニューディール」は、世界中の政府によって、家屋の断熱、風力および太陽光発電の導入、新たな公共輸送制度などのプロジェクトに景気刺激のための資金を提供するという政策だ。G20でグローバル・グリーン・ニューディールが提言されて3年近くが経過した現在、折しも国連が定めたすべての人のための持続可能エネルギーの国際年が始まり、6月にはリオ+20会議、そして11月には米国大統領選挙が控えている。 だからこそ、ここで問うべきだと思うのだ。「グリーン・ニューディールは一体どうなったのだろうか?」

グリーンな希望と変化

2008年の金融危機の最中にオバマ大統領が就任すると、これで気候変動、持続可能な開発、国際協力に対する世界最大の経済大国の姿勢も変化するだろうという、楽観的な見方が新たに生まれた。オバマ大統領は選挙キャンペーン中、500万人の「グリーンな」雇用を創出して、景気後退による失業者の増加に立ち向かい、新たな「グリーン」経済の発展を支えると約束した。

就任早々、オバマ大統領が成立させた重要法案の1つが「米国再生・再投資法」で、この中には950億ドル近い 「グリーンな」景気刺激策が盛り込まれていた。この刺激策が成功したかどうかは、これからさらに盛り上がる選挙戦でも引き続き論議の的になるだろうが、いずれにしても、労働統計局が今年度中に、グリーンな雇用の数について最初のレポートを発表する予定なので、そこで何らかの結果は明らかになるはずである。

11月にオバマ大統領と戦うのが誰になるかはまだわからないが、2008年に短期間ながら、気候変動と持続可能エネルギーに関して行動が必要という点で意見が一致したのは、今では過去の話になってしまったようだ。この記事を書いている時点で、共和党の指名候補争いでリードしているミット・ロムニー氏は、大気浄化法から二酸化炭素規制を外し、化石燃料の積極的な開発を進めることを提唱している。

英国では、気候変動とエネルギー問題について行動を起こすことに、トップレベルの政治的サポートや一般市民の承認がより広がっていた。それが最も顕著に表れたのは、2008年に気候変動法が成立した時だ。成立させたのは当時の労働党政権だが、この法案は英国のすべての主要な政党が支持した。保守党のデービッド・キャメロン党首が2010年に首相に就任した時も、同党首は「史上最もグリーンな政府」を作ると約束したので、持続可能な原則に基づく景気回復策が縮小されることを懸念した人々も心強く感じた。

しかし、首相就任後、間もなく発表された財政赤字削減策において、政府は独立系監視機関である持続可能な開発委員会を解散させた。だが、米国とは異なり、英国政府は新技術にどのように資金が支出されているのかを明確に示す仕組みを策定しておらず、この点は最近の英国会計検査院のレポートでも批判されている。

それでも全体で見れば、エネルギー効率化制度や電気自動車充電スタンドに対するインフラストラクチャ投資、風力エネルギーや海洋エネルギーのコスト削減のための直接投資など、一連のグリーン・ニューディール政策に対する投資と支援は引き続き行われており、持続可能な新技術に関する研究やイノベーションへの支援も継続している。

この10年間の中間時点においては、世界経済の方向転換の必要性について、一般的にも政治的にも最も意見の一致が見られたが、そのような合意や楽観的な見方は、今や一部では消えてしまった。リオ+20会議およびそれ以降に向けて気運が盛り上がれば、グリーンな新経済も自ずと立ち上がるだろうなどと安穏と構える余裕はない。

良いニュースばかりとは限らない

レクシスネクシスの英国全国紙データベースを2007年9月から2011年9月までの期間について調査してみると、グリーン・ニューディールへの姿勢の変化を理解するのに役立つ(注記:フィナンシャル・タイムズは調査に利用できなかったが、以下の部数計算には含まれている)。

最初の年においては、「グリーン・ニューディール」という言葉に言及した記事は合計9本で、そのうちの7本はガーディアン紙に掲載されたものだった。2008年から2009年、金融危機対策が最高潮に達した頃には134本の記事があり、中道から左派の新聞(ガーディアン、オブザーバー、インディペンデント、インディペンデント日曜版、モーニング・スターなど)がその86%を占めた。

しかし、2007年の全紙の発行部数において、これら5紙の読者は6%にすぎない。最後の年(2010年〜2011年)においては、記事の数は41本に減少し、掲載紙の割合は、中道から右派(41% )と中道から左派(59%)がほぼ半々になった。

関連のある「グリーン経済」という言葉で、2010年9月から2011年9月の期間について同様の調査を行ってみると、別の傾向が明らかになる。グリーン経済に関する99本の中には、人員削減や経済コストを理由に挙げてグリーン経済を批判する記事が10%あった。さらに重要なのは、これらの記事はサンやデイリー・メールといった、最も販売部数が多い日刊紙に掲載されていたことだ。

これらの結果が示しているのは、グリーン・ニューディールおよびグリーン経済は、革新から進歩派と、より保守的な層の両方において、コンセプトとしては支持と注目を集めるのに成功しているが、一般市民の間では、そのような政策や投資に反対する強い声が上げられているということだ。他の先進国で同様の傾向がどれほど見られるかは不明だが、伝えられているところでは、米国やオーストラリアではさらに極端な乖離が生じていて、西欧や日本では認識のずれはもっと小さいようだ。

同時に、気候変動の研究者の間ではすでに、既存の方策や提案では、最も危険な結果を防ぐことはできないと考えられている。このように甚だしく対立する見解を一致させられるかどうかは、今後数年における大きな課題である。

言葉が先走る欧米、行動のアジア

借入費用は多くの国で高くなっているが、ありがたいことに言葉の価格は今でも低く、おそらくそれが理由で、欧米の政治家は言葉という通貨を安易に多用するのだろう。口数が多いわりには、欧州連合はグリーン・ニューディールに228億ドルしか拠出していない。

対照的にアジアでは、公的な表明は少なくても、グリーン・プロジェクトに充てている実際のGDPは著しく高い。2010年、グローバル・グリーン・ニューディールの実行に向けたG20諸国の取り組みをエドワード・バービア教授がレポートにまとめたところによると、景気刺激策のうち、最大の割合をグリーン・イニシアチブに振り向けていたのは韓国と中国だった。特に韓国は、景気刺激策に計上した381億ドルのうち、95%を グリーン政策に充てていた。中国は約2160億ドルをグリーン技術の発展とエネルギー効率の向上に割り当てていた。これらの数値からわかるように、これらのアジア諸国は将来のクリーン技術で先頭に立ち、輸出依存を軽減することに明らかなメリットを見出している。

グリーン経済の創出、そして二酸化炭素の排出削減という、より大きな目標に対して、どのような影響があったかを評価するのは時期尚早だが、オバマ大統領の特別補佐官を務めたハーバード大学のJ・E・アルディ氏の予稿を読むと、米国のグリーン・ニューディール政策に関する内部者の見方がわかる。

明らかになったことのうち、最も重要なことの1つは、高い価値があると評価されたグリーン・プロジェクト提案の数が供与可能な資金を大きく上回っていたことである。つまり、未開発のグリーン・イノベーションの源泉が今に至るまで存在し、まだ探られていないということだ。アルディ氏はまた、二酸化炭素の排出量取引プログラムの実施にかつて失敗したことが、監督機関の投資に対する不信感を生み、グリーン・ビジネスの創出で、より大きな成果を上げるのを阻んでいると言う。

新しいグリーン技術の研究開発やエネルギー効率化の対策が大々的に報じられる一方、元々の国連のレポートの中にはありながら、あまり目を向けられていない事柄の1つは、化石燃料への「よこしまな」補助金の削減に対する呼びかけだ。太陽光発電や燃料電池といった新エネルギー技術にしばしば向けられる批判は、ディーゼルエンジンのような既存の技術に比べてコスト面で競争力がないことである。

しかし、この批判は、化石燃料や関連業界を支えるために存在する莫大な補助金制度を見落としている。2010年、国際エネルギー機関(IEA)の概算によると、化石燃料の世界規模での消費補助金は5570億ドルに上る。それに対して、2006年のスターン・レポートによると、再生可能エネルギーの導入に向けられた支出は世界全体でも100億ドルにすぎない。

補助金は、市場への新規参入を促進する(ことによると社会福祉分野での目標を達成する)のに用いられるが、通常は新規参入者が確実な立場を築いたところで引っ込められる。だが、政府からの支援を喜んで放棄する業界はほとんどない。

代替エネルギー技術に批判的な人々は、再生可能エネルギーは膨大な補助金制度がなければ成り立たず、一方、化石燃料は「本来的に」安価で、投資のリスクも低いという考え方をうまく広めてきた。しかし、これらの代替エネルギーの真の競争力は、既存エネルギーを支えるために支払われている、さまざまな「隠れた」補助金ゆえに、これまで発揮されたこともないのだ。これは経済的に不合理なだけでなく、社会的にも環境的にも不公正である。

政治家に、これほど確固たるものとなった利権に立ち向かい、また代替エネルギーの重要性を市民に説明する能力がないのは、グリーン・ニューディールで提案された機会が活かされていない最大の要因の1つだ。

現時点では、グリーン・ニューディールが、景気回復の促進と、エネルギー利用の大転換という目的のうち、いずれかでも達成できるかどうかは疑わしい。しかし、さらに奥深い問題は、グリーンであろうとなかろうと、継続的な成長に依存している経済システムが最終的に持続可能かということだ。この問いにもまだ答えは出ておらず、政府と市民の両方にとって、検討事項としての優先順位は非常に低いところにとどまっている。一方で、研究者や活動家は素晴らしい仕事をして、私たちのエネルギー供給の不確かな性質や現在の化石燃料依存の危険性を強調している。

人気の高いメディアで懐疑論が高まっているということは、多くの人が行動の必要性について納得していないということだ。賛成できる声ばかりが響き合う部屋に引きこもり、批判は退けようとする誘惑には抵抗しなければならない。これは、より充実した議論と優れた政策を模索するためにも、持続可能性をめぐる議論の一部として、透明性と関与を促進する民主主義的な見地からも必要なことだ。

グリーン技術の開発に努めている研究者と企業にとっては、国のさまざまなグリーン・ニューディール政策によって提供される資金や支援は、自家用車の鍵をついに手渡されるようなものかもしれない。彼らはここで、自らの計画が実行可能なものであり、かつては適切な支援が得られるかどうか次第だったとしても、今では約束が実現できることを示さなければならない。もし車が衝突事故を起こすようなことがあれば、多くの人が、待っていたように「それ見たことか」と言い出すだろう。

翻訳:ユニカルインターナショナル

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著者

ガレス・ハズラム氏は北アイルランド出身で、現在は国連大学高等研究所(UNU-IAS)のPh.D.フェローとして持続可能な社会のための科学技術グループに所属している。研究における関心分野は、新エネルギー技術およびイノベーションの促進である。UNU-IASに参加する前は、ケンブリッジ大学で実験科学者として、水素燃料電池に用いる新素材の開発についてPh.D.研究を行っていた。