テンダイ・ブルーム氏は、バルセロナの国連大学グローバリゼーション・文化・モビリティ研究所(UNU-GCM)のリサーチフェローであり、また最近始動した国連大学の移住ネットワークのメンバーでもある。市民権を持たないことの意味を研究対象の重点に置く、法的政治理論学者である。
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が本日、2024年までに無国籍者をなくすためのキャンペーンを開始したが、無国籍をなくすとは実際にはどのようなことなのだろうか。
1954年の「無国籍者の地位に関する条約」によると、「無国籍者」とされるのは、「いずれの国家によってもその法の運用において、国民とみなされない者」である。無国籍であることを確実に証明する方法がなく、報告に欠落や欠陥があることから概算しか出せないが、少なくとも1,000万人が世界で無国籍の状態にあるとUNHCRは推定している。とりわけ他のどのような証明書類も得られない場合は、無国籍であることの意味は非常に大きい。
その最も明白なものは、パスポートなどの身分証明書がないために、国境を、ときには国内の境界をも、合法的に越えることが不可能になり、無国籍であることから迫害を受けることも多い。証明書類のない無国籍者が移動を望む場合、法的な監視や障壁をかいくぐる方法を探すことが必要になり、場合によっては密入国斡旋業者を雇って、自らの身を売買される危険にさらすことになる。
しかし、無国籍者が経験する問題は、合法的に移動できないというものだけに留まらない。無国籍者自身の体験がそのことを雄弁に物語っている。国際機関やNGOが、無国籍であるためにどのような経験をしているのか、世界の人々の証言を記録している。そうした証言から、無国籍であることに起因する重大な問題の一部がうかがえる。体験を話す彼らのビデオへのリンクと併せて、その問題の一部をここで取り上げる。
無国籍者のなかには、最初から自身に国籍がないことを知っている者もいると考えられるが、もっと後になってようやく知る者もいる。オランダで暮らすタイ・ハー(Thai Ha)は後者で、人権法を研究する大学院生だったときに、政府の仕事に応募しようとして自身が無国籍であることを知った。その後、自身の状況について調べた彼女は、出生国であるベトナムからも、他のどの国からもパスポートを取得できないことがわかり、オランダに帰化することができなかった。彼女は無国籍であることが人生の決断に与えうる影響について、ようやく知り始めたところである。
国籍がないために世界でどのような影響を受けうるのかは、さまざまな無国籍者の体験から知ることができる。たとえば、南アフリカのクムブラニ・フレデリック・ヌグバネ(Khumbulani Frederik Ngubane)は、多数の国と関わりを持っているにもかかわらず、どの国も彼に国籍を与えようとしないことを説明する。結果的に法的に認められていないため、彼は銀行口座の開設といった基本的なこともできず、長期間拘留されることさえある。彼の経験は、人が図らずも国籍制度の狭間に落ちうる例を示している。
ソ連が解体したとき、ライリャ・アブルクハノヴァ(Railya Abulkhanova)はロシアで学んでいた。旧ソ連カザフスタンの自宅から遠く離れた場所にいたのだ。誕生した新国家のいずれにも帰化できず、今なお無国籍のままフランスで暮らしている。高度な資格を持っているにもかかわらず、無国籍であることが、彼女の職業人生と私生活に大きな障害をもたらしている。
ミハイル・セバスチャン(Mikhail Sebastian)もソ連の解体によって無国籍になった。米国領サモアで4日間の休日を過ごそうと決めたとき、彼は米国に住んでいた。しかし、彼が米国に戻ろうとしたとき、米国の入国審査を経る必要があると知った。それは思ってもみないことだった。14カ月後、彼はようやく米国への再入国が認められた。無国籍者は、他の人々にとっては当たり前の行動でも、それによってもたらされる法的な影響を慎重に考慮しなければならない。
無国籍者を生み出す原因としてよくあるのが、女性に差別的な国籍法である。ウム・チャディ(Um Chadi)はヨルダン国民で、家族と一緒にヨルダンで生活しているにもかかわらず、子どもたちは彼女の子どもとして正式に認められず、彼女はヨルダン国籍を子どもたちに受け継がせることができない。なぜなら彼女の夫がヨルダン国民ではないからである。同様の法律は31カ国に存在する。
出生が正式に確認できないことで、無国籍の状態が固定化される集団もある。ロマ人コミュニティのメンバーや他のセルビアの無国籍者の集団の例から、出生登録の欠如や親の無国籍が、諸権利の欠如に加えて排除と貧困につながりやすいことがわかる。こうした集団は迫害の対象にされる恐れもある。その原因は地位の欠如による可能性があり、無国籍であることが迫害を受ける一因となっているといえる。こうした集団の困難がどれほど深刻なものであるかは、たとえばミャンマーで暮らすロヒンギャ族の事例を見ればわかるだろう。国籍を恣意(しい)的に剥奪されるという極端な状況は、1982年にミャンマーの法律によって、彼らが国民としての完全な権利を享受することができなくなってから、政府の政策によって公然と生み出されてきた。
UNHCRが無国籍者に関するキャンペーンを行うのは今回が初めてではない。無国籍に関する2つの国際条約に加入する国の割合が低いことを受けて、UNHCRは2011年に、1961年の無国籍の削減に関する条約の50周年を祝して、各国に条約への加入を促すキャンペーンを行った。その成功により、無国籍をなくすための世界的な取り組みに多数の国が加入した。締約国の増加は次のグラフから読み取ることができる(出典:国連大学グローバリゼーション・文化・モビリティ研究所(UNU-GCM)政策報告書02/01、第2章)。
グラフ:無国籍に関する1954年と1961年の条約への加入
本日立ち上げられたこのキャンペーンは、より踏み込んだものになる。1954年の無国籍者の地位に関する条約の署名60周年を記念して今回呼びかけるのは、今後10年間で無国籍者をなくすことである。そのためこのキャンペーンでは、「長く続いている無国籍という状態を解決し、無国籍の継承や恣意的な国籍の剥奪による集団の無国籍という状態が新たに発生するのを防ぐため、政治的関与を強化することを目指す」
無国籍には2方向からの取り組みがある。それは次の2つの条約の名称を見るとわかる。1954年の無国籍者の地位に関する条約は、難民認定と同じ論理を用いて、無国籍者を特定する方法を提示し、無国籍者との認定を受けることで付与されるべき権利と保護の範囲を定義している。一方、1961年の無国籍の削減に関する条約では、出生届を通じて無国籍者の発生を削減することを目的とした措置と、国籍が明らかでない場合などに出生地に基づき国籍を付与する規定(生地主義)を定めている。無国籍がもたらす困難を最小化するためのこのキャンペーンでは、無国籍者の認定と無国籍者の発生の防止という2方向からのアプローチが非常に重要である。
オランダのタイ・ハーのようなケースでは、無国籍者の認定を受けることが国籍取得への第一歩になるだろう。ほかに、無国籍者の認定を受けることで、就労の機会や社会保障などの権利にアクセスできるようになるケースもある。そのため、無国籍者の認定を促すことは、無国籍者をなくすためのキャンペーンの一部になりうる。だが、それには異論もある。無国籍者という地位を認めることは、国籍の取得という真の目的を追求するのではなく、次善の選択肢を受け入れさせることであるともいえる。実のところ、国籍に関する権利はすでに世界人権宣言の第15条に規定されている。
いずれの地位も国籍もない状態の一時的措置として無国籍者という地位が有効であることは、事実上の(de facto)無国籍者の場合にもあてはまる。事実上の無国籍者とは、法律上の定義を明確には満たさないが、実際に国籍を持たない者をいう(厳密な法的定義に基づいて割り当てられる地位は、法律上の(de jure)無国籍者と呼ばれる)。すなわち、理論的には国籍を有しているといえるが、それを利用することができないのである。この分野で活動を行う多くの人にとって、事実上の無国籍者も法律上の無国籍者もほとんど変わりはない。なぜなら、国籍を利用することができないのであれば、その人は事実上国民とみなされていないからである。
その一例として、UNU-GCMが取り組んでいるプロジェクトに見られる難民不認定者の例がある。彼らは出生国に課された障壁が原因で、難民申請を試みた国から帰還することができない。そうした人々は難民認定も受けられず、他のどの地位も利用できないため、今いる国から帰還することができないが、その国で就労することも福祉支援を受けることもできない。完全な市民権が利用できそうにない状況において、無国籍者として認定されれば、彼らは何らかの証明書類を得ることができ、社会福祉を利用したり就労したりすることが可能になるだろう。
国籍がない者は、社会において最も脆弱で、国民としての権利を行使できず、貧窮した状況に置かれることが多い。彼らは国による支援制度を利用できず、医療などの福祉サービスや就労の機会を一部あるいはまったく利用できない。恣意的な逮捕や拘留の対象になりやすく、法律制度へのアクセスも欠いている場合がある。そのため、人間開発、貧困の撲滅、権利の確保に関する世界的目標の開発に、無国籍者を確実に含めることが重要である。
UNHCRの無国籍者をなくすためのキャンペーンは、世界的課題にとって重要な時期に開始となる。というのも、ミレニアム開発目標の達成期限が近づくなか、次の一連の目標である事務総長によるポスト2015年持続可能な開発目標に向けて、現在計画が策定の途上にあるからである。国連システムのなかで、非市民、なかでも無国籍者のニーズをこうした世界的なプロセスで確実に考慮することが重要になるだろう。
国籍または国内での証明された何らかの地位は、多くの基本的権利を獲得するのにやはり必要である。無国籍者認定手続きは、権利にアクセスするための暫定的な手段の付与を目的としている。しかし、それは過渡的な解決策にしかならないため、最終目的は、今日UNHCRが明らかにしたように、「無国籍者をなくす」ことでなければならない。それも可能であれば2024年までに。
キャンペーンの詳細については#IBELONGをご覧ください。そして、UNHCRの無国籍者をなくすための公開書簡(Open Letter to End Statelessness)にご署名ください。
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この記事は、国連大学グローバリゼーション・文化・モビリティ研究所(UNU-GCM)の無国籍と大陸を横断する移住(Statelessness and Transcontinental Migration)に関する研究プログラムの一環として実施された取り組みを要約したものである。なかでも、この分野で発表された一連の政策報告書のなかで詳説された題材を取り上げている。移住と国籍の分野について詳しくお知りになりたい場合は、国連大学移住ネットワーク(UNU Migration Network)もご覧ください。
翻訳:日本コンベンションサービス
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