ナタリー・ファリグ。オランダを拠点に活動する写真家。社会的ドキュメンタリー、紀行や環境問題を扱った写真を手掛ける。これまでにロサンゼルスやトロントで作品展示を行い、現在は東京に拠点を置くMagnesium Agencyの写真家兼編集者。
カリフォルニア州最大の湖、ソルトン湖。日の出直前にここで目の当たりにするのは現実をかけ離れた世界。不気味なほどの静けさに包まれ、聞こえてくるのは水の音、目を覚ました鳥たちのもの寂しい鳴き声、そして私たちが手にしたポラロイドカメラのシャッター音だけ。
放置され、ところどころ壊されたトレーラーハウス、水面に浮かぶ椅子、片方だけのブーツ、ピンク色の流し台やバーバキューコンロなどが転がっている。一体ここで何が起こったのか考えさせられる情景だ。
20世紀初頭、インペリアル・バレーの高温砂漠地帯に農民が作業所を建てた。農作物を育てるため、土地の灌漑にはコロラド川を利用する必要があっ た。そのため、カリフォルニア・デベロップメント・カンパニーは取水路となる2つの渓谷で流路の拡張を行った。その際、水門は設置されなかった。
しかし、1904年の夏に水の流れが止まった。コロラド川から流れてきたシルト質の堆積物で取水路が詰まってしまったのだ。そこで、別の取水路が作られたが、ここでも水門は作られなかった。1905年、これら人間の手による技術的過ちにより、氾濫したコロラド川から塩水がソルトン・シンクの低地に流れ込み現在のソルトン湖ができたというわけだ。
(地質学的研究によると、コロラド川は何千年にも渡り何度もソルトンの低地に流れ込み、断続的に湖を作りだしていたと報告されている。つまり、水の 流入と蒸発損失のバランスからすると、この地域は新鮮な水の湖と干上がった砂漠の盆地とが交互に出現してきたという長い歴史をもつのである。ただ一度だ け、この低地を浸水させたのは人間の責任である)
自分たちのニーズを満たすため、自然をコントロールしようと試み、失敗を繰り返した人間の行い以外にも、ソルトン湖にまつわる話はある。湖が出来た後、この一帯は数十年の間リゾート地として賑わい、レジャーとして釣りが盛んに行われた。しかし、塩分の増加と汚染(農業排水、都市流出水、排水、雨水流入)の拡大により、ほとんどの魚類が死に絶え、ブームも去った。残ったのはこのページに掲載された写真に見られるとおり、荒廃した奇妙な土地だけ。
ソルトン湖には排水路がなく、流入する水を受け入れる一方だ。そのため、年々塩分濃度が高くなっており、多くの渡り鳥種など、この湖における地上と水中生物の多様性をますます困難にしている。
ソルトン湖は生態系が衰退した例として広く知れ渡ったのかもしれない(少なくとも北アメリカにおいては)。しかし、食糧やエネルギーを得るために人間が短絡的な策に走ったことで、生態系に悪夢が訪れた事例はこの他にも世界に何百とあるに違いない。
現在建設が進む中国の三峡ダム。悪評の高いプロジェクトだ。この地域で起こっている事態に比べると、ソルトン湖の問題は小さく見えてしまう。このダム建設に伴い、120万人が移転を余儀なくされるなどの社会的影響が生じている。しかし、中国内外の専門家がそれ以上に深刻な懸念として表明しているのは土砂崩れ、水媒介性の伝染病、重大な生物多様性の喪失の可能性だ。
三峡ダムよりスケールは小さいものの、メキシコのオアハカ州では風車の土台となっているコンクリートが自然な水の流れと水はけを妨げ、農作物が水浸しになるという被害が起きている。現地の地下水はいずれ枯渇し、土地は栽培に不適切な状態になってしまう、と技術者は予測している。
このフォトエッセイが物語っているように、自然環境を変容させてしまう人間の力は破壊的かつ長期的な影響力をはらんでいる。我々に出来ることは、想像を超える影響力を有する生物種の力を活かし、生態系をあるべき姿に回復させるよう要求していくこと。
数十年が経ち、ソルトン湖にようやく一筋の希望が見え始めた。カリフォルニア州議会は湖の生態系回復に関して承認するか拒否するか、いずれの方向に も行動を起こしていない。一方、departments of Fish and Game and Water Resources(魚類動物水資源局)ではSpecies Conservation Habitat Project(種の生息地保存プロジェクト)の暫定的活動に乗り出した。局の環境プログラムマネージャーの話によると、このプロジェクトは2,400エーカーの相互につながった複数の池を作るもので、着工は2011年末を予定しているとのこと。
いずれにせよ、私たちは自らに問う必要がある。進歩の代償にはソルトン湖が被ったような事態がつきものなのだろうか。食糧とエネルギーの供給に伴う破壊。そこに生態系が耐えられるだけの余地はないのだろうか、と。
翻訳:浜井華子
ソルトン湖で何が起きたのか? by ナタリー ファリグ is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 Unported License.