ポーラ・フェルナンデス・ウルフ氏は、国際連合大学高等研究所の環境ガバナンス修士課程で生物多様性を専門とする科学修士号(MSc)の候補生。渉外弁護士としての経験を、学術面(マドリード・コンプルテンセ大学、およびパリ第一大学パンテオン・ソルボンヌ)と職業面(スペイン、フランス、トルコでの実務経験)とで積んでおり、またUNU-IASにおける研究インターンとしても共同研究を行っている。彼女の研究は、食料システム、農業生態学的な経済、国際的な環境規制なども対象となっている。
遺伝子組み換え生物(GMO)は世界で最も物議を醸す技術のひとつだ。2つの主要な枠組み(アメリカおよび欧州連合の枠組み)の間に著しい規制上の相違 があることから大西洋間で議論が生じており、その結果、研究や投資や農業に関する決定に世界各地で影響を及ぼしている。
GMOを世界規模で広める世界的な要因には、大規模な投資、好ましい国際価格、多国籍企業の役割の拡大がある。しかしこうした諸条件はスペインには当てはまらないようだ。スペインでは、情報や透明性や独立調査が不十分で、社会的流動性が弱いために、農業は遺伝子組み換え企業による絶え間ないロビー活動にさらされている。
スペインにおけるGMOの状況を理解するには、まずGMO承認のためのEUの for their authorization. Considered restrictive 法的枠組みを把握しなくてはならない。この枠組みは多くの人々によって規制力が認められたのにもかかわらず、GMOの急速な広がりを可能にした。枠組みは、Law 9/2003によってスペインの国内法に置き換えられた、 遺伝子改変生物の環境への意図的放出に関する欧州議会および理事会指令(2001/18/CE指令)と、1829/2003および 1830/03という2つの規則に基づくものである。
ヨーロッパの農業従事者が働く国や地方や地域の条件の多様性を鑑みて、欧州委員会は、従来の作物や有機栽培作物におけるGMOの不慮の混入を避けるための共存的措置を加盟諸国が開発し施行すべきだと判断した。そして2001/18/EC指令26a条で加盟諸国にその権利を与えている。
しかし2012年、欧州司法裁判所は、GMOの栽培がEU関連法令によってすでに承認されている場合、加盟諸国は追加的な国内での承認手続きを義務づけることはできないと裁定した(Case C-36/11)。この裁定は、遺伝子組み換えに関するEU規定(Cases C-419/03 および C-121/07)の不適当な国内法化を行ったフランスに制裁措置を下した司法裁判所の判例に従うものであり、26a条に明確な制限を設ける結果となった。
現在、幾つかの加盟諸国は、遺伝子組み換え作物の栽培からの選択的離脱を可能にする条項を求めている。こうした加盟諸国の中には、緊急輸入制限条項(2001/18/EC指令23条)や、承認後に生じたリスクに関する新たな情報に対応するための緊急措置(1829/2003規則34条)に基づいて、すでにGMOの栽培を禁止している国もある。結果的に、欧州食品安全機関(EFSA)は、当初フランスがそうであったように、GMOの栽培禁止が科学的な根拠に基づくとは判断しなかった。オーストリア、ポーランド、ハンガリー、ギリシャ、ルクセンブルク、ドイツといった他の国は禁止措置に成功している。
興味深いことに、2009年、EFSAのGMOのパネルに参加した21カ国のうち12国には、経済協力開発機構が定義する利害の対立があった。すなわち、同諸国にはバイオ技術産業との関係があり、企業や個人の利益のために公的な立場を利用する可能性があった。その後、12カ国のうち同パネルを脱退したのは1カ国だけだ。
反論があったにもかかわらず、ジル=エリック・セラリーニ氏が率いるフランスの調査チームによる科学的な独立研究の論文が取り下げられたのは、もう一つの利害対立が作用したからのようだ。セラリーニ氏らの論文は、モンサント社の遺伝子組み換えトウモロコシを与えられたラットに見られる有害な影響を示していた。この論文が学術誌『Food and Chemical Toxicology(食品と化学毒物学)』から取り下げられた時期は、モンサント社に1997年から2004年まで勤めていたリチャード・グッドマン氏が同誌の編集委員会に加わった後である。
ラットのサンプル数の少なさと選択されたラット系統が決定的な結論を疑問視するのに十分な根拠であるとする 主張に基づいて、論文は取り下げられた。しかしEuropean Network of Scientists(ヨーロッパ科学者ネットワーク)の反論によれば、研究結果の不確定性は、『Food and Chemical Toxicology』誌が加盟している出版倫理委員会が設定した科学論文の掲載取り消しに関する ガイドラインには含まれていない。
フランスはこの研究とそれ以前の科学的研究の結果に基づいて、モンサント社のMON810系統トウモロコシを禁止したが、当初EFSAは禁止に異議を申し立てた。MON810系統は他のBtトウモロコシと同様に、害虫への耐性を持つと考えられている。ヨーロッパアワノメイガを含む鱗翅目(りんしもく)の害虫に対して毒性を持つ病原菌、バチルス・チューリンゲンシスが組み入れられているからだ。フランスが提出した資料に基づき、EFSAは2012年、「……人間や動物の健康あるいは環境へのリスクという点で、緊急措置の通告を支持し、……MON810トウモロコシに関する過去のリスク評価を無効とする特定の科学的証拠はない」と主張した。EFSAおよび国務院が禁止令を却下したにもかかわらず、フランス政府は禁止令の続行を決定した。
科学的な研究結果や高まる懸念があるにもかかわらず、フランスの姿勢とは大きく対照的に、スペインは現在、Btトウモロコシを初めて導入した1998年以降で最高の普及率を記録している。2012年、12万ヘクタール以上(前年より19.5%増)でBtトウモロコシが栽培されており、EUのGM作物の90%を占めている。
では、ヨーロッパ共通の法的枠組みだけではなく、類似した気候や土壌条件も共有する国々が、なぜこの問題に関して相反する見解を示しているのだろうか?
2005年、欧州委員会のために、スペインでBtトウモロコシ栽培が盛んな3州で調査が行われた。調査結果は確かに多い収穫高を報告しているが、統計的な有意性が示されたのは1州のみであり、また、生産されたBtトウモロコシはすべて、飼料製造業に販売されていた。
また農業従事者の30%が、殺虫剤の効果がない場合でも殺虫剤を利用していたことが明らかになった。同調査はこの数字を進歩として称賛しているが、データは殺虫剤の使用に関する最近の調査結果と比較して捉えるべきである。アメリカでは、ラウンドアップ・レディー(除草剤「ラウンドアップ」への耐性を持たせたモンサント社の遺伝子組み換え作物の総称)を導入した1996年以降の15年間で、除草剤の使用が約7%増加した。しかし多くの昆虫学者が提唱しているように「殺虫剤の使用」という項目にBt作物も含めれば、上記のパーセンテージはもっと高くなるだろう。
興味深いことに、農業従事者はBtトウモロコシが普及した理由を「アワノメイガの虫害リスクの低減」「生産量の向上」「収穫の品質向上」と供述している。ところが、遺伝子組み換え技術がそのような結果を生むと信じるべき 科学的根拠は全くないのだ。さらに、土壌のタイプ、灌漑の強度、天候条件あるいは生態学的統合性を含む要因はいずれも、農業従事者が挙げた3つの理由に直接的な影響をもたらすものだが、同調査で分析されていない。
1998年、スペイン政府はBt176トウモロコシ2種を初めて認可し、それらの種を製造した企業にバイオモニタリングを委託した。2004年、右派政権から中道政権に交代したため、市民社会の抗議の声が届くようになり、環境部門から1人の代表者がNational Commission on Biosafety(国家バイオセーフティ審議会)に参加することを認められた。
欧州理事会の会期中、スペイン政府は多くの事案で「GMO推進」の反応から「棄権」に転身した。ところが興味深いことに、加盟諸国のそれぞれの投票内容は一般に公開されていない。幸い、投票は 非政府組織によって記録されており、スペインのEUでの中立的立場や、国家レベルでの政策に一貫性がないことが明らかになった。つまり、同じ政権が2005年7月にMON810トウモロコシ14種を新たに認可しており、当時で総計40種を認めることになっているのだ。Bt176系統はGMOの認可リストから2005年に除外されているが、今日、認可された遺伝子組み換え商用品種の総計は116である。
フランスとスペインの遺伝子組み換えトウモロコシの栽培普及率の違いを生む原因の1つは、スペインでは社会組織の動員力が弱く、国民の議論が十分でないことだ。もう1つの原因は、スペイン政府が遺伝子組み換え企業を支持していることだ。
フランスの事例との比較で社会的動員の弱さを考えた場合、フランスとスペインでは農村部の社会学的公正と歴史が異なる点にその原因があるかもしれない。スペインとは違って、フランスは1968年5月以降、neo-ruralisation(ネオ農村化)という現象を経験した。その結果、小規模農業を営む農民の権利を守るための強力な農業組合が形成された(例:農民同盟)。
同時に、スペインの農村部の人々は、有機農業のような新しい選択肢に対して、フランスの農業従事者ほど受容的ではない。幾つかの地方はGMOフリー・ゾーンを宣言している。この状況は中央政府と地域住民との断絶を浮き彫りにしているのだが、生産性重視のアプローチは今でも根強く存在しており、そこにはGMOが含まれている。
さらに、ウィキリークスが公開した文書は次のような内容を明らかにした。モンサント社によると、フランス政府がMON810を禁止した場合、世界貿易機関(WTO)の規則に抵触することになり、同社は賠償を求めていただろうという内容だ。スペイン政府はこの件を報復的脅しとして見たかもしれない。
加えて、アメリカの外交官らがモンサント社のような遺伝子組み換え企業に直接的に働きかけて、スペインにGMの普及を促したことも示している。「(スペインの農村関連の大臣である)Josep Puxeu(ジョゼップ・プクシュウ)氏とモンサント社からの最近の緊急要請に応えて、その後の要請によってアメリカ政府は、科学に基づく農業バイオテクノロジーにおけるスペインの立場をハイレベルのアメリカ政府の介入を通じて新たに支援する」
また、スペインとアメリカは密接に協力して、EUがバイオテクノロジー関連法を強化しないように働きかけていたことも明らかになった。 ある打電では、マドリードのアメリカ大使館が次のように記している「スペインが落ちれば、他のヨーロッパ各国も追随する」。
透明性の要件や、GMOの普及や開発のための手続きの欠如は、スペイン国内とヨーロッパ全体の両方にとって問題だ。国内外で認可されたGMOの登録内容は引き続き、原則としては一般に公開されている。しかし情報は限られており非常に専門的であるようだ。
健康や環境に対する長期的な影響についての情報が農業従事者にあまり開示されていない点も偶然ではない。本論で既出の調査によって影響があると示された結論は、暗黙のうちに受け入れられた事実に基づいたものである。その事実とは、少なくとも当該分野に関して農業従事者に提供される情報は、いまだに不十分だという事実だ。
また、独立した科学研究は全体的に欠如している。CSIC(科学研究最高評議会)によって行われるのではなく、企業自体が90日間の検査後に研究を行っている。化学製品に要求されている2年間の試験期間と比べれると明らかに不十分な検査だ。政府あるいはヨーロッパの機関が追加的研究を行うかもしれないが、多くの場合、都合のよい科学的証拠を選択し、利害対立を有する組織を参加させる。
さらに、社会的流動性が弱く、NGOや重要な市民社会の意見を排除してきたことが、GMOの急速な普及において重要な役割を担った。加えて、スペインは ヨーロッパの農業助成金に意図的に依存させられてきた。スペインの地域社会は超国家的な決定に特に左右されやすく、そうした議論の場で意見を発する機会をほとんど、あるいは全く与えられていない。
ウィキリークスの暴露以前からすでに知られていたことだが、政治的権力と民間部門の関係は黙認されていた。それは、農業担当大臣たちが選挙の前と後で政策を突然変更したことからも立証された。問題の政治問題化は避けられない。しかし、誤った情報に基づく農業従事者の決断や民間組織の利益追求的な政治的決断を回避し、その過程で社会部門の意見を打ち消さないようにするためには、情報と透明性と社会的参加を確保しなければならない。
翻訳:髙﨑文子
なぜスペインは遺伝子組み換え作物のEU最大生産国なのか by ポーラ・フェルナンデス・ ウルフ is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 4.0 International License.